姓は「矢代」で固定
第7話 わたしのために
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
完全に板を取り外してから、土方さんを呼んできた。
彼の部屋に行くと「ここで話せ」と言われが、「百聞は一見に如かずです!」と袖を引っ張って、何とか彼の重たい腰を上げさせた。
なぜかって?
「早く、早く」と廊下の先を歩いていた弥月だったが、納戸の前まで到着すると、後ろからついて来た土方を促して、彼に戸を開けさせる。
開ける前から訝しんではいたけれど、中と外がすっかり繋がっている事体は予想していなかったらしい。驚愕の光景に土方さんが固まったのを見て、弥月は彼の後ろで、心底嬉しそうな顔でガッツポーズをした。
『もう、やっちまったもんは仕方ないよね☆』ってことで!
「…矢代。てめぇには監察方の部屋をあてがってやっただろう」
それは地獄の淵から聞こえたかのような、腹に響く低い声だった。
まだこの惨状について説明してはいなかったのだが、さすが土方さん。私の要求を察したようだ。
問題事を進んで増やす弥月に怒らないはずは無く、振り返った土方が般若のように怖い顔をしていた。それに、弥月は真顔で応じる。
だって、ここでニヤニヤしながら「まあまあ落ち着いて~。綺麗な顔が台無しですよ~」とか言ったら、鞭打ちとか始まっちゃうかもしれない。飴をくれない女王様はぜんぜん美味しくない。
それに、数日ぶりに見た土方さんの目の下のクマがなかなかのものだったから、おふざけを挟むのがちょっとばかり申し訳なかった。
だから今回は真剣に、真面目に説得することに今決めた。
「私、要らんところで死ぬ危険はできるだけ避けたいんです。
できれば機密事項とか聞きたくないんです。監察部屋はそれが飛びまくりです。私は何も知らず、ただ平和に生きたい」
そう言うと、彼は怒りの表情の上に憐れみのようなものを上乗せしたが、心からの要求なのだから仕方ない。
「何度も話してますけど、私は未来から来た人間なので、大きな事件が起こりそうなときに、その立役者になるつもりはないです。
生きるのに仕方ない程度なら動きますが、歴史に名前は残らない程度の働きしかするつもりはないです」
「…てめぇは隊務を怠慢するつもりか」
「とんでもない。できることはします。できないことも努力はします。べつに、大きな組織の歯車として私一人がうろちょろしたところで、社会情勢とか体制とか変わるなんて思ってませんから。
だけど、私がここで命を落とすつもりは毛頭ないことを念頭に置いて頂きたい」
自分勝手極まりないのは重々承知だが、これで「出て行け」と言われるなら、それはそれで『アリ』だろう。持ち物は全て返してもらったし、生活の仕方も何となく分かったし。
自分から出て行けば、追われる身となるのだろうが、向うから五体満足で放り出してくれるなら万々歳だ。
ほぼ開き直りによって自信に満ち溢れた弥月を、しばしの間土方は睨んでいたが、
「…小難しく御託並べやがったが……要は、余計なことは聞きたくねぇから、ここに部屋を構えさせろってこったな?」
「さすが、土方さん!そういうことです!!」
思わずグッと親指を出す。キラキラした笑顔とともに。
あ、しまった。真面目にするつもりだったんだけど…
…まあ、何事も3秒ルールってことで
「……勝手にしろ」
「………へ?」
それだけを言い残して、土方はあっさりと去った。残された弥月はポツンと、なんだか置いてけぼりになってしまったような気分になる。
えー…歯応えも手応えもなかったよ?
いくらお疲れとは言え……私が言うのも何だけど、そんなんで良いの?
