姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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土方side
夕餉から戻ると、部屋の明かりが点いていて、中から人の気配がした。
誰だ…
奇妙なことに、障子に中にいる人間の影が映らない。だが、近づくと自分は映ってしまう。仕方なく鯉口を切ってから、スパンと大きく障子を開け放った。
すると、ふてぶてしく大の字に寝転がったままこちらを見たのは、金髪を畳に広げた例の男だった。
土方は仁王立ちになって、床に転がる彼を見下ろす。
「…なんでてめぇはここに居やがる」
「それは一昨日許可が出たからに決まってるじゃないですか」
「確かに夜間の出歩きの許可はしたが、俺の部屋に入るのを許可した覚えはねぇ。仕事の邪魔をするな」
凄みながらそう言ったが、矢代は「はーい」と生返事をして、隅に転がるだけで、全く出ていく素振りがない。
心なし顔色が良い…か
部屋を見渡して、物が動かされていないことを確認する。
「…山崎はどうした」
「ここに」
声がすると同時に、天井板が一枚外れる。
…俺の部屋にも作ってやがったか
山崎は最近は屯所内にいることが多いが、 監察として働き始めたのは二ヵ月程前からだ。矢代弥月が来るまでは、燕のように外の諜報活動ばかりしていた。屋根裏の抜け道を作ったのはここ数日だろう。
その素早い仕事っぷりに感心もするが、今は彼を咎めなければならない。
「何故入るのを止めなかった」
「すみま」
「山崎さんは止めましたよ。無理に言いくるめたのは私なんですから、私より先に彼を咎めるのはお門違いです」
謝罪を述べようとした彼を、矢代は先回りして押し留める。その、庇うためというよりは、事実を告げるためという姿勢は誠実さだろうが。
「…言いくるめられる方が問題に決まってるだろう」
「じゃあ聞きません?私がどうやって彼を言いくるめたか」
ゴロンと腹這いになり、肘をついてニヤニヤと上目遣いする顔は心底愉しげで、嫌な予感しかしないから遠慮しておきたかった。それが顔に出ていたのか、矢代は笑いながら「別に聞かなくても良いですけど」と言う。
だがそれでも出ていく気は無いようで、ジッと俺の観察を続ける姿勢だった。
はぁ…と溜め息をつきながら、いつも通り文机の前に座る。男の視線はしっかりと追ってきていた。
会津への書きかけの書状広げて筆を執るが、昨日は見ることはあっても、一方的に見られることはなかったから、その慣れない視線に何となく落ち着かない。
「…何、見てやがる」
「この細身のイケメンが切った張ったしてるなんて信じられないなぁと思って」
イケメン…? 原田にもそんなこと言ってたな。俺とあいつの共通点…?
いつか小耳に挟んだ外来語の意味を考えつつ、夕餉の前に淹れてすっかり冷めてしまった 茶を一口すする。
「しかも優しいときた」
ブッ…
薄い緑色の飛沫が飛ぶ。
「…汚なーい、です」
「ゴホッ…っめぇが変なこと言うからだろうが!!」
口元を拭いながら大声を上げるが、
「はて、私変なこと言いましたっけ?」
矢代はコテンと首を傾げて見せる。だがその口は全く締まりがない。果ては、上目遣いに「照れてます?」などと抜かしやがる。
躍起になって「照れてねぇ!」と返したものの、その次の言葉に詰まっていると、奴はカラカラと笑った。それは総司の嫌みの様ではなく、悪戯が成功した童の様で。
「あはは…だって『出てけ』の一言も言わないんですもん。
『昨日もわざわざ連れて来たってことは、もしかしてそう言う事かな?』って烝さんに相談したら、烝さんも悩んじゃうし。そしたらマジで追い出されないし。
遠回しにぼかして言うのが好きみたいですけど……わざとでも天然でも、土方さんは間違いなく優しいですよ?」
まさにぐうの音も出なかった。
土方は決まり悪げに視線をさ迷わせていたが、諦めて肩を竦める。
「…たく、てめぇはああ言えばこう言いやがるな…」
誉めたつもりも無かったのだが、矢代は何が嬉しいのか穏やかに笑う。
しかし、やはり身体が辛いのだろう。「ちょっと失礼しますね」と言って、起こしていた身を再び横にする。
「そういや、身体…どうなんだ」
「うーんとですね…可もなく不可もなくです」
今一つ要領を得ない解答に、「症状などは」と山崎が付け加える。
「今日は吐き気は時々あるくらいかな。自分でも落ち着いててビックリ。これ以上続いたら流石にやばいかなーと思ってたから良かったです。
…もしかして土方さん、美しすぎて口からマイナスイオンとか出てます?」
「…マイなんちゃらは恐らく出てねぇと思うぞ」
「うわっ…まともに返された。」
またクスクス笑う所をみる限り、少し余裕があるのだろう。
「…山崎。これ、ここに置いといて構わねぇから、お前も少し休め」
「…!?……っ…しかし、そういう訳には…」
一応は不審人物であるこいつを俺と二人っきりにさせる訳には、という事が言いたいのだろうが…
「今のこれが、俺をどうこうできると思うか?」
山崎もそう思うのだろう。再び「しかし…」とは言ったものの、続く言葉がなかった。
斎藤もそうだが…山崎も大概、頑固だよな…
腹心の忠実さと、それを成しえる性格に笑いをこらえつつ、「明日は忙しいからな、ほら行け」と言って部屋から追い出す。
「これとは何ですか、これとは」
「うるせぇ、静かにしてろ。てめぇのせいで書状を書き直しだ」
今度は「はーい」と言って矢代は黙った。
やっと静かになった室内で、お茶まみれになった書状をしたため直す。