姓は「矢代」で固定
第5話 大切なもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
沖田side
最近はすっかり僕と犬猿の仲の彼が、道場に初めて現れたその日。
僕は稽古を早々に引き上げて、土方さんの部屋の近くに忍び寄った。少し前に、雷の第一陣がきたことを考えると、そろそろ二陣目がくる筈だ。
あれが泣くかもしれない
そう思うと、自然と口の端が吊り上る。それをまた揶揄ってやろうって魂胆だ。
障子に近づくと間違いなく土方さんにバレるので、隣の誰もいない部屋に滑り込む。彼の顔を見れないのは残念だが、ここなら十分に声は聞こえる。
部屋から怒気が外まで滲み出ていたが、驚いたことに中は静かなものだと思った。
…が、それも一瞬のことで。
「あぁ、よーく分かった。てめぇが此処が何処だか分かってねぇってことがな」
あぁ、やっぱり怒られてる
その言葉から、土方さん相手に僕に言ったのと同じようなことを言ったのだろうと思う。彼が媚びを売ったり、土方さんが買ったりはしないとは分かっていた。
最近、土方さんは新撰組を確固たるものにしようと、特に尽力している。それは他方面からの圧力もあるせいで、思い通りにいかないことばかりに、彼はいつもに増してイライラしていた。
流石の僕も、最近は発句集を持ち出すのが憚られるくらいに。
だから、新撰組の形を端から否定する矢代の存在に、イラつかない筈がない。
そう、彼はただの厄介の種なんだ
これは今すぐ次の雷が落ちるだろうな、と思った。
「舐めんといて。人切り集団、新撰組。あんたはん達のことなんて、うちの方がよぉ知っとってよ。その悪名、未来永劫忘れへん」
次に聞こえたのは、聞きなれない京言葉。時々、彼が周りが見えなくなると使うものだと、元隣部屋のよしみで認識していた。
だけど、つまり怒っているのは怒られているはずの彼である。土方さんと真正面から言い合いするなんて、やっぱり空気を読めない馬鹿なんだと思った。
ま、その度胸は認めるけど
その時、ふと、近くで人の気配がした。その突然現れた気配に、今まで自分が気付かなかったことには驚いたが、僕が縁側から上がったのに対し、どうやら先客は廊下側にいたようだ。
スッと障子が開く音がする。
「それくらいで勘弁して貰えないかな、弥月君。」
近藤さん…?
予想外の人の登場に僕は更に驚いた。大抵、土方さんが誰かを叱っていても、基本的には口を出さないし、「トシは今日も元気だなぁ」くらいに構えている人だったから。
僕が驚いている間にも話は進んでいて、
「いや、………すまない、俺のせいだ」
!? なにが…!?
沖田は突然に近藤が謝りだしたことに、何が起こってるのか分からず焦った。
続く土方と近藤の言葉では答えが得られない。
何なの!? なんで近藤さんが、あいつなんかに謝って…!!