案外簡単に手に入ってしまったから拍子抜けだった。「贅沢言うなら出て行け! 出ていく前に壁は塞いどけよ!!」くらいは予想していたのだが。
「…ま、良いならいいけど」
くれるものなら、ありがたく貰う
ところで、私は今日は非番。巡察はお休み。
つまり斎藤さんも通常業務は非番なわけだが、特別任務だと聞いている。まあ、新見さんの捜索にでも駆り出されているのだろう。
隣の部屋に誰もいないことを確認してから、改装を始めていた。
まだ、誰も帰ってきていないことを横目に、納戸に荷物を運びこむ。…とはいえ、大きめの行李一個分しかないから一往復で済んだのだが。
壁の状態はと言うと、穴の開いた板二枚と、横のもう二枚を剥がしたら、余裕で人が一人座れる幅になった。
問題は雨の日対策に、戸板か何かを用意しなければならないことくらいか。
こうして、弥月はまんまと自由に使える部屋を手に入れた。
「あ、何か悪さしようとしてるとかじゃないので」
誰に説明してるのかと、一人でツッコむ。
正直なところ、ここに戻るのは気が進まなかった。だけど“女”であることを不便にも感じているのは事実。また色んな理由から、より人口密度の高い平隊士の所へ転がり込むのも、気が進まなかった。
ん、でもまあ…監察のみなさん、土方さんに文句言ったりはしないだろうからな…
弥月が監察方の部屋に入って以来、気になっていたこと。
それまでならば彼らが部屋で相談していたことを、私が部屋にいる(来る)から、わざわざ他所へ行かなければならない様子で。結構こちらも気を遣う。
私だって、うっかり首を飛ばされてしまうような機密事項、絶対に聞きたくない。
「てか、そもそも魁さんが言いだしっぺだから、どうにもお互い何とも言い辛い感が…」
彼が善意で取り計らってくれたのだ。それを知ってるのは烝さんのみ。
二人とも善い人だから「邪魔」などという態度、塵ほども見せられたわけでは無かったが、そこは察するところである。
「間違いなく効率下がって、邪魔なんだよね」
それもあってどこかへ移動しようと決めたのだが、前川邸および八木邸に私一人が使う事を許されそうな、手頃な大きさの空き部屋はここだけだった。
万が一、同室希望者がいても、一人くらいなら何とかなるだろう。
「あー…もう、でもやっぱこの部屋暗いし、寂しいし、早まったかも…」
「…なんだ。やっぱり好きで戻るわけじゃねえんだな」
「…!左之さん!」
気配を消して現れたのは、本日二度目の左之さんで。
新八さんと壁をはがす手伝いをしてもらった後は、彼らまで土方さんに怒られる必要はないからと、先程バイバイしたのだが。
「どうかしました?」
「どうしてここを使うのか、さっきちゃんと訊き損ねたからな」
「…? ちゃんと言ったじゃないですか。『監察方の部屋いると、聞いちゃいけないこと聞きそうだから嫌だ』って」
「まあ、それもそうなんだけどな。…いや、それが一番の理由なのは嘘じゃねえとは思ってたんだけどな。
別にそれなら平隊士の部屋に行けばいいんじゃないかと思ったんだよ」
あー…うん。まあ、そうなんですよね
ここに戻りたい理由なんて「一人部屋がいいから」くらいしかないはずで。私の性格を知っていたら、薄暗い部屋よりも、タコ部屋を選ぶはずだと思うだろう。
だがしかし、タコ部屋は心理的にも色々問題があった。
「私、絶対、平隊士の部屋には住みません。住むくらいなら脱走します」
「おいおい、穏やかじゃねえなあ。いつ部屋替えあるか分かんねえし、滅多なこと言うもんじゃねえよ」
「はっ、部屋替え!?」
なんだそれは!? まさか席替えみたいに月一回!?
