姓は「矢代」で固定
第4話 預言者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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山崎side
今朝の政変で、壬生浪士組は組織として機敏な動きを見せ、お上から信頼を得る働きをした。昼過ぎから、局長は会津藩からの呼び出しを受け、屯所内の隊士達はどんな俸禄を賜えるのかと浮き足立っていた。
そうして近藤局長が帰って来て、すぐさまお達しを披露されるだろうと思っていたのだが。幹部を集めて会議を始めたところを鑑みると、何かあったのかもしれない。
あの声が気にはなるが…
先程最近はすっかり聞きなれた声が、この部屋まで聞こえた。移動しているようであったから、副長の指示と考えるのが妥当だろう。気にはなるが、今日は呼ばれていない。
そういう訳で、俺は午後付非番となり、彼の監視からもはずされていた。島田君や他の監察方と共有している部屋で、蘭学の書物を読みながら束の間の休息を堪能していた。
「どうしたんだ?」
「――どうっも…しまっせん…」
しかし、気になっていたものは、意外にも向こうからやってきた。
誰かのすすり泣く声が近づいてきたと思ったら、島田君が声を掛けて入ってきて。まさかとは思ったが、驚いたことに彼の腕の中で、矢代殿が小さく丸まって泣いていた……島田君が大き過ぎる気もするが…。
「私ではどうすることも…」と島田君は言って。何故泣いているのかも分からなければ、どうして俺の所に連れて来たのかも分からなかったのだが……連れて来られたからには、慰めるしかないだろう。
膝を立てて俯いて嗚咽をこらえている彼に、覗き込むように声を掛ける。
「どうもしないことはないだろう」
「…」
「君は気丈に振舞える人間じゃないか。それがどうしてそんなに泣いているんだ」
「…」
「言ったら楽になるかもしれないだろう?」
「…」
ただただ膝を抱えて嗚咽を漏らしながら首を振るばかりで、彼は何も言わなかった。
困り切った俺に、島田君が「実はですね…」と耳打ちをする。
「今日から監禁が解かれるんです。矢代君も隊士になります」
目を見張って島田君を振り向くと、「我々は『新選組』という組織になります。彼が未来から来たということが証明されました」と説明してくれた。
…じゃあなぜ彼は泣いている?
正直、打首の宣告でもあったのかと少し思っていたのだが、どうやら違うらしい。再び彼を見るが、どう見たって喜んで泣いている訳ではない。
「矢代殿……貴方はいったい…」
眼を見なければ真意は分からない。これから仲間になる矢代殿が抱え込んでいるものを下ろさせるなら、今しかないだろう。
顔を上げさせようと、膝を固く結ぶ腕に手を伸ばす。きつく結ばれた両腕をゆっくりと解いて、両手をつないだ時、彼から一際大きな息が漏れた。
「―――っふっ――なんでっ…」
なんで帰れないの
なんで生きてるの
なんで死ねなかったの
なんでこの世界は終わらないの
帰りたい
帰りたい
帰りたい
帰りたい
彼は関を切ったように全てを吐き出して、くずおれて泣き続けた。
溢れだした悲痛な叫び
…ああ、そうか
君は独りで暗闇をさ迷い続けているのか
ここにいる限り光が見えないのか
君が床に臥していたのは、この世界を受け入れられなかったのか…
俺が両手を強く握ってやると、彼は同じように握り返した。
そして島田君が背中をさすってやるばかりで、それ以上俺たちは声を掛けられなかった。