姓は「矢代」で固定
第5話 大切なもの
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文久三年八月二十二日
バタバタ…
「弥月!起きてるか!?」
「…んー……」
元気な声に眠りを妨げられる。どうやら朝のようだ。
「入るぞー!」
「…んー…誰ぇ…?」
「ほら、起きろって! いつまで寝てんだよ!!」
「…へーすけ…あと5分…。私、昨日久しぶりに動いて眠たい…」
「それ!それだよ!!」
「…? なにが…」
寝ぼけ眼をこすりながら座って、やっとこさ目の前にあった彼の顔を捉える。声から分かってはいたが、妙に興奮していて、なぜかとても上機嫌のようだ。
「俺ともしようぜ!!」
「…?」
分からん。私が寝ぼけているのか
「平助、説明省きすぎだ。訳分かんねぇだろ」
「あ…左之さん…いたんだ」
「いたんだ、って…」と苦笑いする彼をボケラッと見る。確かにその腹筋が目には写っていたが、認識できていなかったのだ。
弥月は大きく欠伸をする。
「ふぁ……で、なんだって?」
「だから、俺と試合しようぜって!さっき朝稽古行ったら、平隊士が騒いでてよ。今日は矢代さんは来ないのかって!」
「あれ…? 今、何時?」
「五つはとっくに。そろそろ四つなるんじゃないか?」
「えーっと………まぁ十時ごろか。よう寝たわ」
「確かに寝過ぎだな」
左之さんにクツクツと笑われた。いつもはそんなに寝坊助ではないのだが、今こんなボサボサの頭で言っても説得力がない。
話が進まないと喚く平助に、髪ゴムで髪を綺麗にまとめ直しながら「で、隊士さんたちが?」と、続きを促す。
「昨日総司とやりあって勝ったんだろ! はじめ君とも良い勝負したって!
見えない速さで動くから、気づいたら相手が吹っ飛ばされてて、何が起こったか誰にも分かんねぇって!!」
「なのに見た目が可愛いらしすぎて、あの土方さんも形無しだって、もっぱらの噂だぜ?」
「…わお?」
尾ひれどころか、背びれと胸びれも付いている。
「何だよ!勿体ぶるなよ!」
「悪いけど、沖田さんのオススメ隊士さんを一人負かしただけだし。しかも胴は軽く払っただけ、面も当てただけだから吹っ飛んでないし」
「総司達とはしてねーのか!?」
「うん…いや、その話は私があの人に宣戦布告したのが原因かな…」
「…また喧嘩したのか?」
察しの良い左之さんに頷いてみせる。
「ん、まぁそういうことです」
「確かに総司と言い合う隊士なんかそうそう…というより、まず平隊士にはいねぇからな。…それで互角か…」
「じゃあじゃあ!はじめ君のは!?」
平助が最後の望みといった風に詰め寄る。
「そもそも斎藤さん、昨日いなかったし」
「なんだよー!期待したのに!!」
そんなに残念がらなくても、平隊士には勝てる実力なんだけど……そういえば、平助って強いんだろうか?
今更ながらの疑問を口にしようとしたが、左之さんの質問に想像はかき消えた。
「じゃあ、土方さんのは何なんだ?」
「…さあ…?」
左之さんと同じ方向へ首をかしげる。
噂の可愛いらしいかどうかは横に置いといても、”形無し”の意味が分からない。しっかりと昨日はみんなの前で、怒られてしょっぴかれたのだが。
「なんだよ!全部ただの噂かよ!!」
「いや、平隊士には本当に勝ったから!」
「何騒いでんだ?」
「新八さん」
「なんだ、弥月。今起きたのか?」
また笑われた。人の寝起きがそんなに面白いか
「新八ッさん。弥月の噂聞いたか?」
「おう。なかなか面白ぇことになってんな」
「…見てたんだから、否定しといて下さいよ」
彼の楽しそうな顔を見る限り、否定するどころか、鱗をつけて歩いてきそうだ。
「いやいや、俺も気になるところでな」
「…? 新八さん、一から見てたじゃないですか」
彼はニヤリと笑う。
「土方さん、どうやって丸め込んだ?」
「丸め…?」
丸めこんだ? 丸めこまれた?
