姓は「矢代」で固定
第5話 大切なもの
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***
左之さんに指摘されて、弥月は一度部屋へ戻る。
あは。夜着でした(笑)
一応サラシは巻いていたから、そっちはまだ問題ない。
斉藤さんにもらった着物と、昨日土方さんからブン捕ってきた袴を着る。ジャージは平隊士に見えるところでは禁止令が出た。白足袋は平助から一つ新品を譲ってもらった。
部屋を出ると、そこで平助と左之さんは待っていた。
そうして道場へ竹刀を借りに行こうと思っていたのだが、「ほらよ」と戻ってきた新八さんが長い棒を投げてよこす。
「勝負っつったら、やっぱコレだろ」
「…木刀?」
「…! そうだな、そうでなくっちゃ!!」
なぜか平助はウキウキしている。
本気だから木刀ってのは、分からなくもないのだが。
…当たったら痛いじゃん
と、ちょっと思ったあたりで、左之さんが「そういえば…」と言った。
「試衛館にいた頃はずっと木刀だったが、確かに最近は竹刀ばっかであんま振ってねぇなぁ」
「…“天然理心流”だったよね」
「そう! オレは山南さんと一緒で、北辰一刀流だけどな!
近藤さんについてきた俺らは、天然理心流の門人だからな!稽古は木刀ですんだ!」
「ふーん…木刀が基本なんだ…」
「かーっ!久しぶりに腕が鳴るぜ!!」とか平助が楽しそうに言っているのを横目に、弥月は木刀をブンブンと片手で振ってみる。
「なんだ、弥月。木刀持ったことねぇのか?」
「そういう訳じゃないけど…」
矢代流
うちは一流派として、そう名乗って道場をしている。だが祖父が作ったそれは、この時代にはない流派なので、彼らにも大して説明していない。
そして、うちは木刀も扱うのだけれど…
「他人様とするのは、初めてかなって」
「なんだ、同じ道場の奴とだけか? 確か“今”は無い、どこぞの流派とか言ってたよな」
「うん。基本は竹刀で稽古だし、あんまり木刀で試合とかはしないな」
てか、してくれなかった
ただの教室の生徒さんは仕方ないとしても。私が木刀を掴んだ時に、兄達は相手をしようとしなかった。”怪我させたら、次男が何言うか分からない”が二人の言い分で。
父は稽古をつけてくれたが、それでも門下生のように吹っ飛ばされることはなくて…
「よし、平助。一発しようじゃない!」
そんな時だけ”女の子”扱いだった兄達に、思い出すと腹が立ってきた。
「よーし!病み上がりだからって、手加減しねぇからな!!」
ニイッと歯をむき出す彼に、「へっ!望むところ!」と言ってやる。
場所は壬生寺へと移動。境内は広々としていて、確かに前川邸の庭でするよりは十分に広かった。
「準備はいいか?」
「ちょっとタンマ」
「は? たんま?」
「待てってこと。…あのさ、外でするなら、足元。草履。これどうにかならないかな?」
「あ、そっか。おまえ草履だったな」
「ちょっと待ってろ」
左之さんが何か取ってきてくれるようだ。
皆は玄関から出てきたが、私は庭から回ったので、みんなが草履に縄っぽい何かを巻いているのを初めて知った。
つっかけで飛んだり跳ねたりはできないことはないし、庭なら裸足でも構わなかったが、境内は砂利だからちょっと痛そう。
という訳で、左之さんが持ってきてくれた草鞋の麻紐を巻きたいのだが、教えてもらうところから始まるわけで。
「ほら、そこ座れ」
「はーい」
そこの拝段に上がって座る。左之さんが地面に膝をついて、紐を片手に弥月の左足を掴んだ。
左之さんの動きが止まった。
