姓は「矢代」で固定
第4話 預言者
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「俺は酔ってなどいない」
「はい、酔っ払いは皆さんそう仰います」
「…俺は酔ってなどいない。」
「はい、酔っ払いは同じことを何度も仰います」
「…」
「お水もらってきますから、ちょっとここで待っててください」
後ろの二人の分ももらって来よう。私のミテクレに何のツッコミも無いなんて、よっぽど酔っている。
腰を切って立ち上がろうとしたのだが、掴まれたままだった熱い手が、グイと私を下に引く。
「…大人しくしていろ」
…うん、斎藤さんが優しさからそうしてくれるのは分かったんですが…
内心溜息を吐きつつ、右手の指を二本立てて見せる。
「これ何本に見えます?」
「二本だ」
「じゃあ、これは?」
サッと親指だけを折って、小さく両腕でバンザイをする。
「二本だ」
「…」
…腕は二本てすね
「指です、指」
すると、斎藤さんは「ひーふーみー」と数え出す。本当に腕を数えたらしい。
いや…この本数、一目で分かんない時点で可笑しいでしょ
と思っている間に、その数はとうに十を越えていて。
…いつまで数えてるんですか…
「…二十四だ」
にっ…!?
「足の指入れても足りませんけど!?」
「ぶっ!!」
すると、真後ろから大きな笑い声がして。
「あははっ!! はじめ君最高!!」
後ろの男は手を叩いて目尻に涙を浮かべていた。
「沖田さん! いつからそこに!?」
相変わらず障子が開きっぱなしだったから、いても可笑しくはないのだが、条件反射で思わず身構えてしまう。
「はじめ君が腕の数、数えたあたりからだけど。それより良いの、君。他の隊士に見られても」
「…もう駄目とは言われてないので」
チラと見ると、あちらの二人はいつの間にかこちらに興味が失せていたようで、どこからか本を出し、それについて熱く語り合っていた。吊るすやら縛るやら、見に覚えのある恐ろしい単語が聞こえるから、聞かなかったことにしよう。
「総司、何か用か」
「ん?別に。通りかかっただけだけど。はじめ君はなんでこんな所にいるのさ」
「俺も通りかかっただけだ。矢代が酒を煽ろうとしていた故、止めたまで」
「ふーん。相変わらず世話焼きだねぇ」
私の反応でも見て楽しむつもりなのか、沖田さんは目だけで私を見下ろした。
けれど、この人の罵言雑言も、言われると分かっているのだから、無視すれば良いだけのこと。
「あれくらいで死にそうなフリして媚びる子なんか、どうせすぐ死ぬんだから放っとけばいいのに」
媚びてない媚びてない
沖田さんが立っていて良かった。視線さえ上げなければ、顔を見なくて済む。腹が立ってくるとどうしても、その小綺麗な顔のど真ん中の穴に、両側からスパゲッティでも詰め込みたくなる。
「こんないざとなったら逃げようとか思ってる一宿一飯の恩知らず、目障りだから斬っちゃった方が清々するのに、面倒見るとかありえないんだけど。ほんと迷惑」
いえ、貴方に面倒見てもらうつもりないですから。…いざって時は逃げる、ってのは否定しないけど
「だいたいさ、ただでさえ京の人達から嫌われてるのにさ、こんな忌み子が隊士って知れたらまた評判落ちちゃうとか、他人の迷惑気にしないわけ?」
「…」
よくこんな嫌味とか悪口スラスラ並べられるな。もはや才能だわ
「どんな育て方したら、こんな他人の迷惑が分からなくて、自立できない駄目な奴に育つ…だ…ろ」
沖田は、足下から這い上がるような悪寒を感じた。
「総司、それ以上は止めておけ」
不快に顔を歪めた斎藤が止めに入ったが、そうするまでもなく沖田は硬直していた。
これ以上は危険だと、彼の第六勘が警鐘を鳴らしている。
なに…こいつ…
足元で小さく俯く男が放っているもの。
殺気以外の何物でもないはずだ。
だが、それは自分の感じたことのないもので。相手の隙を狙って今にも飛びかからんとする獣の様なそれではなく、ゆっくりと相手が手元に飛び込むのを待っている。
待っているが、眠っている訳ではない。
それはまるで植物が根を広げているような…
「…総司?」
控え目にかけられた声に、沖田はハッと我に返る。
「…いいよ。今日ははじめ君に免じて見逃してあげる」
スイと何事もなかったかのように、沖田は踵を返して自室へと向かっていく。心の内だけは、不気味なものを見たときのように、部屋へと注意を向けながら。
それをまた、斎藤は怪訝な顔で見ていた。
総司が臆していた…?