余程不審な顔をしていたのだろう。新八さんは「何だよ…寝起き悪いのか?」と引いてしまった。
「そうじゃなくて、何のことだか。えっと、土方さんにしょっぴかれたのは見てましたよね」
「おう。噂はそこから始まるんだよ。
お前が連れていかれた後、いつ雷が落ちるかと平隊士共々ヒヤヒヤしてたんだけどな。それが何時まで経っても始まらねぇじゃねぇか。
だから、これは一体どういう事だって、みんなが気にしててな」
土方さんの怒鳴り声なら一度落ちたのだが。そう言ったら、「あんなの通り雨じゃねえか」と。
「…で? どうやって籠絡した? なんか懐柔できるネタ持ってんのか?」
「え! んなのあるなら、オレも知りてえ!!」
…
「それともマジで弄(たぶらか)したのか!?」
…してないわ
「土方さんも百戦錬磨だぞ、そう上手いこといくかよ。…で、上か?下か?」
……なにが?
左之さんと新八さんが、にやにやとして詰めてくる。たぶんこの大人たちは碌なことを考えていない。
「確かに。可愛い顔して、経験豊富そうだよな」
「たぶんマジで陰間にしたら、ボロ儲けだと思うぞ。…おまえの性格じゃ無理かもしれねぇけど」
余計なお世話じゃ……って、陰間ってなんだ?
答えないとどんどん増長して、噂に足が生えて歩きだしそうな雰囲気に、長い溜め息を吐きだした。
「はぁ……昨日のは途中で近藤さんが来て、土方さんを宥めてくれたんですって。…ほら、平助が真っ赤だから止めたげて」
「うっ…るせえ!!」
「何だよぉ。折角、対土方さんに備えれると思ったのによぉ。」
新八さんのぶつくさ文句は聞き流しておく。
それよりも…
「お腹空いた」
「クク…ほらそこ、誰かが置いてってくれてるぞ?」
部屋の隅にはお膳が一つ。昨晩、床を並べた面子から、きっと島田さんだろう。
「わーい!」と言いながらお膳を持ってきて、手を合わせてからモキュモキュと白飯を口に運んだ。
ふと気づいて、パッと手を上げる。
「はい!非番の人!」
「「「…」」」
もちろん、そんな習慣のない彼らの手は上がらないから、今度するときにはきちんと上げるよう教え込まねば。
そういう訳で、今回は該当者無しなのはいいのだけれど。
「暇なの?」
純粋な疑問をぶつける。
「俺と新八は昼から巡察だけどな。」
「平助は?」
「あー…はじめ君が見てるから、少しくらい抜けてもいっかなって…」
「…?何見てるの?」
それは綺麗にハモった。
「「「総司」」」
無意識に箸を口にくわえたまま、宙に描いて思考する。
「…沖田さんを、斎藤さん見てるから、平助がさぼれる?」
因果関係がいまいち不明だ。
説明を求めると、平助が請け負ってくれた。
「荒れてんだよ、総司の奴」
「荒れてる?」
「平隊士がいつにも増してボッコボコ。倒れても容赦なしで、水ぶっかけて起こして。あれにまともに付き合うと死ぬこと必須」
「……そう。で、斎藤さんを生贄にさぼりね」
一応、痛いところではあるらしく、「いや、はじめ君は真面目だから、抜け出すのも止められたし…」とモゴモゴと言葉を濁していた。
「それに、お前の生贄は斎藤だけじゃねえんだろ、平助」
「うわ!左之さん、黙っててよ!!」
「言わなくったって一緒だろう。弥月になんかすぐバレルっての!」
ちらとこちらを見る平助。
「………まさか」
「ごめん。抜け出す時、はじめ君への言い訳に『弥月連れてくるから』つった…」
「しばく」
「うわぁぁ! 悪かったって!!」
「ちょっと面貸せや」
「ごめん!ごめんって!!」
弥月は平助の襟首をつかんで、片手で食べかけの漬物を口につっこんで。彼を引きずりながら部屋を出た。
***