姓は「矢代」で固定
第7話 わたしのために
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれは監禁されて、十日は経過していただろう日のこと。
***
弥月side
ある晩、珍しく深夜に目が覚めた。
…? 山崎さん?
昨日は彼が担当で、寝る前には真上にいたはずなのだけれど。
夜の担当が山崎さんになって以来、目を覚ました時に彼が居ないなんて初めてだ。
厠にでも行ったのかな?
辺りはまだ暗い。
…
……
ドカァァァン
「な、なんだぁ!?」
「襲撃か!?」
「おい、誰か! どうなってやがる!」
「見張りはどうした!」
「痛ぇ!俺の足踏むな!!」
「悪ぃ!」
「音、むこうの方からしましたけど…」
前川邸の皆が、刀片手に廊下に飛び出してくる。
幹部側の廊下に出てきた平隊士の中には手ぶらの者もおり、土方が「敵襲に備えろ!」と怒鳴ると、慌てて戻っていく男達。
皆が音から状況を探ろうとしたものの、最初の爆音以降、何の物音もしない。
状況が分からずに騒然とした中で、わずかの後に、次に彼らの耳に届いたのは男の悲鳴だった。
「君はいったい何をしているのですか!?」
それは焦りと怒りの混じった声だったが、誰かと話している様であり、危機迫っている様子では無さそうだった。
原田が首を捻る。
「…今のは山崎か?」
「…まさか!あいつ、やりやがったか!?」
「山崎が何を…?」
土方はその問に答えるのもまどろっしい様子で、「山南さんと近藤さんはここにいろ!」と叫びながら、直ぐ様単身で走っていってしまう。
土方を先頭に、原田、藤堂、永倉と井上は辿り着いた先の光景を目にして唖然とした。
「「「…」」」
弥月の牢と化している納戸の戸を開け放つと、憮然とした部屋の主が面倒臭そうに正座していた。本来、壁であるはずの外へ向かって。
「土方副長、いらっしゃいましたか」
そして、本来壁であるところから、廊下に顔を見せていたのが山崎であった。
恐らく木の板二枚が割れたのだろう。壁には天井から真っ直ぐ一尺半ほど幅の縦穴ができていた。
「…聞きたかねぇが、状況を説明しろ」
「申し訳ありません。私がわずかの間離れていました所、矢代殿が壁を破壊しました。近くにおりました為、すぐさま戻り、事情の説明を求めていた次第です。
彼は以前より部屋の改築を模索していたらしく、前川殿が去っているならば、さして問題ないと判断したそうで」
「頼んでも斧とかくれないだろうから、叩いて穴空けれないかって思ったら、案外簡単に空いちゃったんですよ」
山崎から言葉を奪った後、やれやれと首を振る弥月。 壊れた壁の板が悪いとでも言うのか、 反省の『ハ』の字も見られなかった。
去る初夏のこと。前川一家は遂にというか、成るべくしてというか、新撰組が屋敷を占拠するのに耐えかねて、前川邸を去った。因みに彼らは親戚の経営する六角通りの両替店に移ったのだが。
弥月はそれをこちらに来てすぐに平助から聞いて、割と早い段階で思いついたらしいが、如何せん捕虜の身では憚られたと話す。変な所で良識を発揮して見せた。
「…やっぱり怒ります?」
「―――ったりめぇだろうが!!阿呆か!!」
緊急事態ではないのと、土方の説教が始まる雰囲気に、その他大勢が弥月の部屋を後にしようとしたところで、「あれ?」と平助が首を傾げる。
「・・・そーいや、総司とはじめ君は?」
「そうだ!あいつら隣だろ!?」
それに答えたのは、誰にとっても意外なことに、騒ぎの張本人で。
「斉藤さんは何でか知らないけどいないんです。まぁそれは時々あることなので。沖田さんはたぶんいますね。部屋に。
・・・一回見に来ましたし」
「「「はあ!?」」」
皆が素っ頓狂な声を上げて、こぞって隣の部屋を覗きに行くと、部屋の主は何事も無かったように布団の上に横になっていて。
「煩いんだけど。しかも無断で僕の部屋に入って来ないでくれる」
首だけこちらに向けて、「早く出てってよ」と不快な色を示した。
そうして皆が『もう何も言うまい』と決めて各々の床に戻っていく。
但し、土方以外。
そうして、弥月が土方に怒られること四半時。
途中、「こんな朝早くに起こしやがって」とか、「だいたいてめぇは捕虜の分際で山崎を囲うな」とか、微妙に論点のズレた説教を受けた。
因みに捕虜とは敵に囚われた人のことを指すので、私の場合は違うのだが。そんなこと言おうものなら、彼の血管が切れてしまうだろうと気遣って、指摘はしなかった。
その後、二度寝と朝餉、それから朝の会議を済ませた皆が徐にやって来た。変な奴のする変なことは、何かしら気になるものだ。
「それにしても、その板、見事に抜けましたねぇ…」
山南が感心したように言う。
穴は板二枚を犠牲にはしたが、それ以外の壁には影響することなくポッカリと開いていた。
「道具も使わず、これはいったいどうやって…」
彼はまじまじと壁を観察しながら、犯人に問うた。
「弱い所って叩いたら音で分かるって言うじゃないですか。ここ納戸だから、もしかしたら材料とか手入れに手抜いてるかもーと思って。
二枚続きでゴンゴンって重い所があって、色も悪かったから、試しに蹴ってみたらこの通り。腐りってたっぽいですね」
土壁ならば、竹などの格子状に組んだものに両側から土を塗ってできているため、頑丈にできているのだが。ここは木の板を表と裏で、張り合わせているだけの合板の壁だった。
それにしても、軽く蹴っただけで穴が開くとはけしからん
もしお隣同士が年頃の男女だったら、けしからん事態に陥っているに違いない
「なぁ、マジで脚で空けたのか?」
「蹴りの巧みさ、半端じゃねぇな」
感心しきる藤堂や原田に、ふふん…と弥月は得意気に言う。
「空手が趣味の兄がいて、教えてもらいました。柔術よりはそっちが向いてますね。足技なら結構自信ありますよ」
「「「カラテ?」」」
何故か首を傾げる一同に、弥月も同じように首を傾ける。
「うん? 空手……ってまさか、この時代にないの?」
え、空手って日本の武道じゃなかったの?
