第7話 わたしのために

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偽名

***



 原田side
 


「…なんてことがありましたよね」

「お前も変な奴だな。わざわざ苦手な奴の隣に戻ろうだなんて」

「…斎藤さんは好きなんで、相殺ってことで」


 思い出すのも嫌なのか、弥月が眉根を寄せたまま言う姿に、俺は苦笑いする。彼らの緩衝材になっているだろう斎藤に、今度一杯おごってやろうと思う。


「…そういやこの前、斎藤が弥月の手ぬぐいがどうのとか言ってたな」

「そう!買ってもらったんです!」



 弥月が「見てみてー」と無邪気に袂(たもと)から、深藍色の手ぬぐいを引き出す。パッと広げて原田に見せようとした瞬間、


ビュウ

「「あ」」


 手ぬぐいに絡まって落ちてきた何かが、突然の強風に、弥月の手からスルリと飛んで行ってしまった。


「待って、待って!」


 追いかけて、ぴょんと跳ねる彼の手を潜り抜けて、気流に乗った細い紐は高く舞い上がった。


「…あっちゃー…」

「あれ、元結か……また面倒な所に引っかかったな」


 白と黒の細長い二尺ほどの紐の束が、傍にあった樹木の葉に引っかかった。また風に煽られて落ちてきそうかと訊かれたら、辺りの葉に少しずつ支えられて、なかなかそうでもない様子。


「その辺の棒じゃ届きそうもねえな」

「…ですよね」


 二階建ての高さはありそうなそれを、二人で見上げて渋い顔をする。



  落ちて来るの待つしかねぇか



 渋い顔で見上げる弥月に諦めるよう、俺は慰めようとしたのだが、スッと上げられた彼の指が指す方向へ、釣られるように顔を向ける。


「…あそこまでなら登ってもいけそうですよね?」


 彼が指差した先は、幹から枝分かれしている部分。
 確かに枝分かれしたばかりのところは、人一人支えられないこともないだろう。


「やめとけ、危ねえ。あそこ二階の屋根くらいの高さあるだろ。それに、あそこからだと手伸ばしても届かねえよ」

「ん、と……あの幹のところからうつ伏せになって、腕伸ばして木刀でつつけば、いけるんじゃないかと思うんですけど…」


 確かに、それならギリギリ届きそうだ。
 上手くつついて、周りの枝の引っ掛かりをはずせられれば、きっと元結は落ちて来るだろう。

 しかし、それが危険であることには変わりない。いくら相手が子どもじゃないとして、年長者としてそれを止めないのはどうかと思う。
 とはいえ、今俺が止めたとて、彼の行動力を察するに、後々隠れてするのは目に見えている。


「そんなに高い代物じゃねぇんだから、また買えば良いだろ?」

「…折角、斎藤さんが私のためにって買ってくれたものなんです……まだ一回も使ってない。どうしても取りたいです」


 俺を見上げる弥月の目は「登らせてくれ」と語っていた。



  …俺が行くよりかは、弥月が登った方が体重も軽いしな…


「…わかった。見ててやるから、落ちるなよ」

「…! ありがとうございます!!」


 言っても二階くらいの高さだ。変な落ち方さえしなければ、死ぬことはない。加えて弥月の身軽さならば、足から着地するのは朝飯前のはず。


「木登りなんて久しぶり! って、あ、袴…」

「どうした?」

「いや、今日に限って、袴じゃないのはミスったなぁって…」

「…着替えてくるか?」

「……いや、いい。面倒くさいので、このまま行きます」


 あまり肌蹴ないように気にしながら登っていく姿に、「いや、別に野郎の尻見ても、何とも思わねえよ」と内心でツッコむ。

 内心で留めておいたのは、ちらりと見えた白い太ももを、不覚にも凝視してしまったからなのだが。
 その脚は筋肉質に引き締まっていて、痣だらけで、到底女のものでは無かった。ただ、白く長いことが目に留まったのだ。



  扇情されたわけでは無い、決して

  俺にそういう趣味はない



「おう、左之。少し前にこっちの方で何か変な音が…って、何してんだ?」

「…見ての通り、弥月が木登りだな」

「何で、んなこと…」

「ほら。あれだよ」


 新八に枝の先の方を指さしてやると、すぐに察して納得した様子だった。

 俺がそうこうしている内に、問題の枝の高さに辿り着いた弥月は、帯にはさんでおいた木刀を取りはずし、跨っていた枝に抱き付くようにうつ伏せになる。手を伸ばして、木刀の先を元紐に掠(かす)らせる。