「隊士の数が増えたり…減ったりするとな、やっぱり人数調整が必要なんだ。
最初は俺らみたいに伍長も二人で一部屋だったんだけど、人数増えてきてるからな。今は組ごとの所が殆どだろ?」
「あぁ…なるほど…」
納得である。くじ引きでワクワクするための行事ではなかった。
「で、そこまで嫌がるのは何でだ? この部屋も嫌なんだろ?」
……
「………左之さんは仲間が、男同士で、『うっふんあっはん』してるの聞きたいですか?」
「…は?」
「私は、絶対に、嫌です」
下品で申し訳ないが、私の気持ちも知ってほしい。
朝、男たちが各々で頑張っているのはまあ我慢できるが、夜中にお互い高め合ってるのを横で聞いていることはどうしてもできないと思う。聞いたことは無いが。
最悪の場合、餌食になったらと思うと、もう笑い話にもならない。
「何でしたっけ、武士の美徳がどうのとか聞いたんですけど……いえ、別にそれで軽蔑するとかはないんですけど、気持ち的には理解不能です。
できれば知り合いがそんなことになってるの聞きたくないです」
「…そうだな。俺もできれば聞きたくねえ…」
納得してくれた。良かった
そんな下世話な情報を仕入れたのは、昨日の晩。
夕餉の時刻、監察の部屋に誰もいなかったので、平隊士さんと交流すべく他所の部屋にお邪魔した。
昨日のゲスい話題は、未だかつてないくらいに半端がなかった。最初は面白おかしく、興味深々で話を聞いていたが。彼らの想像が願望となり、現実へと変わっている現状は、男になりきれない私は聞くべきではなかったと後悔した。
本当に、最初から私をタコ部屋に放り込まなかった土方さんに、心の底から感謝した。
「…ま、理解してやれとは言わねえから、避けないでやってくれ」
「あぁ、それは大丈夫です。みなさんの話聞くだけなら、超楽しいので」
「…楽しいのか…」
「はい、まあ、関係ないことと分かっていれば」
人間には“ゲスいスイッチ”なるものがある。
普段は真面目にしていても、誰かの“ゲスいスイッチ”が一旦入ると、連鎖したように次々とみんなの“ゲスいスイッチ”が入る。
私もしっかり持ってる。
因みに私の指は、今、スイッチにかかっている。
「やっぱどの時代でも、もし○○だったらって妄想はあるんですよね」
「なんのことだ?」
「この時代でも憧れの的なんですよね、原田さんみたいな長身って」
原田は恐らく男性の平均身長160cm以下と思われるこの時代に、おそらく180cmを越えている。弥月が気になるのは、どうにも天井が低くて不便そうなところだが。
「ぶつけません、頭?」
「頭? …ああ、戸を潜(くぐ)る時は無いこともないな。気をつけてはいるけどな」
「へえ……てか、幹部の皆さん背高いですよね、イケメンですし。宣伝用に集めました?」
「おいおい…誉めたかと思いきや、とんだ濡れ衣だな。実力に決まってんだろ?」
「わあ、ハイスベック☆」
いつの間にか「イケメン」という言葉が浸透したようだ。分からない単語は流されることが多いが、話が通じるのは良いこと……いや、通じていいのか?
「それなら、平助はどうなるんだよ。あいつ、お前と同じくらいだろ?」
「あれは愛嬌がウリですよ。あれはあれで隊士さん達に人気ありますし。
いっそのこともっと小さい方が、コア…マニア…………そういう趣味の人にはウケたと思います」
ときどき頑張って言い換えると、語彙力が無いせいか、逆にオブラートに包んだ感じがなくて悲惨なことになる。
オブラートって………ボンタン飴の外のやつ、とか?
「弥月、平隊士のとこで飯食ってんだったな。お前もそういう事、言われること多いんじゃないか?」
「そういう事…」
『身長高くていいなー』とか、『美形ですね!』とか?
