姓は「矢代」で固定
第7話 わたしのために
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文久三年九月二日
カランコロン…
「取れ」
「――っ…」
ギリッ
歯をくいしばって痺れる右手を押さえ、私のことを屁とも思っていない相手を睨み付ける。
「取らぬか。そんなに死にたいか」
「…んなわけないやろぉ!」
木刀で叩かれた左腕は1、2分は使い物にならない。右手のみで、下段に木刀を構える。
カン…カンッ
彼は最初から右腕一本。ハンデが無くなっただけなのだが。
「―-っ」
重い。この馬鹿力が…!!
いつも鉄扇を振り回しているのは伊達じゃない。弥月の木刀を片手で軽々と受け止めて見せた。
何撃かを交わしながら気を狙う。だが、隙がない。
「避けてるだけでは勝てんぞ」
わかってるーっつの!!
「覇ッ!!」
上段から縦に斬る。
ガッ
降り下ろしたはずが、彼の振り上げた力に負けた。
「ぅあ…っ!」
木刀から手が離れた。
しまっ…
「脇が甘い」
ドッ
一瞬ガラ空きになった右腰を打たれた。
「う゛っ…!!」
痛い
捩れるような痛み。
横腹を抱えて踞る。内出血で済むだろうか。肋骨のヒビぐらいならまだしも、臓器が潰れてたら手の施しようがない。先程までとは違う、
ひやりとした汗が滲み出る。
「…はっ、はっ…」
「なんだ、敵は臓腑の一つや二つ潰したくらいでは満足せんぞ」
「…はっ、はぁっ…はぁっ」
痛い
打たれた所が熱をもって、熱い。
「何度死ねば気が済む。たとえ腕が落ちようと、腹に穴が開こうと、敵から目を離すな。殺られる前に殺れ」
「―っ…」
化け物が…!!
「悪態をつく余裕はあるようだな。」
ゴンッ
「て―――っ!!!!」
頭に一撃喰らった。
なんで分かった!?
「馬鹿の顔は分かりやすいわ」
「…さいですか」
芹沢がトントンと木刀で自分の肩を叩く。それは「早くしろ」の合図。
じんじんと痛む腹はこの際無視するしかない。どうせ倒れるまで続くのだから、異常があればそのうち動けなくなるだろう。幸い左手の感覚は戻ってきていた。
腹を庇うなんて無様な姿勢はしない。そんなの隙を生むばかりだ。地に真っ直ぐに立って、両手に木刀を正眼に構える。
ジャリッ…
「…うらぁ!!」
***
胸を突かれて、息ができなかった。
「…げほ、げほっ…」
ペタンと地にへたりこむ。
「ふん………終いだ」
「……ぅ…ありが、とぉ、ござい…まし、た…」
座ったまま彼を見送ってから、その場に大の字になる。もちろん下は砂利なのだが、だいぶ汚れた生活にも慣れた。そんな自分は怖いが。
夜空を見上げて大きく息を吸う。
本日膝を着くこと五回。前回は十二回だったから大分進歩したと思いたい。
…真剣だったら十回は死んだけどね
不定期開催、”芹沢さんちの剣術講座”。…そんな命懸けの習い事を始めたのは五日前……おはぎ騒動の日から。
美味しいおはぎと不味い茶を持って、彼の部屋を訪れた日。帰り際、「木刀を持って、戌の刻、寺に来い」とだけ言われた。
もしや、お礼に稽古をつけてもらえるのかと思った私が甘かった。
壬生寺の境内に弥月が現れるや否や、芹沢は声も殺気も出さず、急に木刀を振るってきた。
訳のわからぬまま、コテンパンに殺られた初日。最初から身構えて行った二日目。絶対一本獲ってやると決めてきた今日。
「…あのおっさんマジ強ぇ…」
本日も彼に決定打を入れることはできなかった。
「あ゛ぁぁもう!…素振り増やそう…!」
いくら腕力で勝てないと割りきっても 、やはり努力を怠るわけにはいかない。そんなこと言い訳にしたくないし、諦めた自分なんて格好悪い。
「…一気に冷えてきた」
汗でぬれた着物が張り付いて、だいぶ涼しくなった秋の夜風に身震いする。たぶん現代だと9月の終わりごろだろうか。
「…よし。今日は部屋誰もいなかったから、部屋でするか」
ふらふらと立ち上がり前川邸へと戻る。勝手場に残っていた冷めかけの湯を拝借して、監察方の部屋へ帰り、手ぬぐいを浸しながら体を拭く。
「いててて……げ、真っ黒」
今日突かれた右脇が痣になっていた。幸い肋骨も臓器も無事で済んだらしい。
すっかり痣だらけになった自分の身体をまじまじと見る。腕も胸も腹も脚も、生傷が耐えない。
直接言われたわけではないが、気付いているのであろう芹沢の最後の良心か、顔への斬撃が飛んでくることは無かった。そのお陰で、この惨状が皆にバレずに済んでいる。
弥月的には誰に見せるわけでもないから問題ないのだが、兄の次男が見たらきっと荒れ狂うだろう。暖かい食卓に氷河期が訪れること必須。
「…ま、芹沢さんのせいだけじゃないけどね」
一人で出歩きもできない弥月は、平隊士が稽古をするのと同じように、毎日朝夕問わず文武館にも顔を出すわけで。
そっちは竹刀で、防具をつけているからマシとはいえ。それでも幹部と手合わせしたときなんかは、腹を突かれて壁まで飛ばされる。柔術で床に叩きつけられるのなんかは日常茶飯事だ。
そういえばと思い、指折り数えれば、今日は初めて芹沢さんに会ってから九日経ったわけで。彼との約束の三分の一が終わろうとしている。
「んー・・・なんだっけ・・・“私がここで剣を取る理由”?」
残念なことに、弥月は”夏休みの宿題”においても、最初頑張っているのに最後まで残っている・・・中だるみする。
…もう思いつかなかったら、それっぽい回答作ればいっか
チャポン
「よし」
身なりを整えて、桶を抱える。
時刻は亥の刻に差し掛かろうとしていた。そろそろ寝なければ、明六ツまでに起きれない。
「あ、サラシ巻くの忘れてた」
こちらへ来て三日目に、斎藤さんの目をかいくぐって作ったサラシ。結局のところ50%ポリエステルのシャツは生地が硬く、激しく動きだしたら大して使いものにならなかった。勿体無いことをした。今では綿のものを三本使っている。
最初はさらしを外して寝ていたのだが、先日朝から少々問題が発生したこともあり、巻いたまま緩めて寝起きしている。
「でも寝るには苦しいんだよね…」
うーん、と悩む。今日は部屋に誰もいない。
「…ま、慣れるまでの辛抱か。ついでに肺活量上がって良いかも」
やはり巻くことに決めて襟に手をかけた時、
スッ
「あれ?起きてたん?」
「おおお起きてましたぁ!」
セーフセーフ!!!
「おかえりなさい、林さん。遅くまでお疲れ様です」
「ただいま。何、その桶」
「あぁ、昼間掃除したのを片づけ忘れてたので、今から捨てに行こうかと」
「そ。オレ寝るけど良い?」
「はい、私もすぐ戻ります。お先にどうぞ」
にこにこしながら何食わぬ顔で部屋を出たが、庭に水を流しながら溜息を吐いた。
ノックして! 気配消して現れないで下さい!!
監察方の部屋になった弊害……心臓に悪い。