「俺は認めたくなかったから、今までトシがどう言おうと、見ないフリをしていたんだ。……だが、彼に指摘されて分かったよ。
やはり、総司を京に連れてきたのは間違いだったんだ」
鈍器で頭を殴られたような
心臓を鋭利な物で貫かれたような
そんな衝撃を受けた。
『江戸に帰れ』
そう土方さんに言われたのは、まだ記憶に新しくて。
その時近藤さんは、その言葉に耐え切れなくて逃げ出した僕を、優しく迎えに来てくれた。
僕はここにいて良いと思ったんだ。
土方さんに嫌われようと、近藤さんがいるからここに居る。
近藤さんが必要としてくれる
それだけで良かったんだ
『総司を連れてきたのは間違いだった』
近藤さんは僕を必要としていない
恐怖と焦燥感に脚が震えた。
だけど近藤さんの意を汲もうと、なんとか再び壁の向こうへ耳を澄ます。
「―――俺の懺悔だ。
あいつの剣は濁った。それが俺の心にずっと取っ掛かりを作ってたんだ」
全身が戦慄(わなな)いた。
まだ部屋では会話が続いていたが、耳はこれ以上聞くことを受け付けず、周りの音を遮断した。
『僕、近藤さんのために……もっともっと強くなるために、ここに来たんだ』
そう伝えた幼い日。自分がここで生きていく意味を見出した。
『総司は強くなったな!』
そう嬉しそうに言った時の、近藤さんの笑顔が大好きだった。だから、いくらでも剣術に励んだ。
殿内を騙くらかして粛清した時も、近藤さんは渋い顔をしていたが、何も言わなかった。
近藤さん、引いては浪士組のためにした事だし、それを近藤さんも分かってくれたんだと思った。
だけど
『俺たちは京の治安を守るためにここに居る。……だが、こいつは人を斬るそれしか頭にねぇ。そんなやつをここに置いておくわけにはいかねぇ!』
『総司…』
あの日、土方さんの後に続く、近藤さんのその言葉を、冷静になった僕が予想できなかった訳はない。
「仲間殺しの汚名を着せたくなどなかった」そう苦言を溢す近藤さんを、想像できなかった訳がない。
『総司を連れてきたのは間違いだったんだ』
苦しみを吐き出すように、近藤さんは言った。
僕が言わせてしまった
その言葉だけが僕の思考を占拠した。
それでも…
それでも僕は
僕は…
僕は、近藤さんの傍にいたい
必要とされたい
その先は覚えていない。気付いたら次の朝を自室で迎えていた。
どこかこれが自分の身体じゃないような感覚のまま、道場へと足を向ける。
『あいつの剣は濁った』
たとえ僕の剣が泥に汚れようとも、血に塗(まみ)れようとも、彼の剣でいたい。
僕の存在が否定されようとも、彼の役に立ちたい。
ただそれだけを思って。
『あいつの剣は、人を喰らうための剣だった』
なんで君が知ってるのさ。
綺麗事しか言えないんだと思っていたのに。
日当たりのよい、陽だまりの中を歩いて来たんだと思っていたのに。
どうして
どうして己を犠牲にしてでも、敵を斬ることを知っているんだ
沖田side
最近はすっかり僕と犬猿の仲の彼が、道場に初めて現れたその日。
僕は稽古を早々に引き上げて、土方さんの部屋の近くに忍び寄った。少し前に、雷の第一陣がきたことを考えると、そろそろ二陣目がくる筈だ。
あれが泣くかもしれない
そう思うと、自然と口の端が吊り上る。それをまた揶揄ってやろうって魂胆だ。
障子に近づくと間違いなく土方さんにバレるので、隣の誰もいない部屋に滑り込む。彼の顔を見れないのは残念だが、ここなら十分に声は聞こえる。
部屋から怒気が外まで滲み出ていたが、驚いたことに中は静かなものだと思った。
…が、それも一瞬のことで。
「あぁ、よーく分かった。てめぇが此処が何処だか分かってねぇってことがな」
あぁ、やっぱり怒られてる
その言葉から、土方さん相手に僕に言ったのと同じようなことを言ったのだろうと思う。彼が媚びを売ったり、土方さんが買ったりはしないとは分かっていた。
最近、土方さんは新撰組を確固たるものにしようと、特に尽力している。それは他方面からの圧力もあるせいで、思い通りにいかないことばかりに、彼はいつもに増してイライラしていた。
流石の僕も、最近は発句集を持ち出すのが憚られるくらいに。
だから、新撰組の形を端から否定する矢代の存在に、イラつかない筈がない。
そう、彼はただの厄介の種なんだ
これは今すぐ次の雷が落ちるだろうな、と思った。
「舐めんといて。人切り集団、新撰組。あんたはん達のことなんて、うちの方がよぉ知っとってよ。その悪名、未来永劫忘れへん」
次に聞こえたのは、聞きなれない京言葉。時々、彼が周りが見えなくなると使うものだと、元隣部屋のよしみで認識していた。
だけど、つまり怒っているのは怒られているはずの彼である。土方さんと真正面から言い合いするなんて、やっぱり空気を読めない馬鹿なんだと思った。
ま、その度胸は認めるけど
その時、ふと、近くで人の気配がした。その突然現れた気配に、今まで自分が気付かなかったことには驚いたが、僕が縁側から上がったのに対し、どうやら先客は廊下側にいたようだ。
スッと障子が開く音がする。
「それくらいで勘弁して貰えないかな、弥月君。」
近藤さん…?
