姓は「矢代」で固定
第9話 予定された死
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
沖田side
僕は興奮が納まらず、不逞浪士さながら京の町を彷徨いていた。
まあ、あの人を斬ったのは僕じゃないし、物足りなかったというのが本音かな。
だけど、島原へ行くには夜更けがすぎるし。左之さんみたいに、お酒で紛らせるような酒豪でもない。
かといって、土方さんやはじめ君みたいに、そのまま部屋に戻るなんてできなかった。寝付けないのに布団に入ってるのなんか無理。
屯所へ帰って、芹沢派の下男を一人殺さずに、彼自身の運に任せて川へ突き落したことを報告するのも億劫だった。
ただ、今一番に気になるのは、土方さんにとって暗殺の対象に該当せずに、屯所に残った男のことだった。
『やめてくれ!その人は病気なんだ!!!』
芹沢を慕っていた下男が、最後の釈明とばかりに言った言葉。
それで僕たちの決意が変わるわけでは無かったが、少しばかり冷静になった僕の中にひとつの仮説が生まれた。
“彼”もそれを知っていたのではないか
だから僕に『仲間が病気だったら』という質問を投げかけたのではないか。病気だから新選組を抜けるよう、芹沢さんに進言するつもりだったのではないか。
僕らが芹沢さんを近々殺そうとしていることを、すでに知っていたのではないか。
新見さんの葬式の日、薄暗い部屋の隅でうずくまっていた彼の姿を思い出す。
その時はてっきり自分が脱走して殺される不安からだと思っていたけれど、違ったのかもしれない。
…かもしれない、なんだよねぇ
いまひとつ、自分の考えは決定打に欠けた。想像の域を出ていないし、彼のことを買いかぶり過ぎている気がする。
土方や山南が“矢代弥月”の中に潜在する何かを見ているのに、少なからず沖田も感化されていることに彼自身も気付いてはいた。
「はぁ…」
…なんで僕がこんなことに悩まなくちゃいけないのさ。そういうのは土方さんに任せとけば良いのに
そう思って、諦めて屯所へと足を向けることにした。
山崎君がみんなの帰りをまだかまだかと待っているはずだから、もう少しうろついていたい所なんだけど、って……?
もうすぐ屯所というところで、裏の寺の方から聞こえた不審な音を捉えて、門に身を寄せる。
ザンッザッ…ヒュッ…
砂利を踏む音と、素早く何かが振られる音。
門の内側に身をすべり込ませて、木の陰から顔を覗かせる。
人影がひらひらと布を躍らせていた。
そして、抜き身の刀を振り回し、まるで見えない敵と闘っているかのような動きをしていた。
月の無い薄暗闇。
遠くに置かれた行灯に映し出されたのは、宙を舞い広がる白い長い髪。
羅刹…!?
驚いたままに飛び出そうとしたのだが、こちらを振り返った人物の顔に、また驚いて身を潜めた。
夜闇に白色かと思ったそれは、よく見ると金色で。
白い夜着と浅葱色の羽織は、彼が勢いよく体を捻るとバサリと衣擦れの音を立てた。
パシャン
石畳は窪みに雨の水を残していた。そこに降り立っては軽やかに跳ね上がる。水面を叩いて幾度も水音を立てる。
彼の脚は新たな水を得てはそれを振り撒き、砂粒にまみれることも構わずに裸足で地を蹴っていた。
ただそれが当然であるかのように。
羽織がはためくのと同じく、金糸は扇状に広がって。まるで空色と金色の羽が生えてるかのように、彼は高く跳んで羽ばたいていた。
そこに『彼』はいなかった
何の感情もない表情。
何も映さない瞳。
揺らめく火の光を、妖しく跳ね返す刀。
しなやかにクルクルと回る華奢な体幹と長い四肢は、自身の重みすら感じさせずに自由に動く。
時折、鋭く突き出される太刀に殺気はない。
何か…
人だったものに似たその姿に、意志を持ったその太刀筋は、人間とそうでないもののどちらにも見えた。
それが記憶の中の何かに似ていて。
…あぁ、そうだ
あれは神社の神楽だ…
昔、近藤さんに連れていってもらった江戸の里神楽。管楽器が鳴るに合わせて、龍の姿を模した巫が厳かに力強く演舞するそれは、龍神の魂を願うものだった。
今、でたらめに振られる太刀が、洗練された舞に似ているというのも可笑しな話だ。
だけど…
僕の心には何もなかった。
ただ、そのうちに見ていても仕方がないと気付いて、そこから去る。
地から飛び立とうとする音と、風を切る音はまだ続いていた。