姓は「矢代」で固定
第5話 大切なもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
文久三年八月二十三日
さて、この方どなたでしょう?
「見ない顔だな」
「はぁ、まぁ、来たてですので」
「にしては、他の隊士や、特にあの貧乏道場の連中とは顔見知りのようだったが?」
貧乏道場…
「ええ、まぁ、隊士になって三日目ですので」
とりあえず当たり障りなさそうな返答をする。
前川邸の門前で偶然出くわした中年の男性に、ものすごーく偉そうに呼び止められたのがついさっき。因みにその偉そうさは、たった一言二言にも傲慢さが滲み出ていた。
見た目から、源さんと同じくらいの年齢なのだろうが、あの優しいおじ様とは全く正反対の印象を持つ人物で。
なんだか良く分からないけれど、お偉いさんっぽいのに、私の事情を知らないということは…
可哀想に…きっと、この高慢ちきが祟って、ハミゴなんだな
半ば憐れみの気持ちになりつつ男をみやる。
「貴様のことだろう、新見が言っていた毛色の違う子鼠とは」
「…」
「元は上方の者だな。江戸から来たのか」
へえ…
鼠呼ばわりされて渋面をしていたのだか、自ら某ネズミのニックネームを名乗ったこともあるから許すとしよう。それより、さらりと出身を当てられた事に驚く。
だが、顔には出さない。見る人が見れば、発音で関西出身であることが容易にばれるのは、山南さんで確認済みだ。
最近は鉄板となりつつある、人当たりの良い笑顔でやんわりと返す。
「こちらで尊皇攘夷派の志士が浪士組を結成されたと聞き、後れ馳せながら馳せ参じました」
先日の政変で”新撰組”となった彼らには、会津からの給金が支給されることとなり、噂を聞き付けた志願者が激増していた。
「その中に混じってしまえば、貴方の珍妙さも霞(かす)むでしょう」という山南さんの助言に従って、その中の誰かが言っていたありきたりな回答を真似てみた。
「ふん…ここに貴様の居場所はないと思うが? 」
居場所?
「…どういう意味ですか?」
言葉の真意が分からず、怪訝な顔で男を見る。居場所というか、仕事場兼住居を実力で手に入れたはずだが。
すると彼は鼻で笑ってから言った。
「わざわざ説明するまでもなく、貴様自身、分かっているのだろう? 得意の第六感とやらでな」
第六感…といえばスピリチュアル…得意……
…
…女!?
一瞬息が止まる。この男は今の一瞬で、何を根拠に気づいたというのか。
…
…いや、墓穴を掘るのは避けたい。見た目が不審だから、鎌をかけているだけかも。むしろこの人の方がスピリチュアル…
弥月はこの妙に勘の良い男とは一旦離れるべきだと判断した。
しかし、それとは別に、実のところ、弥月は如何せん頬が緩んでしまい、それを引き締めるのに必死である。
は…はっ…初めて、女に見られた…かも!!
意図的にそれらしく振る舞っているのもあるが、十人に男と偽って、十人が疑うでも無く男だと信じているのは、達成感がある一方で、やはり納得がいかなかった。割とふだん通りに過ごしている。
だから今まで心の奥底で燻っていた、「なんで誰も気づかないの?!」という心の叫びが首をもたげてきた。
そうとはいえ、そんなこと言っている場合でもない。
怪しまれているのならば、否定はしなければならない。
「…やはりどういう意味ですか分かりかねますが? 居場所がなくはないと…それなりの実力は持ち合わてい」
「そうだろうな、そこらの田舎侍よりは手練れているようだ」
男は扇子でトントンと自らの肩を叩く。
「だが、その細腕で何ができる。何を守ろうというのだ」
「それは…」
「貴様は何の為に戦う。中途半端な思いは、いざという時に邪魔な足手纏いだ。早死にしたくなければ、とっととここから去ね」
中途半端…?