「どうかした?」
「……お前、足首細いな」
「……………そう?そりゃあ、左之さんよりは」
弥月も一瞬、固まってしまった。他意はないのだろうが、そんな所を見ていた左之さんにビビった。
「こう…踵を巻いて…足首に…」
左足を左之さんが、右足を自分でする。
足首の前で蝶結びを固めたら、案外しっかりと足が固定された。これなら、飛んでも跳ねても脱げることはない。
「よし!今度こそ準備万端!」
ぴょんっと飛び降りる。平助は木刀をブンブン振り回しながら「おーし!」と言っていた。
***
足を捻ると、砂利が音を立てた。地面に裸足で竹刀を交えることはよくあったが、砂利でするのは初めてだ。
「始め!」
「先手必勝ぉぉ!!」
ザザッ
カンカンカンカンッ
ガンッ
「…速攻で、叫ぶ人初めて見たよ…っ」
「…やっぱ噂通り速ぇな…っ」
最初から切り結んだ。
弥月も速攻をかけようかと思ったのだが、やはり平助も突っ込んでくる性格に見えたので、出し惜しみをした。得意技は必殺技でもある。
一端離れるように押し返し、自分も彼の攻撃範囲内から下がる。
「うおぉぉぉ!」
再び平助は弥月より先に掛かってきた。
カンッカンカンッザッ、カンガンッ、
カンッ
「平助もっ、速いね」
「当然っ!」
カンガンッ、ザザッ、カンッ
カンカンガンカン、カンガンッ
くっ…
思わず顔を顰める。速さ重視の攻撃のわりに、時々強い斬撃が混じっていて。それを押し止めるのはなかなか力が要る。
打ち合いが長引いてきたら、それだけで弥月にとって不利だった。
「なんだ、やっぱ細っこいから、力足りねえんじゃねえの?」
「るっさい!」
そうに言われて、突き出された木刀を振り払う。
流石、幹部とでも言おうか。一見、昨日の平隊士さんの方が強そうに見えるが、断然平助の方が速さも力も、技も上だった。
ここで負けたら名が廃る!!
今度は身体ごと避けるようにして、木刀を滑らせる。
右、左、カンカンッ、右、カンッ、左…
左、カンッ、左、右…
…上!
顎を反らして剣先を流す。攻撃範囲内から出たところで、平助が叫んだ。
「避けるなよ!!」
「避けれるもん打つ方が悪い!!」
「くそおぉっ!!」
平助としては当初、手加減するつもりが無かったこともない。だが、いつの間にかムキになっていた。
萌葱色の瞳は闘争心に燃え、真っ直ぐに弥月を見ている。
来いっ!!
やはりまた、平助は突っ込んできた。
ガンッ
本来“避ける”とは、相手の太刀筋を見切ったということ。予測した後、その“振る”という動作より速く動くことは、尋常じゃない実力が必要だ。
けれど、弥月の“避ける”は勘に近い。目の良さと速さに加え、無駄のない動作で、当たるギリギリのところを紙一重で避けているだけ。
だから避けきれない分は、木刀を当てて軌道を変える。
カンッ
弥月は左腰をめがけてきた木刀に、刀身を当てる。一瞬、弾くように力を加えたが…
サァッ
「!?」
押し退けた彼の木刀から自分のそれを外さず、滑らして身体ごと彼に詰め寄る。一瞬で間合いが近くなり、危険を察知した平助は、返し手で下から木刀を振り上げた。得物が弥月着物の袖を掠る。
弥月は腰を屈めて、浮いた自分の得物を身体に引き付ける。目の前には朱色の布が踊っていた。
剣先が若草色の腰を捉えた。
「そこまで!!!」
新八の声が動くもの全てを止めた。
…………死ぬ、かと、思った
平助の腰に据えた私の木刀。
彼の木刀はそれよりも早く、弥月の首筋に、僅かな隙間を残して据えられていた。
「…―っあーあ!負け負け!!爺ちゃんすまんー…」