珍しく一度も言い返すことのなかった、 未だ自分に背を向けたままの矢代を見やる。二人のやり取りを一部始終見ていたはずなのに、総司が何故あのような態度をとったのか全く分からなかった。
矢代は何をしたでもなかった。寧ろ、総司の罵りが重ねられる度に、段々と伏せられていく頭(こうべ)と、丸くなる背は、見るものの同情と哀れみを誘うものだった。
その時、弥月がスッと頭を上げると、斎藤がわずかに肩を跳ねさせたことは、斎藤自身以外は気づかなかった。
「はあぁぁ…」という盛大な溜め息とともに肩を落として、矢代はゆっくりと俺を振り向く。
「なんとか耐えました」
苦笑いしながらペロッと舌を出す仕草は、いつも通り陽気な彼で。心なしホッとする。
「どういう心情の変化だ?」
「売り言葉に買い言葉じゃいつまでたっても話が進まないと思ったんで…いや別に、話がしたいとかじゃないんですけど」
「…まぁ、あんたの返答が総司を増長させている気はあるからな。良い心がけだろう」
一つ頷いてやると、矢代は少し嬉しそうに笑った。
「そういえば…何の話してたんですっけ?」
弥月は沖田がややこしいことをしたので、すっかり忘れてしまっていた。
「だから石田散」
「そうそう!そこの林さんと安藤さん!! 斎藤助勤がお手透きになったから、是非注いであげてください!」
「林達なら既に落ちた」
「!?」
弥月が「言われてみれば静かになった」と思えば、彼らは先程の位置ですっかり寝こけていた。
なんて役に立たないっ…!!
弥月は内心舌打ちしながら、笑顔を張り付ける。
「え…っと、斎藤さんも酔ってるみたいですし、お部屋に戻った方が良いんじゃ…?」
「だから俺は酔ってなどいないと何度も言っているだろう。それに、あんたにこれを飲ませたら帰る」
斎藤は横に置いていた薬と杯を再び差し出す。
弥月は渋い顔をしながら、杯の中でゆらゆらと揺れる水面を眺める。
「み…水じゃだめですか?」
「だめだ、それでは効果が半分だ。効果が無いと分かっているものなど、気休めにもならん」
そりゃそうなんですが…
そもそも、気休めにしかならない気もしますよ?
「えっと…どうしても飲まないって言ったら…?」
きっと斎藤さんなら「言うことを聞かないなら斬る」などと、理不尽なこと言わないだろう。
「…ならば仕方ない」
「そ」
ホッとして、「そうですか」と言おうとしたのだが。
「少々手荒になるが、仕方あるまい。百聞は一見に如かずと言うからな」
白い手が顔へと迫ってきて、反射的に仰け反るとグッと首元を押された。
「!!?」
予期しない事態に狼狽えている間に、難なく身体は仰向けにさせられ、したたかに頭を打つ。
「ちょ!斎藤さん!?」
肩を押し返すと、更に体重をかけて押さえ込まれてしまう。
―――っ、足が…!
運悪く今日は着物の日。正座のまま折り曲がった脚は、彼の脚で上から押さえられて、抵抗を許されなかった。
「御免」
「―っ!?」
やばいと思い、息を飲んだわずかの隙、口の中に降ってきた粉。
――!!
パッと両手で口を押さえる。ざらりとした舌触りと、唇にも粒のついた手触り。
やられた!!
徐々に唾液に溶けて口の中に広がる苦み。今すぐにでも吐き出して仕舞いたいが、次に口を開ければ間違いなく酒を入れられる。
「…矢代、手を退けろ」
ブンブンッ
首を振って応える。
に…にがい!!苦いよお!!