そう吐き捨てた男を、弥月は睨みつける。
「…自分がここで生きる為に、刀を振るってはいけませんか。私にとってはこの腕しか頼れるものがない」
そう。わたしは”好き”で『ここ』に居るんじゃない。
それでも死にたくないから、使えるものを使う。この世界での生きる術を持っていたことは、運が良かったと思っている。
今でも夢じゃないかと願ってしまう時間移動と、その先で彼らと出会した運の悪さは認めるが。
「それに、新入隊士って私と似たような人ばっかりでしょう? その中では割と使えるほうだと思いますよ」
だが、弥月の精一杯の虚勢はいとも容易く打ち砕かれる。
「考えが浅いわ、小童。保身の為にしか力を振るえない奴は、すぐに反旗を翻す。そんな輩に背を預けられるはずがなかろう。ただの義侠心も能もない足手纏いなら真っ先に殺してくれるわ。男も女も関係なくな」
「…」
弥月は歯噛みする。
彼の言うことには間違いがない。仮に自分が彼の立場なら、不審人物といっても過言でない私に背中は預けない。
屯所の外の状況を知らないし、歴史に疎い私でも、 政情不安なのは 火を見るより明らかだ。加えて、新撰組が辿る道は暗く血腥いものとなる。これから起こるであろうことに、私は命懸けで、彼らに背中を預けて戦えるか?
彼らからしたら、こんな得にもならない不確定要素を抱え込むより、切って捨てた方が圧倒的に安泰だろう。
返す言葉も無く、弥月はただ身体の横で拳を固く握った。
ただ、目を逸らしたくなくて、男を正面から見返した。
「フッ…」
…へ? 今の、笑っ……?
「吠えるしか能のない喧(かまびす)しい輩は好まんが、生きもがく輩はいとわん。貴様、名は」
物凄く傲慢だったけど、何か認められたような??? てか、かまびすしいって何だ?
「あなたは他人の名を訊く時の作法も知らないのですか。私は矢代弥月言います」
「弥月か…大層な名だな」
「………貴方は?」
「…貴様ごときに名乗るものなどないが、まぁ教えてやろう。芹沢。芹沢鴨だ」
セリザワカモ
芹沢かも☆
芹沢鴨!?
「いるじゃん!鳥!」
鷲でも鷺でもなく鴨だったか!
ヒュ…パンッ
「――っいってぇ!!」
「ほう、受けたか。啖呵を切るだけはあるようだな」
男…芹沢は持っていた扇を、弥月の横面目掛けて薙いだが、弥月は反射的に腕でそれを防いだ。
そして、咄嗟に受け止めたは良いが、それがまた予想に反して尋常じゃなく痛いこと。
「~~ッそれなに!!? ただの扇子じゃないですよね!?」
「鉄扇だ」
「てっ…!そんなので殴ったら、死ぬじゃないですか!!」
青くなって憤る弥月に、芹沢は鼻で笑う。
「面を叩(はた)いた程度で死ぬ訳がなかろう。それに貴様の減らず口を塞ぐには、これでも足りないようだしな。…次は首を跳ねるか」
彼はトントンと扇で自らの肩を叩く。
未だ値踏みするような視線と、鉄でできているとは思えない程に軽く振り回されるそれは、男の秘めたる実力を物語っていた。
ゴクと無意識に喉を上下させる。
…本気だ
殺気までは放っていないものの、目は笑っておらず、冗談の様でもない。どうやら本当に彼の癇に障ったようだ。
本気でかかってこられたら、いくら自分が腕に覚えがあるといえど、歯が立たないだろう。
でも! 鴨なんて名前つける方も悪いでしょ!! なにその鍋みたいな名前!!
「…まず、非礼は詫びておきましょう。初対面の方に大変失礼つかまつり申した、芹沢殿」
腰を折りながら、模範となる祖父の姿を思い出す。
目の前の男は弥月のきちんとした謝罪を受け止める気になったようで、「二度目はない」と言って、八木邸へと踵を返した。
その背を見送りながら、ふと思う。
「…あれ?そういえば、あの人何者だったんだ?」
***
夕方、勝手場を通り過ぎると、見知った顔が二つ。そういえば、ここは女中などは雇っておらず、自炊しているというのを以前聞いた。幹部も例外ではないらしい。
この二人が料理をできるのは意外で、思わず感心しながら見守る。二人が並ぶと“大”と“小”という感じで、言ったら“小”が怒るからこっそりと笑った。
「なんで笑ってんだ?」
「いや? 平助は火起こし似合うなぁって」
「…それ、褒めてんのか?」
「…分かんない」
パチパチと尻に火を浴びる釜が並んだ風景は、やはり時代を感じさせる。スイッチ1つでできる炊飯器と比べて果てしなく手間を感じるが、ここの白飯が美味しいのはこれのおかげだ。
この時代の人達はやたらめったら白飯を食べるようで、最初お椀にこんもり盛られたのを見た時は驚いた。経済状態のせいで、当然おかずが少ないから、有難く頂いてはいるが。
給金出るようになったらしいから…ちょっとおかず増えるかな?
