姓は「矢代」で固定
第5話 大切なもの
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土方さんの部屋、すっかり慣れたいつもの定位置に座る。ただし、今日だけは正座で。
「で、何があった」
「別に…」
「『別に』じゃねぇだろうが。どうせまた総司とつまんねぇ事で言い合いしたんだろ」
「…つまんなくない」
「ほぅ、じゃあ言って見やがれ」
「…」
「黙ってるなら、騒ぎを起こした謹慎だな」
それは困る。ってか、今度こそ死ぬ
「沖田さんとぉ…稽古は絶ッッッ対しないと宣言してぇ、彼をぉ怒らせましたー」
「…お前らが顔を合わせる度に言い合いしてるのは知ってるけどな。いっそのこと叩きのめすつもりで行けばいいだろ。その方がお互いすっきりするだろうが。男らしくしやがれ」
「私、彼大嫌いです。絶対、稽古しない」
男らしく、のところは聞き流す。
「…餓鬼か」
「ガキで結構。まだ十八ですもん」
「十分大人じゃねえか」
「私のいた時代では二十まで子どもなんですー」
「そりゃあ、喧しい小生意気な餓鬼が大量にいることだろうな」
「小生意気で結構です。それに、彼に負けを認めるくらいなら、一生刀を取らなくったって良い」
つーんと、そっぽを向くが、土方さんの様子が変わったのを感じて、視線だけを戻した。
「…つまり、てめぇは総司に負けたくないから、喧嘩しねぇって言うんだな?」
目が怒ってる
「そうですけど?」
途端に眉間にしわを刻んだ土方に、弥月は些か「あぁ、面倒だな」と思った。
それで彼が不快に思うことなど百も承知だった。けれど、負の感情を言葉にするのは気力の要るもので。言い訳がましくそれを説明して、価値観の違う彼に、理解してもらおうとも思えなかった。
「今日から隊士志願だったな。士道不覚悟で死ぬか?」
「選択肢をくれるなら、死ぬつもりはありませんよ」
ブチンという音を聞いた気がした。
「…ならなぁ!我儘はいい加減にしろ!! 俺らにも非があるからと思って下手に出りゃ、つけ上がりやがって!
今日から隊士つったのは自分だろう! 自分の言葉には責任持ちやがれ!!」
怒鳴り、一気に捲し立てた彼に、弥月は顔を顰める。
怒鳴る人も苦手だ。嫌な過去を思い出す。
それに、目の前にいるのに怒鳴る意味が全く分からない。威嚇して、弱いものを委縮させて、それを始めると他人の意見を聞こうとしない。
弥月は家で怒鳴られたことがなかった。祖父も父も説教は長くても静かに怒る。
白い目で目の前の男を見る。
「なんだ、その目は。言いたいことがあるならハッキリ言いやがれ!」
「…じゃあ、お言葉に甘えて、長々と述べさせていただきます」
静かに意味もなく頷く。そして、睨みつけられたのと同じくらいに眼光を鋭くして、その紫の視線を真正面から受け止める。
「私は他人を人とも思わない彼が嫌い。人の命を軽く扱う彼が嫌い。弱いものを踏みつけて当たり前だと思ってるなんて理解できない……絶対理解したくない。
ここが実力勝負の世界なことくらい、私だって分かってる。彼が強いってことも……でも、だから、彼に負けるってことは、彼の腐った理論ですら認めざるをえへん。そんなの嫌や、吐き気がする」
口に出して、改めて感じた。
「そんな人から得るもんなんか有らへん。あんなん…それこそ餓鬼が木の棒から刀に得物を持ち替えて、威張り散らしてるだけの餓鬼そのままやないの!
あんなん嫌いや!大っ嫌い!!
そやし絶対に彼とは刀交えへん。そないなの殺し合う時だけで十分やわ!!」
はあ、はあっ、といつの間にか荒げていた息を抑える。
大嫌い。大嫌い。ダイキライ。
「言いたいことはそれだけか」
「…! そう、もうええわ。分かったやろ?」
「あぁ、よーく分かった。てめぇが此処が何処だか分かってねぇってことがな」
鼻で笑われた
「舐めんといて。人切り、新撰組。あんたはん達のことなんて、うちの方がよぉ知っとってよ。その悪名、未来永劫忘れへん」
「…」
スッ
「それくらいで勘弁して貰えないかな、弥月君」
静かに障子が開く音と共に発せられた声。
「「近藤さん!!」」
「すまんな、だいたい聞かせてもらった。…矢代君の言いたいことは分かった」
重く頷く彼を見ても、やはり意見を曲げる気になれなかった。
「…切腹を命じますか?」
「いや………すまない、俺のせいだ」
…?
その意味を問うより早く、近藤さんはそこに立ったまま頭を下げていた。
「近藤さん!」
「いいんだ、トシ。…それに、お前も気付いているんだろう。だから話をすり替えてでも、彼の意見を通そうとしなかったんだよな?」
それに答えあぐねる土方に、近藤は切ない表情で歩み寄った。
「俺は認めたくなかったから、今まで見ないふりをしていたんだ。…だが、彼に指摘されて分かったよ。
やはり、総司を京に連れてきたのは間違いだったんだ」
「――っ! 近藤さん!あいつはもう、あんたの下でしか…!!」
「…分かってるよ」
近藤は力なく首を振る。
「今更、江戸に戻すなんてできないことくらい。
…それに、新撰組に総司の力は必要だ。間違いなく俺は総司を頼りにしてる」
「…なら、士気を落とすようなこと言わないでくれ…」
「すまんな……俺の懺悔だ。
あいつの剣は濁った。それが俺の心にずっと取っ掛かりを作ってたんだ。
…トシも気付いていたんだろう?」
「……あぁ」
近藤は弥月を振り返った。
「総司の剣は俺が教えたものだ。それに彼を十に満たない頃から見守ってきた俺の責任でもある。
君に不快な思いをさせてしまって申し訳なく思う。親代わりとして謝らせてくれないか?」
彼がすまなさそうな、本当に自分を責めている表情をしていて、弥月は居た堪れない気持ちになる。
「……いえ、あの…謝ってほしい訳でもないので…」
正直、何と答えて良いか分からなかった。謝ってほしい訳でもないのは事実だが、言いきってしまった手前、その思いを無下にすることもできなかった。
何より、聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がした。
しかし、近藤は「すまない」と再び頭を下げた。
「あの、本当にそんなつもりじゃなくて…」
「いいんだ。分かっているよ。矢代君、君に総司と刀を交えろとは言わない。
…だが、新撰組のために君の力を貸してくれないだろうか?」
一人の隊士として
「……はい…」
ただ純粋な近藤の期待に、弥月はゆっくりと頷くしかできなかった。
***