まあ身長はこの時代の男性の平均よりは高そうだ。だが、幹部がとびぬけて高い人達ばかりなせいか、全く言われない。
美形ってのは…
…
……いや、それなりに寒暖様々な風当りの強い環境で育ったから、他人からの評価がどういう傾向にあるかを知らない訳ではない。
ただ何というか、屈強な男達の中にいると、ただの貧弱な男のようで。
目の前のすばらしく発達した胸筋と、その上に乗っかった、爽やかに整った顔の方が、美形と呼ぶには相応しいだろう。
「私の体形とか見た目が好きな人は、斎藤さんか平助あたりの上位互換がいますから」
ビジュアル系細マッチョで斎藤さんの右に出る人はいないと思う。彼の左前腕の筋肉美は、なんとも羨ましい限りである。
「いや、お前はもっと女顔…じゃなくて、柔らかい雰囲気というか…」
「んー、女顔が好きなひとは土方さん派かな?」
あれはもはや美女。美女と野獣が同居している。
そんなことを左之さんそっちのけで考えたのだが、思いつくのは幹部に関する主張ばかりで、いまひとつ自分に関する平隊士からの意見はパッと出てこなかった。
昨日の夕餉は、幹部の話題ばっかりで…
…そういや芹沢さん反対派がやけに精を出してたような……まあ、それは関係ないよね
「そうそう、昨日は土方さんの顔について語り合いました。『実は土方さんが女だったら』ヤりたいかどうかについて」
「………で、どうだった?」
「ヤる前に殺られる」
「ぶっ!!」
噴き出して笑う原田に、はニヨニヨと笑う。思い出したら、誰かに言いたくて仕方なくなった。
土方なら拳骨が飛んできそうだが、原田なら怒ることもないだろうと、弥月は嬉々として話す。
「平助はヤるとかじゃなく『愛でたい』って意見続出で面白みに欠けたんですけど、斎藤さんなんかもう大混乱!
斎藤組って、ほとんど親衛隊みたいな状況じゃないですか? だから『俺達の組長を汚すなー!!』とか言い出しちゃって!」
「クク…あいつらそんな事言ってんのか」
「昨日はいつもに増してめちゃくちゃだったので。一部屋に殆どの隊士さんいましたもん。
新八さんが大人気だったのは意外でしたね。確かによく見たらイケメンだってことに、言われて初めて気づきましたよ。私いままで大胸筋しか見てませんでした!」
「そうだな…あいつは男気はあるし、良い奴なんだけどな。男にはモテるんだけどな、どうも女には縁がないみてぇだな…」
「良い奴止まりなんですよね、わかります。もう暑っいどころか暑苦しい男達がキラキラしてましたし。
あ、左之さんの話もありますよ?こっちは『俺が女だったら』抱かれたいか、ですけど!」
原田は一瞬動きを止める。
「………いや、いい。聞きたくねぇ」
「そんな遠慮せず! 実はこれが一番盛り上がったんですよ!!」
その話合いは当事者じゃなければ、さぞ楽しかったのだろう。弥月は玩具に飛びつく前の猫のように、「言いたい!聴いて!」とうずうずした顔をしていた。
「悪い……頼むから止めてくれ」
「えー…仕方ないですねー…」
「うーん、ざんねん」と言いながらも、ニヤニヤしていて残念そうさが見えないのは、俺が嫌がるのを分かっててチラつかせただけの、ほぼ悪戯なのだろう。
だから仕返しとばかりに、原田も意地の悪い笑みを浮かべる。
「…そういう弥月はどうなんだ?」
「私?」
「だから、言い寄られたりすんじゃねえか?って…は、なし……」
真顔。
いや、微妙に三白眼が酷くなってるような。
やっべえ…ここも逆鱗か…?
先ほどの新八の末路を思い出して、背筋が冷たくなる。目にも留まらぬ速さで繰り出される弥月の蹴りは、構えていなければ止めることは困難だろう。
弥月の線引きがよくわからない。下世話な話は問題ないのに、自分に関する話をされるのは、極端に嫌がる。
思考を廻らせて、続けるべき言葉を探す。
「いや…なんでも、ない」
しばらくまた無言が続いて。それなのに、唐突にニコッと笑った弥月に、原田は再び肝を冷やした。
「 あ! 良ければ幹部の皆さんの人気投票してきましょうか?きっとみんな喜んで参加してくれそう !」
弥月は「実力派イケメン軍団は大人気ですから!」と声は楽しそうに言うのだが、顔は張り付けたような笑みをしていて。
それは、これ以上質問を重ねなければ許してやると言っているようで。
「…いや、それも止めてくれ…」
原田は弥月の機嫌をこれ以上損ねず、かつ彼の暴挙を止めるためになんとかそう言ったのだった。