そんな淡い期待を抱いてみる。
まだ調理は皮むきの段階らしく、手つかずの大量の食材が並んでいた。主に、芋とか芋とか芋だが。
食べ物と言えば…
「あのさ、芹沢鴨って人は、誰」
「誰って、筆頭局長だろ」
左之さんが大根の皮を剥きながら言った。
…大根ってそんなに厚く剥くもんだっけ?
「筆頭局長…って、近藤さんが局長じゃないの?」
「…誰にも説明してもらってねぇのか?」
「ない」
「嘘つけ! オレしたじゃん!!」
「…そうだっけ?」
さっぱり思い出せない。「来てすぐ!」って平助は主張したが、やっぱり思い出せない。そんな来てすぐの人に、右から左へ生活様式から組織の体制まで覚えろって方が無理だし。
平助はじゃが芋の皮を剥きながら、溜め息を吐いた。
「まじでお前賢いとか冗談だろ。馬鹿じゃねーか…」
「失礼な! アホと言ってくれ!!」
「阿呆なら良いのか…?」
平助によって剥かれた芋が、ゴロンとざるの中に転がされる。じっとそれを見て思う事には…
…これ……芽じゃ…
おそるおそる手を伸ばすと、伸びたとまでは行かずとも、間違いなく芽だった。次々と剥かれて転がされる芋の所々に、掘られ残された窪み。
…
…考えたくないけど
もしかして、下痢と嘔吐の原因は……これ?
何故か左之さんは、大根の皮も千切りにしていた。
「弥月、暇ならコレ剥けって」
平助に「ほら」と、自分が知っている人参よりも幾分小さい人参を渡された。受け取った包丁はそれなりに大きさがあって、しっかりと研がれていたのだが。
「…平助」
「ん?」
「あのさ……全部、皮にして良い?」
「「…だめだろ」」
さて、今日は何ができるのだろうか
***
弥月はパタパタと団扇を仰いで、並べた七輪へ風を送る。
「ほーん、それはなかなか強いね」
「あれを『強い』で片付けるか…」
「ん、いや、まぁ。めちゃくちゃだとは思う。むしろ放火は死罪に値するよ。斬られたお相撲さんは天災に遭ったくらいに思わなきゃ、やってらんないね」
ただ今、干物を焼いています。焦げる前に誰か教えてね
「でも、悪い人には見えなかったんだよね」
「…なんでだよ。さっき頬をアレで叩かれかけたとか言ってたじゃん」
「んー…そうなんだけど…あれは私も悪かったし…」
「…痣作った奴の言うセリフじゃねぇよ」
左之さんに言われて気付いたのだが、鉄扇が当たった腕が大きな痣になっていた。
「弥月じゃなかったら、鼻イッてたかもな」
「そう! 弥月じゃなかったら、顔に当たってたんだぜ!?」
「痣の一つや二つ治るし、良いんだけどさ。主人公のビジュアル的に鼻骨骨折は困るけど。
それよりなんっていうか………あ」
味噌汁が沸騰していた。
「左之さん、味噌汁沸騰してる」
「あぁ、まだ菜っ葉に火通ってないから良いんだ」
…?
味噌汁って沸騰して良かったっけ?
…でも確かに。沸騰しなかったら、いつ具に火が通るんだ。
「…で、あの人とはどう接すればいいの?」
「は? 別に普通にして良いんじゃねーの?」
「普通って何。『未来から来ました~』とか言っていいの?」
「いや、それは駄目だろ」
「芹沢さん、偉い人なのに黙ってて良いの?」
「…土方さんに聞いて来い」
「はーい。ん、じゃあ善は急げってね!」
スックと立ち上がって、「後、よろしくー」と弥月は勝手場を後にする。
「そういや弥月って、飯炊きの当番に入ってたっけ?」
「いや。たぶんまだ組まれてないと思う。あそこ監察の部屋だからな、他の部屋の奴と組ませるしかないが…
…まだ平隊士と組ませると、何言いだすか分かんねぇしな」
「…確かに。でも暇そうじゃね?幹部の代わりに入れるとか、土方さんに提案してみたら、オレらの仕事減るかも!」
「……いや、無理だな。見ろよ、これ…」
「あ゛っ」
網の上には見るも無残な、片面のみ真っ黒に焦げた鰯が十数匹。
それが誰の膳に乗るかで、左之たちを悩ませた。