口々に「知らない」の言葉が飛ぶのにポカンとする弥月に、藤堂は興味津々で訊く。
「そんなの聞いたことねーぞ! 柔術とどう違うんだ!?」
「え…や、私も兄がするの真似してただけだから、座学的なものはよく……柔道に似てるっちゃ似てるけど……えーっと…瓦割ったりしないの…?」
「「瓦!?」」
「何でそんな物…?」
「えっ…と…腕試し?」
曖昧な返事をしながら、自分の中でも謎が深まるばかりである。言われてみれば、瓦が勿体ない気もしてきた。
「…もしや、それは『唐手』のことですか?以前そのようなことをどこかで……確か琉球国のものだったかと…」
流石と言うか、山南は的確な助言を差し出した。
弥月は「へぇ、そうなんだ」と独り言(ご)ちてから、
「ん、まぁ柔道…柔術と違って、攻撃的な足技が多数あるんです」
と、適当に説明を加えておく。そんなに重要なことでもないだろう。
朝餉のうちに帰ってきたのだろう斎藤も、話を聞きつけてやってきていた。
「あんたはここに穴を開けて、どうする気だ?」
「あぁ…最終的には、穴を真っ直ぐ縦に抜ききって、縁側みたいになったら良いなーって思って」
こんくらい…と理想の大きさを手で辿って示す。人が一人通れるくらい。
「できたらガラス戸はめたいけど、そこは諦めて暖簾(のれん)でも付けようかなって。ここ埃っぽいわ、暑いわで仕方ないんだよね。
あとは雨対策に取り外しの戸を…って、どうしました?」
何故かギョッと目をむいた一同に、弥月が問いかけると。原田は「信じられない」といった口調で言った。
「硝子なんて高い物…お前、実ははどこぞの豪商か何かか?」
「へ?…あるの?江戸時代に窓ガラス。」
それは意外だ。てっきりその手の物は明治からだと思っていた。
「俺は一度だけ見たことがあるな。でっけぇ商家の壁についてたのを」
「へー……この時代のガラスなんて江戸切子くらいかと思ってた」
「私の眼鏡も硝子ですよ」
「あ、そっか。瓶底」
…と言ってもやはり通じなくて少し寂しい。「瓶底ですけど何か?」と返してほしい。
昔といえど150年程度と言うべきか、鎖国して250年という割には、案外文明があるからややこしい。いっそのこと原始時代ぐらいだったら…
…すみません、江戸時代で良かったです。猿語で会話は無理です。寂しくて死にます。
「で、この計画どうでしょうか? 完璧ですよね、山南さん」
「そうですね…今の時期は暑いのでそれでも良いとは思うのですが、あと一月もすれば寒くなるのではないかと」
「あ、そか。そこ考えてなかった」
虫とかはギリ大丈夫だからいっか、としか考えてなかった。
「そもそも君がそこから逃げるって選択肢はないの?」
「ない」
「…あっさり言うね」
いつからいたのか、気怠そうに壁に背を預けていた沖田が、興味があるのか無いのか、よくわからない口調でそう言った。
この人は今朝から何がしたいのかよく分からない。穴開けた時、すぐに見に来た割に放置して帰るし。なのに今は「逃げるんじゃない?」とか言うし。
「考えてもみなよ。確かに暇で、暇で、暇で、退屈で死にそうだけどさ。
衣はともかく、何にもしないのに食住が確保されてるんですよ。どんな厚待遇ですか!って感じ」
「なら今日から一日一食ね」
「それは無理。筋トレ…運動はしてるから、ご飯は要る。ご飯出してくれないなら、ここから出せ」
「死んだら出れるけど、死んでみる?」
「死んで帰れるなら、とっくにヤってるし」
「試してみたら?意外と帰れるかもよ」
「じゃあ、私は帰れない方に命かけるわ。沖田さんは帰れる方に命かけて、私が死んだ後帰れなかったら、責任とって死んでくださいね。これぞ連帯責任」
「なんで君と連帯しなきゃいけないのさ。死んでも嫌だね」
二人が会話する傍目の様子だけを表現すると、うふふ、あははなのだけれど。
コソコソと平助が斉藤に耳打ちする。
「前から思ってたけど、なんであいつらあんなに仲悪ぃの? はじめ君最初の頃から見てたんだろ、何か知らねぇの?」
「分からぬ。矢代は最初から総司の態度が気にくわなかったようだが。
…それからは売り言葉に買い言葉なのだろう」
「オレ、怖ぇんだけど…」
「確かに怒った弥月は怖ぇ」
うんうん、と永倉と原田が頷く。
「あいつら黙ってりゃ、お互い小綺麗な面してんのにな。総司は見慣れたが、なかなか弥月の口から『黙れ』とか出てきたときには一々驚くぜ。
怒ったら人が変わったみたいに説教臭くなっ…」
「新八さん、うっさい、黙って」
「すいまっせん!!」
「おぉ、地獄耳」
「左之さん」
「うぉ…くわばらくわばら」
これだけやいのやいの言っていたにも関わらず、結局、そのあと土方さんからお達しがあり。
外から平隊士に見られては困るからと、穴を塞ぐことになったのでした。
***