「ん……もうちょっと…」


 弥月はズリズリと少し身体を先へと進める。すると、つつける位には木刀が手ぬぐいに触れた。


「ん、よっ、もうちょい…ふんっ!てやっ!」

弥月。む」


 俺は「無茶すんなよ」と言いかけたのだが、言い切るより先にフワリと元結が宙へ舞った。


「「おぉっ!」」

「よっしゃ!!」



 このとき誰が聞いただろうか、前兆にあったはずの木の悲鳴を。


バキッ

「え゛」


 グラリと斜めへ傾く上体。弥月の身体を支えていたはずの枝が、哀れに力なく垂れ下がっていく。


「落ちっ…」

「「弥月!!」」


 きっと頭から落下してくることが、俺達には瞬時に理解できた。
 声を掛け合うまでもなく、新八と二人でその真下の位置へと足を踏み出す。

 空へ腕を伸ばした。



ぶらーん


ぶらーん


「「…」」

「…う」


 俺達の腕に重みがくることはなく。上からヒラヒラと落ちてきたのは緑の葉が三枚。そして俺達のすぐ目の前には、金糸の束が揺れていた。

 弥月は一段下の枝に足を絡ませて、逆さまになっていた。咄嗟にそれをできる瞬発力があるのに、しっかりと木刀を握ったままだったのは、さすがの彼も動転していたのだろう。


「うぉぉぉ焦ったあ!! 死ぬかと思った!まじで!!」

「馬鹿野郎!!」
「俺らのが焦ったわ!!」


 二人で思わず怒鳴りつけた。


「ごめんごめん…って、あれ?新八さん、いつの間に」


 首だけ反り返らせて、強張った顔からへらりと笑った彼に、俺達は胸をなで下ろす。



  …ったく、ヒヤヒヤさせるなよ


 そう思って、新八と苦笑いする。だが、怪我がなかったのは良いことだ。


「木刀、こっち渡して降りてこいよ」

「あ、そか。思わず握っ」


バキッ

「うっそ!? どいて!!」

「「!!?」」


ドサッ

「ぶげっ」


 ヒキガエルが潰れたみたいな声がした。


「うわあぁぁ!新八さん、ごめん!!本当にごめんなさい!!!」

「―――っ!!」

「腰!?腰ですよね!そうですよね!?ごめんなさい!!男の命にごめんなさい!!
 尻重くてごめんなさい!尻軽じゃなくてごめんなさい!!」

「新八…大丈夫か?」


 弥月が背から退いた後も、うつ伏せのまま手だけを動かして身悶える筋肉。

 再び枝が折れたことに真っ先に気付いた弥月は、咄嗟に身体を反転させようとしたのだが。真下に新八がいたため、足で彼の頭を蹴り、尻でその背に着地した。


「――!――!」

「首!?首やっちゃいました!? すんません、痛いですよね!そうですよね!
 可愛く木から落ちて来るには、だいぶ重量オーバーですよね!!次落ちて来る時は、ダイエットしときますから!!」


 あの高さから落ちてきた弥月を、頭と背中で受け止めたことくらい、新八ならきっと大したことない。2,3日痛いくらいだろう。

 だいぶ混乱していると思われる弥月の肩に手を置いて、落ち着くよう促す。狼狽える彼は涙目だった。


「…新八。まあ…大丈夫だろ?」

「っててて…まぁ、な。痛かったが、たぶんどこも折れちゃいねえし」

「よ…良かったあ…!」


 首に手を当てながら座り直した新八の横に、弥月はへなへなと頽(くずお)れる。目を潤ませながら、身体の前で組んだ両手を握りしめた。


「良かった…! 受け止めてもらえるなんて思ってませんでしたけど、王道パターンのはずが骨折させられるとか、斬新すぎて泣けました。
 本当にありがとうございました…!!」

「いいってことよ……弥月はどこも怪我しなかったか?」

「―-!はい!!お陰様で全快です!」


 弥月が両手を拳に変えて、全力の笑顔を示すと、新八も「なら、助けた甲斐があるってもんだぜ」とニイッと笑った。



  やっぱこいつほど良い奴を、俺は知らねぇわ


 いつも平助と三人でつるんでは馬鹿なことをやってはいるが、長くつづけていた放浪をやめて、彼について来たことは正しかったと思う。

 新八は「大丈夫だから、んな心配すんな」と弥月の頭をグシャグシャと撫でる。
 それなのに「痛てて…」と言いながら立ち上がるから、思わず俺は「カッコつかねぇなぁ」と苦笑いをした。


 それから、新八にまた一通り、事の経緯の説明を終え。彼も壁の作業に加わることとなったのだが。


 仁王立ちで壁に向かった弥月に、新八は思い出したように声をかけた。


「さっき思ったんだけど、弥月ってよー…」

「ん?」


モミッモミッ

「女みてぇな尻してんな。上に座られた感じが…なんていうか、こう柔らかくて…」


 ピシッと固まったように動かない弥月に、原田はこれはどうやら地雷を踏んだことを察して顔を引き攣らせる。けれど、それを新八に教えてやる隙はなかった。

 弥月は目にも留まらぬ速さで、男の命の次に大事な部分を蹴り上げる。



 憐れ、新八



 俺は心の中で合掌し、決して弥月に「女みたい」などと言わないことを誓った。

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