姓は「矢代」で固定
第5話 大切なもの
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***
午後。再び壬生寺の境内。
弥月は大の字になって砂利玉の上で転がる。
「ぅごほっ…はあっはっ…はあぁ……さいっとぉさん、強すぎぃ…」
正直、避けるので精一杯だった。勝負を仕掛ける隙もない。むしろ何回か、避けるついでに逃げ出したくなった。
「ふうっ…あんたも…いったい何処で、そんな動きを…」
斉藤さんも肩で息をしていた。そりゃあ半時ほど、お互い木刀を振り回していたのだから仕方のないことで。
それでも彼は立っているのだから偉いと思う。…というより、お行儀が良いと言うべきか。
「…初手を見切られたのは、久方ぶりだ」
「…ははっ!とりあえず避けただけですけどね!」
反射的に身体が動いたとでもいうべきか。
一撃目をスレスレで避けて、その“く”の字のような、変な態勢のまま二撃目を避けるのに、必死の思いで“そ”の字になった。平助とかが見ていたら、間違いなく爆笑していたと思う。
…てか、見られては、いたんだけどさ…
誰かというなら、斉藤さんの組の隊士さんで。
遠巻きとはいえ食い入るように見ていたので、手に汗握るという感じなのは伝わってきたのだが、組長に似たのか、どうも反応が薄くていけない。
よし! ここの組に派遣されて、盛り上げ隊長になろう!
自分でもわけの分からない事を心に決めた。
空を仰いで、「天気がいいなぁ。ここ最近、秋晴れだなぁ」とか考えてみる。斉藤さんに伝えると、「そうだな」とだけ返事が返ってきた。
「…やはり今朝、総司が不機嫌だった原因はあんたか? 昨日あんたと打ち合ったからだと、誰かが言っていたが」
「…そうなの?」
むくっと上半身を起こす。
「俺が訊いている。まさかと思っていたが、あんたの実力を見れば、あり得ない話ではないと思ったからな」
「…いや、昨日は打ち合ったわけじゃなくて…」
とりあえず、昨日の経緯を話す。
「…って、訳なんですけど。どんなもんでしょ。沖田さんって、やっぱ根に持つタイプ?短期?」
「いや…短気は左之の方だが…」
弥月が「へー左之さん短気なんだー」と感心している横で、斉藤は考え込む。
荒れてはいたが……いつもの“鬱憤晴らし”という雰囲気では無かったんだが…
…寧ろ、自分より強い相手を求めているような…
今日の総司は、平隊士を徹底的に斬り倒すのも目にはついたが。どちらかといえば、俺や平助との稽古や、自主的に稽古に来た新八や左之との打ち合いを、一番に望んでいた。
他にも新入隊士の武田を捕まえて、自分も相手も立てなくなるまで斬り込んでいた。
殿内を斬った後は、比較的、言動も落ち着いていたと思っていたのだが…
『こいつは人を斬る…それしか頭にねぇ』
副長にそう指摘された頃に戻ったような、またその時とも違うような“強さ”を求めていた。
ただ、我武者羅に“強くなりたい”と願っているようなその姿…
誰よりも大きな才を持つのに、いつも何かに追われるように不安定だと、沖田を見ていて斉藤は思う。
「さいとーさーん? 起きてます?」
いつの間にか立ち上がって、ヒラヒラと目の前で手を振る彼に、ハッと我に返る。
「…あぁ、すまない」
「いえいえ!斉藤さん朝から稽古してて、お疲れですよね。
今日、夜の巡察当番でしたし、少し寝た方が良いかもしれませんよ?」
「そうだな…そうさせて貰う」
「はい! 稽古つけて頂いて、ありがとうございました!」
「いや、こちらこそ忝(かたじけな)い」
お互い礼をしてから、前川邸の方へと戻っていこうとしたのだが。
弥月はそこに溜まっていた隊士に、「矢代殿! 一本お願いします!!」と言われてしまった。
「ぅえぇ!? さっ斉藤さん!?」
「…暇なら稽古してやってくれ」
「「「お願いしますっ!!」」」
「え、待って待って! “稽古をつける”なんて立場でも、実力でもないと思うっていうか、できませんっていうか…」
弥月は「指導する側」になったことなんてない、と意外なことを言って断っていたのだが。
「矢代は変わっている……いや、というよりも…その身体の動かし方は面白い。可笑しい」
「おもっ…可笑しい!?」
ちっとも可笑しそうではなかったですよね!?
