姓は「矢代」で固定
第9話 予定された死
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弥月side
キチッ
鞘に太刀を納めると、一気に足から力が抜けて、崩れ落ちるように地面に膝を着いた。
無闇やたらに振り回して、体力の限界にきた手は把持力を失くし、石畳へとそれを落とした。
カシャンッ
「うぉっ…山爺すまん…っ」
こんな高そうな刀の黒漆が剥げたとなれば、その髪の毛がさらに後退しかねかない。
空を仰ぐと、雨は止んだものの重い雲が空を覆ったままの暗い夜だった。少し離れて置いていた行燈が、唯一の光であったことに、今更ながら気づく。
また、雨、降るかな…
ただ座っているだけなのだが「勿体無い」と明かりを消す気分でもなかった。
「…あと一週間あったんだけどなぁ」
『ここで刀をとる意味』を見つけると約束したあの日、芹沢さんはこの事態を既に見越していたのだろう。
私が答えを出すのに三ッ月は待てないと、最初から分かっていた。
「クス…しかも勝ち逃げされちゃった」
結局、稽古においても、彼に決定的な一打を入れることは叶わず。
弥月は彼とのここでのやり取りを思い出して、苦く笑わずにはいられない。何につけても、芹沢さんは私の一枚も二枚も上手だった。
ここはいつも通りの夜の境内で、目を瞑ると、私を叱る彼の声が聞こえてくる気さえした。
「…飛べない鳥のようですね」
「……山崎さん?」
想いと違う声に振り向くと、忍装束の彼が立っていた。
「…終わりました?」
「……知っていたのではなかったんですか」
「ん……なんとなくですね。静かですし。でもまぁ……気も済んだし帰りますか」
「よっ」と、かけ声とともに立ち上がると、身体に張り付く髪と、襦袢と羽織の裾。下帯まで濡れているに違いない。
帰るころになって、泥だらけにしてしまったのが悔やまれる。「洗えばいいか」くらいにしか思わなかった自分は間違いなくアホだ。
「うへぇ…ミスった、洗うのめんどい…」
鳥だとしたら、絶対重くて飛べない
弥月はトボトボと歩きながら、とりあえず着替えて、洗濯は明日にしようかとか考えていた。
だが「矢代君」と声がかかり、 立ち止まったままの山崎を振り返る。
「どうかしました、山崎さん?」
「どこまで…いえ、何時から知っていました。
…まさかとは思いますが、今日のことを彼本人が知っていたのは、貴方が教えたからで」
「違いますよ、彼は自分で知ってましたよ」
ずっと、ね
恐らく、今日も大役を任されていたのだろう山崎さんが、私を責めるような口調なのは仕方がない。
私が何も知らない、何の指針にもならない存在だと、彼らはいつ気付くのだろうか。
心の中で苦く笑って、山崎を背にする。
それとも行き着く結末を知れば、彼らは歩む道を変えるのだろうか?
…ならば、私が知っていることに意味があるのだろうか
……
「たとえ私が知っていたとしても…」
背を向けて溢した言葉は、わずかに空気を震わせたのみだった。
しかし、小さな虫の音が聞こえるだけの静かな境内で、山崎の耳に届くのには十分だった。
「…知っていたとしても、言わなかったと?」
疑わしげな彼に「そうです」と応じれば、それで終わったのだろう。
だけど、私は雑然として纏まらない思考をさ迷って、また答えを求めていた。
「私には…何が正しいのか分からないから…」
飛べない鳥は……羽ばたき方が分からない鳥は、いつしか飛べなくなるのだろうか
「何もしないのが、私の選択です」
静かに呟く弥月は夜闇に溶けてしまいそうなほど、山崎の目に儚く映った。