予想外の人の登場に僕は更に驚いた。大抵、土方さんが誰かを叱っていても、基本的には口を出さないし、「トシは今日も元気だなぁ」くらいに構えている人だったから。
僕が驚いている間にも話は進んでいて、
「いや、………すまない、俺のせいだ」
!? なにが…!?
沖田は突然に近藤が謝りだしたことに、何が起こってるのか分からず焦った。
続く土方と近藤の言葉では答えが得られない。
何なの!? なんで近藤さんが、あいつなんかに謝って…!!
「俺は認めたくなかったから、今までトシがどう言おうと、見ないフリをしていたんだ。……だが、彼に指摘されて分かったよ。
やはり、総司を京に連れてきたのは間違いだったんだ」
鈍器で頭を殴られたような
心臓を鋭利な物で貫かれたような
そんな衝撃を受けた。
『江戸に帰れ』
そう土方さんに言われたのは、まだ記憶に新しくて。
その時近藤さんは、その言葉に耐え切れなくて逃げ出した僕を、優しく迎えに来てくれた。
僕はここにいて良いと思ったんだ。
土方さんに嫌われようと、近藤さんがいるからここに居る。
近藤さんが必要としてくれる
それだけで良かったんだ
『総司を連れてきたのは間違いだった』
近藤さんは僕を必要としていない
恐怖と焦燥感に脚が震えた。
だけど近藤さんの意を汲もうと、なんとか再び壁の向こうへ耳を澄ます。
「―――俺の懺悔だ。
あいつの剣は濁った。それが俺の心にずっと取っ掛かりを作ってたんだ」
全身が戦慄(わなな)いた。
まだ部屋では会話が続いていたが、耳はこれ以上聞くことを受け付けず、周りの音を遮断した。
『僕、近藤さんのために……もっともっと強くなるために、ここに来たんだ』
そう伝えた幼い日。自分がここで生きていく意味を見出した。
『総司は強くなったな!』
そう嬉しそうに言った時の、近藤さんの笑顔が大好きだった。だから、いくらでも剣術に励んだ。
殿内を騙くらかして粛清した時も、近藤さんは渋い顔をしていたが、何も言わなかった。
近藤さん、引いては浪士組のためにした事だし、それを近藤さんも分かってくれたんだと思った。
だけど
『俺たちは京の治安を守るためにここに居る。……だが、こいつは人を斬るそれしか頭にねぇ。そんなやつをここに置いておくわけにはいかねぇ!』
『総司…』
あの日、土方さんの後に続く、近藤さんのその言葉を、冷静になった僕が予想できなかった訳はない。
「仲間殺しの汚名を着せたくなどなかった」そう苦言を溢す近藤さんを、想像できなかった訳がない。
『総司を連れてきたのは間違いだったんだ』
苦しみを吐き出すように、近藤さんは言った。
僕が言わせてしまった
その言葉だけが僕の思考を占拠した。
それでも…
それでも僕は
僕は…
僕は、近藤さんの傍にいたい
必要とされたい
その先は覚えていない。気付いたら次の朝を自室で迎えていた。
どこかこれが自分の身体じゃないような感覚のまま、道場へと足を向ける。
『あいつの剣は濁った』
たとえ僕の剣が泥に汚れようとも、血に塗(まみ)れようとも、彼の剣でいたい。
僕の存在が否定されようとも、彼の役に立ちたい。
ただそれだけを思って。
『あいつの剣は、人を喰らうための剣だった』
なんで君が知ってるのさ。
綺麗事しか言えないんだと思っていたのに。
日当たりのよい、陽だまりの中を歩いて来たんだと思っていたのに。
どうして
どうして己を犠牲にしてでも、敵を斬ることを知っているんだ