姓は「矢代」で固定
第4話 預言者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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文久三年八月二十日
監察方の部屋のど真ん中で、胡坐をかいて座る。
シャッ
「おぉ、まじで刀だ」
右へ左へと返して、その造形を確かめる。
漆黒の柄とは対照的に、黄金色の細工の鍔と柄頭。反り返った鉄色の刀身は、汚れ一つなく鋭く光を跳ね返す。
「きれい…」
今まで見たことがある太刀といえば、資料館にあるガラスケースの向こう模造刀。人を斬る力のある刃を手に取るのは初めてだった。
殺人のための道具とは思えない美しさ。
「…」
刃先の先端に、左手の中指を軽く触れる。鋭い切っ先。
息を詰めて、柄を掴んだ右手を少しだけ引く。
「………いたい」
皮どころか肉まで裂かれた指から、血が滲み、ジワリと痛んでくる。
ほんまに切れるんやなぁ
当たり前のことを考えながら、刀身を鞘へと戻す。
「…結構、痛い」
ジクジクと痛み始めた指。今更ながら馬鹿だと自分で思うが、興味本位でやってしまった後の祭りだ。
「あー…とりあえず洗わなきゃ。破傷風とか怖いし」
井戸水で洗ったら、それもそれで緑膿菌とかも怖いけれど。それも今更過ぎて考えたらキリがない。
水で洗って、鞄に入っていたバンドエイドをきつく巻いておく。こんなものも貴重っちゃ貴重だが、使わなければ意味がない。綿はすぐに赤黒く染まってしまった。
部屋に戻り、床に無造作に置いた太刀を眺める。
黒い漆塗りの拵えは作りたてなのか、手入れが行き届いていたのか、古ぼけておらず。その意匠は素人目にだって高価なものであることが分かる。
「爺ちゃんはなんでこんなものを…」
銃刀法違反でしょ
一枚帽子で、波紋は数珠刃。よくつんだ板目肌のなかでも、際立つ梨地肌。刀鍔は金泊を勿体ない程ふんだんに施した、切込木瓜形…これが花形みたいで可愛い。
ベースは白造太刀で、鞘に納めた時に、鞘と柄の漆黒から、鐔の金が異常な主張をみせる。
確信はないけれど、たぶん未来につながる私の命綱
立ち上がって再び鞘から抜いた。手にその重みを感じながら、両手に持ち直し正眼に構える。
「やっぱ筋力落ちたかな」
努力はしていたが、ここ数日の臥せっていた分は否めない。
それでも、これから毎日、こんなに重たい物を振っていれば、以前よりも力は強くなれるだろう。
新撰組隊士。明日から本当にその肩書きで生きていく
それがどういう事か分からないほど阿呆ではない
小指に力を入れる。ゆっくりと振り上げて一閃。返す手で一閃、空を割る。
けれど、刃先に見るべきは虚空じゃない。斬らなければいけない男の後ろ姿。存在しない、憎い男の姿。
こちらを向け。振り返れ
耳の形、顎の流れ、鼻筋、目、口元
すべてを焼き付けて
「覇ッ!!」
ビュッ
振り下ろされた刃。大きく空気を切り裂く音。
何もない手ごたえ
「…」
奥歯を鳴らす。
まだ、届かない
「…そのような振りでは死にますよ?」
「!!」
バッと振り返る。
障子に映った影が、静かにそれを開けた。
「山南さん…いつから…?」
「今程ですね。物騒な気配につられて覗いてしまいました」
「…」
「本物の刀は始めてと仰っていましたが、振り心地はいかがですか?」
「…よく、分かりません」
握りしめていた右手を離す。思ったよりも掌は強張っていて、それが自分のものであるかを疑わしく感じた。
ゆっくりと刀身を鞘へと納める。慣れない動作に、自身の手を傷つけそうになる。
「その太刀の銘…名前ご存じですか?」
「名前?」
「えぇ。刀には刀工や持ち主の名を刻むことがあります。
それを預かった時に、柄の中を見させて頂きました。茎(なかご)のそれが銘かどうかは、異国語だったので私には分かりませんが、貴方なら分かるのでは?」
山南さんが分解してくれるというので、それを見守る。そして「これです」と言った彼の手元を見て、弥月は驚き息を飲んだ。
「これが…?」
「えぇ。読めますか?」
「いえ……でも…」
一つ一つ確かめるように音を紡ぐ。
「おそらく“Takken van de Wereldboom”だと…」
「意味を聞いても?」
弥月は眉を顰める。
「いえ…分かりません。恐らくヨーロッパ圏…欧州の言語みたいですけど、英語じゃないみたいで…」
deって…ドイツ語?フランス語? 時代的にはスペイン語?
英語なら、Takが動詞で過去分詞になってて、de は助詞っぽいけど、じゃあvanが名詞っぽい…?
っていうか、そもそも単語が一つも分かんないし!!
「そもそも、日本刀に外国語書くのってどうなの? 中二?」
「全くです」
仕方ないので、この刀の名前は、「弦月(仮)」ということにした。たぶんすぐ忘れる。