まだまだ斉藤さんを知るには修行が足りないらしい。
そういう訳で、斉藤さんは帰って、私はそのまま彼らの相手を代わる代わるすることになっただった。
***
斉藤side
斉藤は自室の前へ来ていた。それは沖田の部屋でもあるわけで。
総司…?
今朝はまだ稽古し足りない様子で、部屋に居ると思わなかったのだが。やはり今晩の巡察のために、総司も戻ってきたのだろうか。
「何してるの、はじめ君。そこに立たれると気になるから、入るなら入ってくれる?」
中から聞こえた声に、僅かに肩を跳ねさせてから障子を空ける。総司は座布団を枕に寝転がっていた。
「戻っていたのか」
「うん……ちょっとね」
…やはり様子がおかしい
だが敢えて聞くべきかどうかは分からない。
…総司のことだ。話したくなったら話すだろう
刀をはずし、襟巻をたたむ。
こちらを窺うような気配は、気付かないふりをしてやるのが良いのだろう。
「ねぇ、はじめ君。今、彼と稽古してたの?」
「…矢代のことなら」
…早速、本題か
何を焦っているのか。それともただの世間話なのか。
「どうだった?やっぱり、へなちょこの田舎剣法?」
クスクスと笑いながらも、それは同意を求めるかのように、話しかけられたのだが。
だからこそ斉藤は溜め息を吐かざるを得なかった。
「…見ていたのだろう」
「……なんだ、バレてたんだ」
「はじめ君には敵(かな)わないなぁ」と笑いながら言う総司の顔は、やはりいつものそれではなくて。飄々としていて掴みどころのない彼らしくないと思う。
「それを訊きたかったから、戻ってきてたのか?」
「…うん、まぁ…そういうことになるかな…」
歯切れの悪さは、悪戯を咎められた子供のようで。
天井を仰ぐばかりで、こちらを見ない彼に、斉藤は座布団を出しながら淡々と話しだす。
「…矢代は強いが、俺達ほどではない」
何を悩んでいるのかは分からないが、総司が語らないというのであれば、俺にできるのは知っていることを教えてやるだけだ。
「見ていたのだから分かっているのだろうが…
型を修めたような振りをする一方で、その身軽さで予想だにしない動きをする。
もしかしたら剣術以外の武道を修めているのかもしれん」
「…もしかして、忍者とかじゃないの?」
「その可能性はあるが、稽古の相手をするのに、だからどうということでもない。
寧ろ、今後多様な敵が現れるのに対し、矢代の動きは参考になる」
「ふーん…」
見ていたなら、彼の実力くらい分かる筈だ。
総司が知りたいのは、相対した俺の感覚。
「……それと、一度だけ………あいつの剣は、人を喰らうための剣だった」
沖田は目を見張って振り向くが、斎藤は天井を仰いで、目を閉じた。
「それ…」
「人を殺(あや)めたことがあるのか、確かなことは言えないが………あれは、最悪、相討ちにでも落とし込もうという気迫だな」
だから、寸止めを暗黙の了解で打ち合いしていたのだが、最後の突きは撃ち込まざるを得なかった。もちろん寸でで力を弱めて胸を撃ったが、少し息苦しそうにしていたのは悪かったと思う。
だが、それに対し何一つ言わなかったところを見ると、最後だけ気迫が違う自覚があったのだろう。
もしかしたら、想像以上に、矢代も喰えぬ男かもしれない
彼と刀を交えて得るものは大きいと感じた。
剣技としては拙いところが多々見られる。しかし、身体能力は並ではなく、奇妙奇天烈な動きをするから、時々自分が相手をしているのだということを忘れて、呆気にとられる。俺が振り上げた得物を避けるために、一間程を飛び上がった時は、あいつが人間かを疑った。
…言ったら、悲しませるだろうか
まるで人じゃないと思ったことを。一瞬見せた、俺の命を狙ったあの赤銅色の眼を。たなびく長い髪が、黄金色の尾を持つ獣のようだと思ったことを。
あんな色で生まれてきて、苦労しない筈がない。辛い思いをしなかった筈がない。
それを感じさせないのは、彼の人柄ゆえだろうからな…
斎藤は自らの思考に耽(ふけ)ってしまって、横にいた男の息使いが僅かに変わった事に、気付けなかった。
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午後。再び壬生寺の境内。
