姓は「矢代」で固定
第8話 だれのために
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***
弥月side
真っ直ぐにこちらを向いた木の棒で、研ぎ澄まされた刃のように感じた。
「土方さんがその腰の刀を抜くというのなら…」
言いかけて、また少し考える。
今まで考えてこなかったわけではない。だけど、敢えて口にするのは初めてだ。
死にたくなくてなんとか逃げようと、必死に足掻いて、それでも殺されそうになったとき。
どうしても殺されるとき
フッと知らず笑いがこぼれた。
きっと自分は最後まで不様に足掻くだろう。汚い卑劣な選択をしてでも、生き延びようとするかもしれない。
だけど、
私がここで死ぬことが世界に組み込まれているのだとしたら
矢代弥月一人が無限の時間を繰り返すと、世界が正しく回れるのだとしたら
もし、来るべき150年を整えるために私が存在してるのだとしたら、それが私の運命なのだとしたら
それならば、大好きな人達のためにそれを受け入れよう
「本気で殺り合うか?」
「何言ってるんですか」
自分の滑稽さに気づいて、弥月はクスクスと笑う。どこかの漫画の主人公ぶって、自分に酔っていることが可笑しくて仕方なかった。
世界は私という手違いに気づいていないだけで、私がいなくても世界は正しく回るのだろう。
目の前の彼が死ぬのと、私が死ぬのでは、まるで歴史にとっての意味が違う。
そこでふと、目の前にいる敵へ意識を戻す。
十分に隙があったはずの弥月に対して、土方さんは交わした刃を決めるでもなく、ずっと答えを待っている。
強い殺気を向けられていてすら、今の弥月はそれが面白いと感じた。
この人が今すぐ私を殺す気なんてないことくらい、誰にでも分かる
「どうするも何も……全力で逃げるに決まってるじゃないですか?」
足掻いて
足掻いて
足掻きまくる
家族の元に帰れるならば、それに越したことはないのだから。
矛盾してる?
仕方ない。自分にもどうしたいのか分からないのだから。
出来ることなら生きたい。だって、
まだこの命、棄てるには早すぎるでしょ
***
土方side
『全力で逃げるに決まってるじゃないですか?』
それは裏切りの言葉に聞こえた。
だが、今までの彼の言葉に嘘偽りがないことも物語っていた。
「逃亡、ってことか?」
「…土方さんが私を殺そうとするなら、ですけど」
空気はこれ以上ないくらいに張りつめているというのに、相変わらず、矢代の口元は緩んでいる。
「なら、殺さねぇと言えば」
「…そうですね、逃げないってことになりますね」
それは単に言葉遊びをしている様だった。
「…誰かの差し金で動いてるんでもねえんだな」
問いに不思議そうな顔をしたのは、意味が分からなかったのだろうか。矢代は「敢えて言うなら、神様の悪戯か何かですね」と笑った。
白黒がハッキリとした訳じゃない
二三の間の後、俺が木刀を引くと、彼も当然のようにそれに倣う。
最初から、俺に殺す気が無いと知っていてのことだと思えばなんだか癪に障るが、彼は今は手駒の一つであることを良しとしている。
『仲間』の顔をした彼を疑って斬るには、まだ決定打に欠ける。
潰すには惜しい
「…今日は見逃してやる」
「クスッ…ありがとうございます」
その笑いが意味するところに気付きながら、俺は何も言わず壬生寺を後にした。
***