姓は「矢代」で固定
第7話 わたしのために
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文久三年九月三日
まだ日は高い時間。前川邸裏にて、建物の壁に向かって立つ人が一人。
今日も元気な主人公。黒色のゴムで適当に結い上げた金髪は、風に吹かれて楽しげに揺れている。
「よっ!」
バキッバキッ
「よし。それでは…」
ガタガタッガタ
「てやっ……とーれたっ!」
***
原田side
不審な音に釣られて屋敷の裏手へと向かう。そして、角を曲がった先の想像もしていなかった光景に、俺は一瞬固まった。
弥月が久しぶりに袴着ではなく、黒の着物一枚という簡素な恰好をしていたのは良いとして。その足元には釘抜きと、手には今剥がされたばかりの壁だったもの……彼の身幅より大きな木の板があった。
そしてより注目すべき点は、弥月のキラキラした笑顔。
「…弥月、それ…」
「あー、しまったー、見つかったー」
ちっとも“しまった”という声じゃねぇな…
「なんで今更…また剥がしてんだ…?」
取れたてホカホカの“壁の穴を塞いでいた板“とそれによって塞がれていた”元からあった壁の穴“。そして弥月の顔を、原田の琥珀色の視線が往復する。
ここは前川邸裏……詳しく言えば、弥月が軟禁されていた納戸から壁一枚を挟んだ場所。明るみに出た壁の穴からは、弥月が過ごしていたころより埃の溜まった部屋が覗いていた。
「ふっふっふ……なんでだと思います?」
弥月が悪戯に笑って見せるので、俺は呆れたような顔をしてみせた。
「悪いこと考えてる奴の顔だな。…土方さんに怒られるぞ?」
「土方さん、怖くなーいもーん」
「…そうか」
「本人が聞いたら発狂ものだろうな」と原田は思うが、弥月のそれすらも分かった上でやっている日頃の様子に、何とも形容しがたい尊敬の思いもあった。
これは、“副長補佐”とか適当な肩書がなきゃ、示しがつかねぇよな…
今、弥月は斎藤の巡察に同行しているだけだと聞く。幸いなことに、俺らが思っていた以上に弥月は実力があり、特別な役職であることを平隊士達に受け入れられたようだ。
「ま。いいから、いいから。見つけたんなら手伝ってくださいよ。
左之さん無駄に大きいんですから、有効活用してください」
「…そりゃどういう理屈だ?」
そう言いつつも歩み寄る身体は、彼に手を貸すのを嫌とは言っていなかった。
まぁ、賑やかしが一人増えたってところだな
役職のせいか、監察方の部屋にいるせいか、…性格のせいか、平隊士と時間を共有している割に、いまひとつ馴染みきれていない彼。
巡察を共にする斎藤を始め、土方さんを含めた他の幹部の面子も、彼のことは気にかけている。俺も類には漏れないが、それが余計に平隊士を遠巻きにさせているような気がして、特段に関わるようにはしていなかった。
しかし、居るだけで目立つせいか、自然と弥月へと視線が向いてしまう。結果、”見ているだけで面白い”ということも分かってきた。
「へへ…ありがとうございます。
あのですね、ここの板取っ払って、ズドーンと開けてしまおうかと思いまして」
…?
「…前言ってたのだな」
「そうそう、やっぱ換気口は大きいに越したことないと思って。開けないよりは開けた方が明かりも取れそうだし」
……まさか
「…まさかとは思うが…ここに戻るつもりか…?」
原田は吃驚して、信じられないという顔になっていたのだが、弥月はしたり顔でにやりと笑って返した。
「そのまさかですよ」
***