弥月は大の字になって砂利玉の上で転がる。
「ぅごほっ…はあっはっ…はあぁ……さいっとぉさん、強すぎぃ…」
正直、避けるので精一杯だった。勝負を仕掛ける隙もない。むしろ何回か、避けるついでに逃げ出したくなった。
「ふうっ…あんたも…いったい何処で、そんな動きを…」
斉藤さんも肩で息をしていた。そりゃあ半時ほど、お互い木刀を振り回していたのだから仕方のないことで。
それでも彼は立っているのだから偉いと思う。…というより、お行儀が良いと言うべきか。
「…初手を見切られたのは、久方ぶりだ」
「…ははっ!とりあえず避けただけですけどね!」
反射的に身体が動いたとでもいうべきか。
一撃目をスレスレで避けて、その“く”の字のような、変な態勢のまま二撃目を避けるのに、必死の思いで“そ”の字になった。平助とかが見ていたら、間違いなく爆笑していたと思う。
…てか、見られては、いたんだけどさ…
誰かというなら、斉藤さんの組の隊士さんで。
遠巻きとはいえ食い入るように見ていたので、手に汗握るという感じなのは伝わってきたのだが、組長に似たのか、どうも反応が薄くていけない。
よし! ここの組に派遣されて、盛り上げ隊長になろう!
自分でもわけの分からない事を心に決めた。
空を仰いで、「天気がいいなぁ。ここ最近、秋晴れだなぁ」とか考えてみる。斉藤さんに伝えると、「そうだな」とだけ返事が返ってきた。
「…やはり今朝、総司が不機嫌だった原因はあんたか? 昨日あんたと打ち合ったからだと、誰かが言っていたが」
「…そうなの?」
むくっと上半身を起こす。
「俺が訊いている。まさかと思っていたが、あんたの実力を見れば、あり得ない話ではないと思ったからな」
「…いや、昨日は打ち合ったわけじゃなくて…」
とりあえず、昨日の経緯を話す。
「…って、訳なんですけど。どんなもんでしょ。沖田さんって、やっぱ根に持つタイプ?短期?」
「いや…短気は左之の方だが…」
弥月が「へー左之さん短気なんだー」と感心している横で、斉藤は考え込む。
荒れてはいたが……いつもの“鬱憤晴らし”という雰囲気では無かったんだが…
…寧ろ、自分より強い相手を求めているような…
今日の総司は、平隊士を徹底的に斬り倒すのも目にはついたが。どちらかといえば、俺や平助との稽古や、自主的に稽古に来た新八や左之との打ち合いを、一番に望んでいた。
他にも新入隊士の武田を捕まえて、自分も相手も立てなくなるまで斬り込んでいた。
殿内を斬った後は、比較的、言動も落ち着いていたと思っていたのだが…
『こいつは人を斬る…それしか頭にねぇ』
副長にそう指摘された頃に戻ったような、またその時とも違うような“強さ”を求めていた。
ただ、我武者羅に“強くなりたい”と願っているようなその姿…
誰よりも大きな才を持つのに、いつも何かに追われるように不安定だと、沖田を見ていて斉藤は思う。
「さいとーさーん? 起きてます?」
いつの間にか立ち上がって、ヒラヒラと目の前で手を振る彼に、ハッと我に返る。
「…あぁ、すまない」
「いえいえ!斉藤さん朝から稽古してて、お疲れですよね。
今日、夜の巡察当番でしたし、少し寝た方が良いかもしれませんよ?」
「そうだな…そうさせて貰う」
「はい! 稽古つけて頂いて、ありがとうございました!」
「いや、こちらこそ忝(かたじけな)い」
お互い礼をしてから、前川邸の方へと戻っていこうとしたのだが。
弥月はそこに溜まっていた隊士に、「矢代殿! 一本お願いします!!」と言われてしまった。
「ぅえぇ!? さっ斉藤さん!?」
「…暇なら稽古してやってくれ」
「「「お願いしますっ!!」」」
「え、待って待って! “稽古をつける”なんて立場でも、実力でもないと思うっていうか、できませんっていうか…」
弥月は「指導する側」になったことなんてない、と意外なことを言って断っていたのだが。
「矢代は変わっている……いや、というよりも…その身体の動かし方は面白い。可笑しい」
「おもっ…可笑しい!?」
ちっとも可笑しそうではなかったですよね!?
