姓は「矢代」で固定
第6話 信じるもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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***
お梅さんに従うと、八木邸の庭の端っこへ連れてこられる。もう既に嫌な予感しかしない。
彼女は振り返ってから、一度弥月を上から下まで眺めた。
彼女の下がった眦は、今は全く優しげには見えず。「自分にはお見通し」だとでも言いたげに、藤色の視線を私の顔に静かに据えた。
「あんたはん、女の子とちゃうの?」
「…」
…やっぱり
舌打ちしたいのを、何とか奥歯を噛みしめるに留める。
彼女は最初からこの金髪を見ている以上に、顔を、奇異な物を見る目で見ていた。
「黙とっても分からへんのよ」
「……違いますね」
何とかその言葉だけを絞り出す。それにどれだけ効力が無いかなんて知ってはいたが。
「…そう。でも今ここで『上を脱いで』て言うても、できはらんのよね?」
「……だったら、何だっていうんですか。貴女には関係ないんですから、今すぐそれ以上余計なことは言わないでください」
何なんだ
正直、こんな何処で誰が聞いてるか分からない状況で、それを話題にするのは一刻も早く止めてほしいのだが。
どうやって彼女を黙らせようかという考えが過(よぎ)る。
しかし、この人の行動が読めない。彼女がそれを知ったところで、利が生じるようなことがあるだろうか。借金の充てに脅迫するにしても、自分はほとんど一文無しだ。
ならば私の“副長補佐”という立場を活用しての、借金取りだろうか。
「ふぅ…まあ、認めはらんやろうとは思ってたからええの」
「言いふらすと脅しますか?」
「そないなつもりはあらしまへん」
「じゃあ…」
「少うし…貴女とお話したかったんどす」
「…?」
よっぽど不快な顔をしていたのだろう。「そないに怖い顔せんとって」と言われた。正直なところ、それは状況的に無理だ。
お梅はまた一つ息をついてから、少し陰のある表情で言った。
「矢代はん…どうして新撰組にいてはるの?」
「…べつに。衣食住確保するためですけど」
「そんなやったら、内職でも良かったんとちゃうの?」
「…裁縫とか細かいもの苦手で、こっちの方が得意なもので」
意見が合わないであろう彼女に踏み込まれたくなくて淡々と答えると、お梅はさらに暗い顔をする。
「…あんたはん、少し変わった髪の色はしてはるけど、器量は悪くない…えぇ、きっと良い方やと思う」
「……褒めて頂いてありがとうございます。仏壇拝んどきますね」
「せやから、そないな物で…そないな事せんでも、誰かと幸せになれるんとちゃうかって…」
「…そないなって…新選組で刀振ってることですか?」
「そう。だって…もう……まだ、十八なんよね?」
十八歳が”もう”なのか、”まだ”なのかは同意の仕様がなかったが、私が返事をするまでお梅さんは待っていて。「そうですね」と応えざるを得なかった。
「うちが言うのも何やけど、危ないことしぃひんくても、女としての幸せを見つけたらええと思うの。矢代はんみたいに学があって、器量も良くて、明るい性格なら…きっとえぇ人見つかる思うの」
「………わぉ」
まさかの、お節介おばはん登場
今まで周りにいなかったが、“お見合い婆”って、たぶんこんな感じなのだろう。
「天子様とか、お上はんのために戦うんは立派やと思うんよ? でも、それはもっと強い殿方達にしてもろうたらええんとちやうの。
あんたはんなら、真っ当な女としての生きがいも見つかるんやから…」
うーん…
…
…やっぱ、この人と合わないなぁ…
そもそも彼女の考え方が一般的だとすると、この時代の女性全員と合わない気がするが。
恋愛脳ってこういう人のこと言うんだろうな、きっと。
恋愛脳の人ってあんまり好きじゃなかったけど、よくよく考えてみれば、人間っていう種の保存には良いんだよね、きっと。
あぁ、江戸時代に生まれなくて良かった
弥月は、さも「疲れた」という風にわざとらしく大きい溜息を吐く。ただ笑顔だけは貼り付けたまま。
「…ご忠告ありがとうございます。ですけど、私この生活楽しんでるんで、気にしないでください。こんなところで死なないよう、私も気を付けます」
ぺこんと頭を下げて、退場するために踵を返したが、思いもよらず彼女に手首を掴まれた。
「なんで女としての幸せ諦めるん!?」
…
「…あんた、誰の話してんの」
あぁ、駄目だ。苛々する。人の傷抉るのは好きじゃないんだけどな
私よりいくらか年上の、身なりの良い女性。
人にお金を貸せるだけの蓄えがある家人…旦那に、未払いの催促に送り出されてここにいる。市中で壬生狼と恐れ蔑まれるここに。
払われたこと等ないのに、毎日のようにここに通い続けている。男と二人きりで部屋に籠もって。
それがどういうことか分からない程、子どもではない。
弥月は掴んだ手を放すように言ってから、先程までよりも努めて明るい声を出す。
「女としての幸せってなんですか?」
「え…? それは…殿方に愛されて…やや子生んで…ってこと、かしら…」
「じゃあ、貴女は“旦那さんを愛してるが故に”死ねるんですか?」
「…?」
「“愛している男のために”じゃないですよ。んな、寝ぼけたような回答要りませんから。“男を愛しているために”です」
「え…? なにが…それはどう違うの…?」
「要は、死ぬ名目が男のためか、自分のためかの違いですね。答えてください」
「そ…んなこと、言われても…具体的じゃない、から…」
「何言ってるんですか。あなた、自分の状況分かってます? 懐に入ってるそれ、芹沢さん気づいてますよ」
「――っ!!」
「誰宛の贈り物かは知りませんけど。自分のためにどっちかを殺して、自分のために死ねる覚悟があってのことかって訊いてるんです。
だって、それって貴女の幸せのためにしてるってことですよね?」
どっちを消したにしても、罪は免れない。
「答えはNO…貴女はそんな度胸もなければ、覚悟もない。
まぁ、その男達にそこまでしてやる価値があるのかまでは聞きませんけど」
お梅はその白磁器のような顔を真っ青にする。
恥辱を受けさせるのは申し訳なかったが、一刻も早くこの問答を終わらせたかった。
後から考えれば、彼女の自論の押し付け……それも、さも矢代弥月が不幸だとでも決めつけてくるのを、相当腹に据えかねていたのだと思う。
「学があるのも、明るい性格も、面の皮の厚さも生まれつきじゃないもので。必要だと知って学んできた結果、力を誇示するここが自分に相応しいと、私自身が選んでここにいます。
“女の幸せ”とやらにどれ程価値があるのか、今の私には分かりません。努力したって叶うとは限らない成果の見えないものに、私は命を賭けられない」
お梅が反論できないのを見て取る。
彼女がそう考えるのは彼女のせいじゃない。そうならなきゃ生きられない環境で過ごしてきたのだ。それがこの時代の価値観。
「誰かに言われるまま、流されるまま、ここにいるあなたには何の説得力もない。
自分の願いは、誰かに叶えてもらうものじゃないんです」
自分が正しいのかどうかは知らない。けど、もう17年も生きてきた。
私の性格は自分が一番よく分かっている。私だって、自分の物差しでしか彼女のことを観れない。
「夫婦になって家庭をもって…っていうのは、素敵だとは思います。
だけど、これが私の生き方です。私は貴女の人生に口出しするつもりはないので、貴女もそうして下さい」
それは明確な拒絶。
彼女はまるで私の嫌いな、“女だから”と甘える自分だった。