姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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土方side
かれこれ半時。
基本的に素直なんだよな…
出来上がった書状から目を離し、そこに転がっている矢代を見る。彼は寝ている訳でもなく、ただボウッとしているのだが、この半時、言われたとおり一切喋ったりはしなかった。
口が達者で小生意気さが前面に押し出ているが、きちんと言われた通りにできるし、ふざける時も加減が分かっている。
加減が分からないのは一人で十分だしな…
最近前にも増して手に負えない弟分の事を思い出して、ため息を吐く。
「…なんですか。人見て溜め息吐かないでもらえますか?」
久しぶりに視線が結んだ。
「いや、てめぇにじゃねえよ」
「…なら良いですけど。
土方さんって気苦労で禿げそうですね。禿げ散らかす前にちょんまげにしちゃうことをお勧めします。きっとイケメンだからどんな髪型でも似合いますよ」
「うるせぇ、黙って寝てろ」
ようやっと、土方は“イケメン”が“男前”という意味だろうという結論に達した。
そのまま矢代は黙るかと思いきや、今度は続けて喋り出す。
「土方さん、寝ないんですか」
「てめぇより先に寝たら、寝首斯(か)かれるかもしれねぇだろうが」
「それ、ちっとも思ってないですよね」
「…まあな」
「どうぞ、帰りますから寝て下さい。俺、超繊細だから人がいると寝れねぇんだとか、埃を立てるなとか、リモコン1㎝動かしたから元に戻せとか普通に言いそうです。言われたら引くので帰ります」
「…ちょっと待て」
聞き捨てならないことを言って立ち上がろうとした彼を押しとどめる。
「…俺は農家の生まれでな、てめぇよりワッパの頃から薬を売って歩いてたんだ。てめぇみたいな育ちのいい坊ちゃんと一緒にするなよ」
「…と言いますと?」
「…そうだな。餓鬼の頃はそれなりに暴れ回っててな、よく近くの村の奴とも喧嘩になった。『茨のような餓鬼』って意味で、バラガキって呼ばれるくらいにな」
「私も喧嘩なら、兄とか道場の子としましたけど?」
「…それじゃあな………その日も行商の帰りに出会った奴らと喧嘩をしたんだが、相手が多くて分が悪くてな。掴みあったまま道から近くの田んぼに縺れ込んだんだ。
…その時何が起こったか分かるか?」
「…さあ…都会っ子なので田んぼなかったんで」
やはりこの餓鬼は育ちが良いらしい。羨ましい限りだ
弥月が「案外、武勇伝語りたいタイプかぁ」と感心していることなど露知らず、土方は話を続ける。
「やべぇと時にはもう遅い。運悪く上が固まった後の肥溜めでな。割れていくのが分かってすぐ退こうと思ったんだが、相手が放さなくて。身動きがとりづらくなる中、なんとか相手を殴り倒して俺だけ這い出たんだが、あと三日は続けて風呂に入ったが臭いが取れなかった」
「…へぇ…」
「…」
「…」
「…」
「………あの、肥溜めに落ちた事エバられても困るんですけど…」
「…」
そりゃそうだ
「あ゛―…てめぇと話してると馬鹿になりそうだ」
「良いじゃないですか、馬鹿。きっと人生楽しいですよ」
「そりゃあ一部の道楽息子だけだ。この世界、馬鹿じゃ這い上がれねぇ」
「…士農工商ですか」
「…そんなもん形だけだ」
俺は文机を部屋の隅に避けて横になる。少し寝るには早いが、朝早く起きれば良い。
それに政変の決行は明日。もし御所の方で何かあれば、島田あたりが飛んで来るだろう。
「…矢代」
「はい」
「近い内、恐らく屯所が騒がしくなるが、部屋で大人しくしとけ」
「ほい」
「人が減っても逃げようなんて思うなよ」
「へい」
「…分かってんのか」
「はい、まあ。……殺気とか、雄叫びとか聞こえても、呼ばれない限り出て行かないことにします」
「一応、屯所内にも人は残す……が、もし謂れのない事で身の危険を感じたら逃げろ」
「んじゃまあ、隊士さんに敵と間違われないよう気をつけます。いざって時は伸しても良いですか?」
「…殺すなよ」
「そんな趣味の悪いことしませんよー」
天井から横に視線をやると、矢代はベーッと舌を出してみせた。
こいつ、人を殺したことは無いのかもしれねぇな…
気配は読めなくても殺気には敏感だったため、土方は「もしかしたら」と思っていたのだが、今の反応はやはり彼が今まで暗い道を歩くことなく、平和に生きてきた人間のように思えた。
…まあ、ヤッた最初は、寝れなかったり、魘(うな)されて他の奴の迷惑になるくらいだ。未経験でも隊士にするには問題はねぇな
今まで壬生浪士組に志願する者はそれなりに経験や覚悟があり、さほど問題は無かった。しかし、実際に人を手にかけて、正気でいる事はかなりの精神力を必要とする。
耐えられなければ抜け出そうとするに違いない。
こいつは耐えるだろうか