弥月はポイッとそれを放り出して、息を乱しながらその場に座りこむ。
「――っオレもビビったって! 超強ぇじゃん、弥月!!」
彼もドサッと腰を下ろして息をついた。
「ふぅ…うん。私、強い!」
「おい!ちょっとは謙遜しろよ!!」
「良いじゃん、負けたんだから」
「…よく分かんねー理屈だな」
平助は弥月の負け惜しみに、呆れたようだった。
「…うん、でも久しぶりにスッキリした。ありがと」
息を整えながら、ニッと笑顔を向けると、平助も「オレも楽しかった」と笑ってくれた。
「やっぱ速いな、弥月
「まさかここまでとは思わなかったぜ、俺も驚いた」
「良い試合だった」
「おりょ、斉藤さん」
「げっ」
新八さん、左之さんの陰から現れたのは、開始まではいなかった斎藤さんで。「げっ」と言ったのは、もちろん平助。
「平助が戻って来なかったからな。様子を見にと思い道場を出たら、打ち合う音が聞こえた」
「それでフラフラ~ッとって訳ですか」
「…休憩の指示はした」
斉藤さんはフラフラ~を認めなかったが、間違いなく、音に釣られてフラフラ~と来たはずだ。一瞬、道場の方を見やって、気まずそうにした顔が動かぬ証拠。
「ま、良いんじゃねぇの?結構、こっち来た奴もいるみたいだしな」
「…ほんとだ。ギャラリー半端ない」
気付けば十数人、遠巻きに隊士さんたちが見ていて、「これでまた弥月の人気は上昇だな」と新八さんにからかわれた。
そのとき鐘の音が聞こえた。曰く、平助が抜け出して四半時ほど経ったらしい。斉藤さんから『俺たちは朝稽古の続きを』という事になったので、弥月もついでに立ち上がる。
もちろん、沖田さん(しかも不機嫌)がいる道場に行く気はないから、庭で素振りでもしておこうと思う。新八さんあたりを捕まえておけば、昼までの時間はつぶせるだろう。
尻を払っていると、斉藤さんはそこに放り出していた木刀を拾ってくれた。
「矢代…」
「ありがとうございます」
「…」
なぜか、じっと顔を見られている。
「…何か?」
基本的に斉藤さんは無口だ。だけど、“言いたいことがある”時、すごく目で何かを訴えてくる。
…ほんと、酒が入った時の饒舌さはいったい何処から…
しばらく待ってみる。
たぶん彼は、自分が意見を発するかどうかを、相手の聴く姿勢によって決めているのだと思う。
じっと目を見て待つ。
「…一つ頼む」
…
「………午後からですね」
本当に剣術馬鹿ばかりで。新しい環境のはずなのに、まるで実家のようだと一人笑ってしまった。
***
左之さんに指摘されて、弥月は一度部屋へ戻る。
あは。夜着でした(笑)
一応サラシは巻いていたから、そっちはまだ問題ない。
斉藤さんにもらった着物と、昨日土方さんからブン捕ってきた袴を着る。ジャージは平隊士に見えるところでは禁止令が出た。白足袋は平助から一つ新品を譲ってもらった。
部屋を出ると、そこで平助と左之さんは待っていた。
そうして道場へ竹刀を借りに行こうと思っていたのだが、「ほらよ」と戻ってきた新八さんが長い棒を投げてよこす。
「勝負っつったら、やっぱコレだろ」
「…木刀?」
「…! そうだな、そうでなくっちゃ!!」
なぜか平助はウキウキしている。
本気だから木刀ってのは、分からなくもないのだが。
…当たったら痛いじゃん
と、ちょっと思ったあたりで、左之さんが「そういえば…」と言った。
「試衛館にいた頃はずっと木刀だったが、確かに最近は竹刀ばっかであんま振ってねぇなぁ」
「…“天然理心流”だったよね」
「そう! オレは山南さんと一緒で、北辰一刀流だけどな!
