姓は「矢代」で固定
第7話 わたしのために
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文久三年九月九日
土方side
暑さは過ぎ去り、昼間からでも虫の声を聴くようになった。
土方は初めての京の蒸し暑い夏を乗りきったことに安堵し、涼しさを有難く思いながら書状を認(したた)めていた。
ふと、こちらへ向かって廊下を歩く気配に顔を上げる。
「…土方副長」
「山崎か…入れ」
「失礼します」
山崎は静かに障子を開け、丁寧な所作でそれを閉める。
諜報に出ていたはずの彼が定例報告の時間以外に帰ってきた。しかし、急ぎの要件でもない様子に、内心わずかに落胆しながら、彼が腰を下ろすのを見ていた。
「どうした」
「気になる噂を耳にしまして…」
「噂?」
何かなければ帰っては来ないのだろうけれど。
確信が無いのか、その遠回しな良い様に、僅かに眉を寄せて先を促した。
「ここ数日妙な辻斬りが市中で頻発しているようなのです」
「妙な辻斬り…?」
「はい。町方の話では死体の血がほとんど失われているとのことです」
「!? なんだと…!」
今度はハッキリと顔を顰める。
「あいつらを集めろ」
「了解しました」
「――っと、待て」
忙(せわ)しなく出て行こうとした山崎を咄嗟に止める。片膝をついた状態で、彼は首だけをこちらに向けた。
「隊内の方はどうなってる」
「…はっ、それは至急確認を」
少し焦ったように言われて、自分が監察方全員を外の調査へ出していたことを思い出した。監察の人手が足りていないのだ。
「いや、いい……あいつらには四半時後に来るように伝えろ。先に矢代を呼んでおけ」
「は…矢代君ですか…?」
そんなに訝しげな顔することか…?
「平隊士の噂話は、中に居る奴に聞くのが一番だろ」
「それなら矢代君でなくても良いのでは?」
「…矢代だと何か問題があるのか?」
「…いえ…」
何故か煮え切らないような山崎は、「なんでもありません」と言った後、自分を納得させるように頷いてから出て行った。
土方は彼が何を考えていたのか、全く分からないわけでは無い。
「――ったく、殺しやしねぇよ。噂話聞いたくらいで」
***
「辻斬りですか?」
俺が肯定すると、矢代は視線を明後日の方にやりながら腕を組んで考え始めた。…そのあからさまに『考えてます』の姿勢に意味はあるのだろうか。
それと、呼んでから気付いたのだが、こいつは頭は回るが、都合の悪いことは聞き流す癖がある。聞いていないフリをするかもしれない。
人事を間違うなんてな、疲れてるせいか…
「んー…そういや誰か言ってたような」
「…!思い出せ!」
訂正する、やっぱり使える奴だ
「思い出せって言われても……小耳にはさんだ程度なんですけど、出血多量かなんかって……
…あ、それより今日、新見さんっぽい話を聞いたので、知ってるか確認しようとは思ってました」
「なんだと!?」
……
「……ちょっと待て、なんで新見さんを探してんだ」
「えぇ!?探してないんですか!?」
先程までのどうでもよさ気な態度から一変して、悲壮な表情になる矢代。その顔の意味がわからない以上に、どうも話が噛みあっていない気がする。
「いや、そうじゃねえ……新見さんが脱走したことは全隊士に通知したが、探せとは命じてねぇ。
終始やる気のないてめぇが、一体どういう風の吹き回しだ?」
先程の山崎の報告から、新見が京から出て行っていない可能性は上がった。しかし、ずっと京しか捜索していなかった自分たちにとって、手詰まりな状況はほぼ変わらない。だから、新見の情報というのはとてもありがたかった。
だが、その情報源が矢代となれば、腹の探り合いのような訊き方にならざるをえない。
馬鹿がつくほど正直だと思っている一方で、時々話をしていて妙な違和感がある。腹に何か一物あるのではないかと疑っている自分がいた。話を一々確認しながら進めなければならない状況に肩が凝るが、致し方ない。
その一方で、土方が疑っていることを疑いもしない様子の矢代。
口を引き結んで考えているのか、あっちを見たりこっちを見たり。顔に出ているのに気付いていないのだろうか。言おうか言うまいか悩んでいる。
…っんとに、調子狂うな…
「疚(やま)しくねぇなら正直に言え。なんでてめぇがコソコソと新見さんを探してやがる」
「いや、コソコソは全くしてないんですけど…」
そう言うと、矢代は視線を膝あたりに固定して、盛大な溜息を吐いた。
「……はぁ……私だって、やらかしたなぁと思ったら、申し訳ないと思うし、挽回したいと思うんですよ」
「…何かやらかしたのか?」
ポロッと落ちた疑問に、彼は「信じられない」とばかりに勢いよく顔を上げる。
「何か、じゃなくて私、目の前で逃げられたんですよ!? 泥棒現行犯に親切に傘まで差してあげちゃったんですよ!お気をつけて~とか言いましたよ!
これ以上の大失態がありますかってんだ!!」
矢代は片手でタンタンと畳を叩く。
悔しそうに顔を歪める彼に、土方は「ちょっと」どころではなく驚いていた。
んなこと気にしてたのか…
「…てめぇだけのせいじゃねえよ。あの日誰も気付けなかった。俺らも持ち逃げするとは思ってなかったからな、油断してた」
「…それは、そうかもしれませんけど…」
事実、誰も彼の過失だなんて思っていないし、俺もそんなこと忘れていた。
「いいから、その新見の情報とやらは何だ」
「あ、そうです。知り合いにちょっと声かけといたら、一昨日、木屋町の長屋辺りで危ない薬やってそうな人見かけたって話がありまして。
似顔絵見せたりしたわけじゃないんで確実じゃないんですけど、顔とか背格好の特徴はだいたい掴めてるかと」
……
「……待て、矢代。危ない薬って何のことだ。」
「え、んーと…コカ○ンとか、マリフ○ナとか、ヒ○ポンとか?もう日本にもありましたよね、アへ○」
「……あるけどな」
「『あの薬』については知らねえんだな?」と自ら墓穴を掘りにいくわけにもいかず、『知らない』という顔をしているこいつを信用するしかない。
「ガチで危ない薬やってる人の可能性も捨てきれませんけど。特に服装に特長もないですし。でも二本差しだったそうです」
「…その情報は信用できるのか」
「そんなこと言われても、洗濯場の井戸端会議ですからねー……奥様方の晩のおかずにもならない噂の噂に信憑性を求められても…」
「その程度の話で申し訳ないですが」と言う矢代に、俺は了承して、他に数点確認してから下がるように言った。
「…噂か…」
矢代の持ってきたものは大して有力な情報ではない。
しかし、やはり情報収集は町の人間を取り込む必要があること、自分たちは後手後手になりがちであることを認識させられた。
「監察増やすしかねぇか…」