苦いというより、それを超えて不味い。なんか焦げたような変な味がする。
既に舌の上で溶けてしまったものはもう仕方ないから、とりあえずこれを、一刻も早く流し込みたい。
みず!! 水をください!!
「ふっ…苦いから流し込みたいだろう。口を開け」
ふっ、て!…笑ったんですか!?
まさか斎藤さんがどえすだとは知りませんでした!!
ここへ来て初めての拷問に泣きたくなる。
「口を開けろ」
ブンブンッ
「矢代…」
ブンブンッ
そんな低い良い声で囁かれても、嫌なもんは嫌です!!
と、叫びたい。そして水が欲しい。
ここまで来たら両者意地の張り合いで。どちらも譲る気がない。
しばしの沈黙。
「…何をなさってるんですか」
「「!!」」
やはり本物の救世主は彼だった。
すすむさーーーん!
首を反らすと視界に入ったのは、不審なものを見るように私達を見下ろしている彼で。必死に助けを目で訴える。
すると、目は口ほどに物を言うというのは本当のようで、彼はジロリと軽蔑するような目を、斎藤さんに向けた。
「…何してるんですか、斎藤さん。…まさかとは思いますが、そういうご趣味が?」
そうなんです! 斎藤さんは私をいたぶって笑うド変態だったんです!!
コクコクと頷いて見せる。
「俺は石田散薬を飲んだ矢代に、酒を飲ませようとしているだけだ」
「………口移しで?」
「「!?」」
なんだと!?口移しだと!? 私はキスされそうになっていたのか!?
今度は斎藤さんに驚愕と恐怖の入り交じった目を向ける。
「違う! 断じて俺はそのような行為を…っ!」
「…俺は斎藤さんがどんな趣味を持っていたとしてもとやかく言うつもりはありませんが…流石に嫌がる…まして、病人である彼に強要するのは如何なものかと」
「――っ!違うと言っている!!」
あ、退いてくれた
起き上がって、彼と少し距離を置いてから口に当てた手を外す。
「ふぅ…ナイスアシストです、山崎さん。ほんと、口に薬入れるのも無理矢理だったしどうなることかと」
「強要されたんですか?」
「私、お酒飲めないのに、飲め飲めって。果ては多少手荒になるが仕方ないとか言われて」
「…それで接吻を?」
「いえ…幸い、未遂ですね」
神妙な顔で首を振る。
まさか斎藤さんが、人が嫌がるのを見て喜ぶタチだとは思わなかった。
「危うく唇を奪われるところでした。まさかあんなに斎藤さんが積極的だとは…」
「違っ」
「君はやはり少し自覚した方が良いですね。今後、同じように他の隊士からも狙われることがあるやもしれない。
今のように偶然誰かが通りかかって助けてくれることなど、期待しない方が良いでしょう。まずは自衛を」
「それは困りました。やっぱり人斬り集団だけあって、そういう野性的な人多いんですね。今日みたいに病気の時には抵抗しきれませ」
「――っ矢代!違うだろう!!」
「はい、冗談です」
二ッと笑う。
「冗談なんです、山崎さん。
斎藤さんは体調の心配してくれてて。驚いた隙にちょっと口に薬投げ込まれたくらいで……別に貞操の危機とかじゃないんです」
苛めて、嫌がってるのを見て、喜んではいましたけど
すっかり唾液で嚥下されてしまった苦みの、ほんのちょっとした仕返しだ。
山崎さんは些か納得しかねる様子であったが、「…まぁ、君がそう言うなら…」と目を瞑ってくれた。
「あ、そういうわけで、口の中苦いので水が欲しいのですが…」
「勝手場は行ったことありますか?」
「ないです」
さっきは、だれか人がいそうな所に行けば、水くらい何とかなると思っていた。
「……置いていく訳にもいかないので、案内します」
「はーい」
斎藤を置いて、二人はそそくさと退室したのだった。
この時、山崎の心配を弥月は理解できていなかった。
自分が女か男か、相手がそれを知っているかどうかということを、すっかり忘れて発言していて。男同士の接吻が”冗談”や”いやがらせ”以外の意味を持つとは思ってもいなかった。