近藤さんについてきた俺らは、天然理心流の門人だからな!稽古は木刀ですんだ!」
「ふーん…木刀が基本なんだ…」
「かーっ!久しぶりに腕が鳴るぜ!!」とか平助が楽しそうに言っているのを横目に、弥月は木刀をブンブンと片手で振ってみる。
「なんだ、弥月。木刀持ったことねぇのか?」
「そういう訳じゃないけど…」
矢代流
うちは一流派として、そう名乗って道場をしている。だが祖父が作ったそれは、この時代にはない流派なので、彼らにも大して説明していない。
そして、うちは木刀も扱うのだけれど…
「他人様とするのは、初めてかなって」
「なんだ、同じ道場の奴とだけか? 確か“今”は無い、どこぞの流派とか言ってたよな」
「うん。基本は竹刀で稽古だし、あんまり木刀で試合とかはしないな」
てか、してくれなかった
ただの教室の生徒さんは仕方ないとしても。私が木刀を掴んだ時に、兄達は相手をしようとしなかった。”怪我させたら、次男が何言うか分からない”が二人の言い分で。
父は稽古をつけてくれたが、それでも門下生のように吹っ飛ばされることはなくて…
「よし、平助。一発しようじゃない!」
そんな時だけ”女の子”扱いだった兄達に、思い出すと腹が立ってきた。
「よーし!病み上がりだからって、手加減しねぇからな!!」
ニイッと歯をむき出す彼に、「へっ!望むところ!」と言ってやる。
場所は壬生寺へと移動。境内は広々としていて、確かに前川邸の庭でするよりは十分に広かった。
「準備はいいか?」
「ちょっとタンマ」
「は? たんま?」
「待てってこと。…あのさ、外でするなら、足元。草履。これどうにかならないかな?」
「あ、そっか。おまえ草履だったな」
「ちょっと待ってろ」
左之さんが何か取ってきてくれるようだ。
皆は玄関から出てきたが、私は庭から回ったので、みんなが草履に縄っぽい何かを巻いているのを初めて知った。
つっかけで飛んだり跳ねたりはできないことはないし、庭なら裸足でも構わなかったが、境内は砂利だからちょっと痛そう。
という訳で、左之さんが持ってきてくれた草鞋の麻紐を巻きたいのだが、教えてもらうところから始まるわけで。
「ほら、そこ座れ」
「はーい」
そこの拝段に上がって座る。左之さんが地面に膝をついて、紐を片手に弥月の左足を掴んだ。
左之さんの動きが止まった。
「どうかした?」
「……お前、足首細いな」
「……………そう?そりゃあ、左之さんよりは」
弥月も一瞬、固まってしまった。他意はないのだろうが、そんな所を見ていた左之さんにビビった。
「こう…踵を巻いて…足首に…」
左足を左之さんが、右足を自分でする。
足首の前で蝶結びを固めたら、案外しっかりと足が固定された。これなら、飛んでも跳ねても脱げることはない。
「よし!今度こそ準備万端!」
ぴょんっと飛び降りる。平助は木刀をブンブン振り回しながら「おーし!」と言っていた。
***
足を捻ると、砂利が音を立てた。地面に裸足で竹刀を交えることはよくあったが、砂利でするのは初めてだ。
「始め!」
「先手必勝ぉぉ!!」
ザザッ
カンカンカンカンッ
ガンッ
「…速攻で、叫ぶ人初めて見たよ…っ」
「…やっぱ噂通り速ぇな…っ」
最初から切り結んだ。
弥月も速攻をかけようかと思ったのだが、やはり平助も突っ込んでくる性格に見えたので、出し惜しみをした。得意技は必殺技でもある。
一端離れるように押し返し、自分も彼の攻撃範囲内から下がる。
「うおぉぉぉ!」
再び平助は弥月より先に掛かってきた。
カンッカンカンッザッ、カンガンッ、
カンッ
「平助もっ、速いね」
「当然っ!」
カンガンッ、ザザッ、カンッ
カンカンガンカン、カンガンッ
くっ…
思わず顔を顰める。速さ重視の攻撃のわりに、時々強い斬撃が混じっていて。それを押し止めるのはなかなか力が要る。
打ち合いが長引いてきたら、それだけで弥月にとって不利だった。
「なんだ、やっぱ細っこいから、力足りねえんじゃねえの?」
「るっさい!」
そうに言われて、突き出された木刀を振り払う。
流石、幹部とでも言おうか。一見、昨日の平隊士さんの方が強そうに見えるが、断然平助の方が速さも力も、技も上だった。
ここで負けたら名が廃る!!
今度は身体ごと避けるようにして、木刀を滑らせる。
右、左、カンカンッ、右、カンッ、左…
左、カンッ、左、右…
…上!
顎を反らして剣先を流す。攻撃範囲内から出たところで、平助が叫んだ。
「避けるなよ!!」
「避けれるもん打つ方が悪い!!」
「くそおぉっ!!」
平助としては当初、手加減するつもりが無かったこともない。だが、いつの間にかムキになっていた。
萌葱色の瞳は闘争心に燃え、真っ直ぐに弥月を見ている。
来いっ!!
