姓は「矢代」で固定
第4話 預言者
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山崎side
何度か嗚咽がぶり返しながらも、彼は少しずつ落ち着いてきた。鼻をすすりながら「すみません」と言って、島田君が差し出した懐紙を受け取って鼻をかんだ。
そして徐に顔を上げると、先ほどまで泣いていた彼とは別人のように、晴れ晴れとしたニコリと笑って見せた。
「…ふふ、よかったですね、山崎さん、島田さん!今日からお役御免ですよ。さあ寝た寝た!!」
ぷっくりと腫れてしまった目は痛々しかったが、顔はここ数日で一番スッキリとしていた。彼がこれ以上泣かないと、弱音を吐かないと決めたのなら、今はもう無理に暴くべきではないだろう。
「…お陰様で。矢代殿も…」
「弥月君! もしくは矢代君!
私が『山崎さん』って呼ぶのに、年上の山崎さんが『矢代殿』なんて不自然ですよ。島田さんも良ければ弥月って呼んでください」
予想外の発言に俺は少し目を瞬かせたのだが、島田君は嬉しそうに「はい、宜しくお願いします、弥月君」と笑いかけていた。
俺は島田君以外、『君』呼びしている人はいなかったので少し躊躇っていたのだが。矢代殿はそれを察したのか、悪戯っぽく笑って言う事には、
「なんなら左之さん達みたいに『弥月』って呼んで下さい。」
「………矢代君も、外出できるようになって良かったですね。」
「はい! こないだ教えてくれた団子屋さん、一緒に行きましょうね」
弥月は「島田さんも」とニコッと笑って、二人に感謝の気持ちを返した。
それから島田君は副長達の方に戻っていった。どうやら最初から矢代君を置いて帰ってくるよう指示されていたらしいが、彼が落ち着くまではと残ってくれていたのだ。
そして「じゃあ、私も…」と納戸に戻ろうとした彼を、やはり島田君が「ここで待っていてください」と止めた。当然俺に確認したのだが、特に断る理由もなかったので、矢代君は俺の目の前に座ったままだ。
しかし、なぜここに残されたのか分からない彼は、居場所なさげにそわそわしていて落ち着かないようである。
「…すみません、ホントに。まさか島田さんがなぜかここに連れて来るなんて…」
「いや、構わないが……本当に、驚いた」
「……すみません…あの、大人しくしてるので、読書続けてもらって大丈夫なので…」
冷静になって少し先程のことが恥ずかしくなったのか、矢代君は笑いながら頬に手を当てて首を傾ける。その手で髪を梳いて耳にかけてから、俺の傍らに置きっぱなしだった本を指し、手で続きを促す。
「いや…これは蘭書で、少し意味が分からず頭を悩ませてていたところだ。…そうた、君の知恵も貸してくれないか?」
「え゛…そんなのの役に立てるとは思えないんですが…」
「そんなことはない。以前の心の臓と血のめぐり、そして肺の高説については驚いた。まさか筋肉でできていて空気…酸素だったか…が血の中で循環しているとは」
「はは…」
彼はなぜか照れると言うよりは困った様に笑ったのだが、「どんなんですか?」と手元の本を覗き込んできたので、俺はそれを追及することなく本へと目を向けた。
***
弥月side
きちんと受験勉強をしていた自分を褒めてあげたい。持っている知識というものは意外なところで役に立つ。
「この血の中にある、病気に対抗する物質というものなんだが…」
ほんとに生物だけは勉強してて良かった
この時代に無い知識を教えて善いものか迷ったこともあったが、彼らが知ったからと言ってどうしようもない、きっと何も変わらない事の方が多いと思ってからは、彼らの探求心に負けて話すことの方が多かった。
今も目の前の烝さんは、分かり難いであろう私の説明を熱心に聴いていて、時々を質問を返す。もちろん答えられないことも多くて申し訳ないのだが、それでも興味深げに「そういうものなのだな」と頷いてくれた。
読めない字を烝さんが音読や説明をし、分からない内容を私が説明したり補足する。
そうすること、どれくらいか。
「すみません、入ります」
「…! お帰りなさい、島田さん」
「ただ今戻りました」
障子が開けた途端、彼のニコニコした大きな顔が見えたから、「何か良い事でもあったのだろうか?」と思ったのだけれど。そもそも今日は“新選組”の名を拝命されたのだから、機嫌が良くて当然なのだ。
それでも、この満面の笑顔。
とりあえず理由を聴いて欲しそうな顔をしているし、訊かないのは薄情ってものだろう。
「どうかしましたか?」
「弥月君の所属が決まりました」
「…? 平隊士じゃないんですか?」
その質問には山崎さんが答えてくれる。
「平隊士も助勤ごとに組み分けされていて、活動は組ごとにするんだ。…それで?藤堂さんか?原田さん?まさか尾方さんとかじゃ…」
「いないです」
「「?」」
「敢えて言うなら山南副長ですが、あなたの所属に上はいません」
「それはどういう…」
訝しむ山崎の横で、弥月は全く話が見えなかったが、とりあえず雰囲気で首を傾げておく。
島田さんがニコニコしてるから、たぶん悪い様にはなっていないでしょう!
「副長補佐という役職名をくれるそうです。その方が都合がいいからと」
…それは何の都合?
「特別な扱い…つまり助勤たちと日頃から行動を共にしていても可笑しくないようにとの配慮だそうです」
島田さんはそれで丸め込まれたようだが、何の都合かは気になる所だ。だがそれを彼に問い詰めても仕方ない。
「それで…私はどうすれば…」
「とりあえず休暇です。貴方の体調が整うまで、他の隊士達には正式に発表されません。貴方の任務は追って山南副長より直接指示が出るそうです」
弥月は「はぁ」と何とも間の抜けた返事をする。立場が決まったような決まらないような、中途半端で何とも想像しがたい。
「それとですね、部屋の移動が指示されています」
「平隊士のところですか?」
あそこの納戸は納戸のままで良い。人の住むところではない。
最初は諸手を挙げて喜んだが、もう暑苦しい時期も過ぎるし、息苦しいよりは、むさ苦しいを選びたい。
「いえ、ここです」
「「…?」」
「私と山崎さんと川島と林、そして弥月君で、この一室を使うようにとのことです」
ポカーン、である。
もちろん山崎さんも。
「…確かに我々は屯所内を開けていることが多いが…」
現にここにいない二人は今朝の件を洗っているはず、と山崎は呟く。
「「なぜ」」
ハモった。顔を見合わせて、立ったままの島田さんを見上げる。
「それは、平隊士と一緒にできないからですよ」
「それと、君が進言したからですよね」
「山南副長!」
「山南さん」
山南は音もなく島田の背後に現れた。