まだまだ斉藤さんを知るには修行が足りないらしい。
そういう訳で、斉藤さんは帰って、私はそのまま彼らの相手を代わる代わるすることになっただった。
***
斉藤side
斉藤は自室の前へ来ていた。それは沖田の部屋でもあるわけで。
総司…?
今朝はまだ稽古し足りない様子で、部屋に居ると思わなかったのだが。やはり今晩の巡察のために、総司も戻ってきたのだろうか。
「何してるの、はじめ君。そこに立たれると気になるから、入るなら入ってくれる?」
中から聞こえた声に、僅かに肩を跳ねさせてから障子を空ける。総司は座布団を枕に寝転がっていた。
「戻っていたのか」
「うん……ちょっとね」
…やはり様子がおかしい
だが敢えて聞くべきかどうかは分からない。
…総司のことだ。話したくなったら話すだろう
刀をはずし、襟巻をたたむ。
こちらを窺うような気配は、気付かないふりをしてやるのが良いのだろう。
「ねぇ、はじめ君。今、彼と稽古してたの?」
「…矢代のことなら」
…早速、本題か
何を焦っているのか。それともただの世間話なのか。
「どうだった?やっぱり、へなちょこの田舎剣法?」
クスクスと笑いながらも、それは同意を求めるかのように、話しかけられたのだが。
だからこそ斉藤は溜め息を吐かざるを得なかった。
「…見ていたのだろう」
「……なんだ、バレてたんだ」
「はじめ君には敵(かな)わないなぁ」と笑いながら言う総司の顔は、やはりいつものそれではなくて。飄々としていて掴みどころのない彼らしくないと思う。
「それを訊きたかったから、戻ってきてたのか?」
「…うん、まぁ…そういうことになるかな…」
歯切れの悪さは、悪戯を咎められた子供のようで。
天井を仰ぐばかりで、こちらを見ない彼に、斉藤は座布団を出しながら淡々と話しだす。
「…矢代は強いが、俺達ほどではない」
何を悩んでいるのかは分からないが、総司が語らないというのであれば、俺にできるのは知っていることを教えてやるだけだ。
「見ていたのだから分かっているのだろうが…
型を修めたような振りをする一方で、その身軽さで予想だにしない動きをする。
もしかしたら剣術以外の武道を修めているのかもしれん」
「…もしかして、忍者とかじゃないの?」
「その可能性はあるが、稽古の相手をするのに、だからどうということでもない。
寧ろ、今後多様な敵が現れるのに対し、矢代の動きは参考になる」
「ふーん…」
見ていたなら、彼の実力くらい分かる筈だ。
総司が知りたいのは、相対した俺の感覚。
「……それと、一度だけ………あいつの剣は、人を喰らうための剣だった」
沖田は目を見張って振り向くが、斎藤は天井を仰いで、目を閉じた。
「それ…」
「人を殺(あや)めたことがあるのか、確かなことは言えないが………あれは、最悪、相討ちにでも落とし込もうという気迫だな」
だから、寸止めを暗黙の了解で打ち合いしていたのだが、最後の突きは撃ち込まざるを得なかった。もちろん寸でで力を弱めて胸を撃ったが、少し息苦しそうにしていたのは悪かったと思う。
だが、それに対し何一つ言わなかったところを見ると、最後だけ気迫が違う自覚があったのだろう。
もしかしたら、想像以上に、矢代も喰えぬ男かもしれない
彼と刀を交えて得るものは大きいと感じた。
剣技としては拙いところが多々見られる。しかし、身体能力は並ではなく、奇妙奇天烈な動きをするから、時々自分が相手をしているのだということを忘れて、呆気にとられる。俺が振り上げた得物を避けるために、一間程を飛び上がった時は、あいつが人間かを疑った。
…言ったら、悲しませるだろうか
まるで人じゃないと思ったことを。一瞬見せた、俺の命を狙ったあの赤銅色の眼を。たなびく長い髪が、黄金色の尾を持つ獣のようだと思ったことを。
あんな色で生まれてきて、苦労しない筈がない。辛い思いをしなかった筈がない。
それを感じさせないのは、彼の人柄ゆえだろうからな…
斎藤は自らの思考に耽(ふけ)ってしまって、横にいた男の息使いが僅かに変わった事に、気付けなかった。
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