やはりまた、平助は突っ込んできた。
ガンッ
本来“避ける”とは、相手の太刀筋を見切ったということ。予測した後、その“振る”という動作より速く動くことは、尋常じゃない実力が必要だ。
けれど、弥月の“避ける”は勘に近い。目の良さと速さに加え、無駄のない動作で、当たるギリギリのところを紙一重で避けているだけ。
だから避けきれない分は、木刀を当てて軌道を変える。
カンッ
弥月は左腰をめがけてきた木刀に、刀身を当てる。一瞬、弾くように力を加えたが…
サァッ
「!?」
押し退けた彼の木刀から自分のそれを外さず、滑らして身体ごと彼に詰め寄る。一瞬で間合いが近くなり、危険を察知した平助は、返し手で下から木刀を振り上げた。得物が弥月着物の袖を掠る。
弥月は腰を屈めて、浮いた自分の得物を身体に引き付ける。目の前には朱色の布が踊っていた。
剣先が若草色の腰を捉えた。
「そこまで!!!」
新八の声が動くもの全てを止めた。
…………死ぬ、かと、思った
平助の腰に据えた私の木刀。
彼の木刀はそれよりも早く、弥月の首筋に、僅かな隙間を残して据えられていた。
「…―っあーあ!負け負け!!爺ちゃんすまんー…」
弥月はポイッとそれを放り出して、息を乱しながらその場に座りこむ。
「――っオレもビビったって! 超強ぇじゃん、弥月!!」
彼もドサッと腰を下ろして息をついた。
「ふぅ…うん。私、強い!」
「おい!ちょっとは謙遜しろよ!!」
「良いじゃん、負けたんだから」
「…よく分かんねー理屈だな」
平助は弥月の負け惜しみに、呆れたようだった。
「…うん、でも久しぶりにスッキリした。ありがと」
息を整えながら、ニッと笑顔を向けると、平助も「オレも楽しかった」と笑ってくれた。
「やっぱ速いな、弥月
「まさかここまでとは思わなかったぜ、俺も驚いた」
「良い試合だった」
「おりょ、斉藤さん」
「げっ」
新八さん、左之さんの陰から現れたのは、開始まではいなかった斎藤さんで。「げっ」と言ったのは、もちろん平助。
「平助が戻って来なかったからな。様子を見にと思い道場を出たら、打ち合う音が聞こえた」
「それでフラフラ~ッとって訳ですか」
「…休憩の指示はした」
斉藤さんはフラフラ~を認めなかったが、間違いなく、音に釣られてフラフラ~と来たはずだ。一瞬、道場の方を見やって、気まずそうにした顔が動かぬ証拠。
「ま、良いんじゃねぇの?結構、こっち来た奴もいるみたいだしな」
「…ほんとだ。ギャラリー半端ない」
気付けば十数人、遠巻きに隊士さんたちが見ていて、「これでまた弥月の人気は上昇だな」と新八さんにからかわれた。
そのとき鐘の音が聞こえた。曰く、平助が抜け出して四半時ほど経ったらしい。斉藤さんから『俺たちは朝稽古の続きを』という事になったので、弥月もついでに立ち上がる。
もちろん、沖田さん(しかも不機嫌)がいる道場に行く気はないから、庭で素振りでもしておこうと思う。新八さんあたりを捕まえておけば、昼までの時間はつぶせるだろう。
尻を払っていると、斉藤さんはそこに放り出していた木刀を拾ってくれた。
「矢代…」
「ありがとうございます」
「…」
なぜか、じっと顔を見られている。
「…何か?」
基本的に斉藤さんは無口だ。だけど、“言いたいことがある”時、すごく目で何かを訴えてくる。
…ほんと、酒が入った時の饒舌さはいったい何処から…
しばらく待ってみる。
たぶん彼は、自分が意見を発するかどうかを、相手の聴く姿勢によって決めているのだと思う。
じっと目を見て待つ。
「…一つ頼む」
…
「………午後からですね」
本当に剣術馬鹿ばかりで。新しい環境のはずなのに、まるで実家のようだと一人笑ってしまった。
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