姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
消えたくない
死にたくない
消したくない
そう口にしながら涙した目の前の少年は、泣きながら眠りについた。
土方は静かに彼が落ち着くのを待っていたのだが、機を逃してしまったと溜め息を吐く。
“育ちの好い小生意気な餓鬼”
それが矢代弥月の第一印象。
不逞浪士で有ろうと無かろうと、監視を緩くすればそのうち脱走を企てるだろうから。そうすれば幹部も後腐れなく拷問できるだろうという配慮で、こいつの軟禁を命じた。
だが、こいつは日常的な待遇の要求はするものの、全く逃げる素振りがない。寧ろ、その明朗快活な様で怪しさを払拭し、幹部と打ち解けていこうとしていた。
その結果、今や幹部の誰もが“怪しい”と思う一方で、“拷問して吐かせるべきでない”と思っている。
俺はそれを「飼い慣らされた」と称したが、今のこいつを見て不思議とそんな気持ちにさせられた。
間者なら相手の心に入り込むのも上手だろう。
そう分かっていても、絞り出すような嗚咽が嘘だとは思えなかった。
顔を覆っていた矢代の腕がパタンと床へと落ちた。眠る顔は気の強い性格を隠し、平助より年下だという相応の幼さになっていた。
生意気に名を名乗った日、赤くも青くもなった艶やかな頬は見る影もなく、今は荒れて少しこけている。
一回り歳のちがう少年の、涙で濡れて歪んだ表情に、土方は知らずうちに憐憫の情を抱いた。
傍らに膝を折り、掛け布団を払いのけ、背中と膝下に腕を差し込むと、土方は息を呑んで驚愕する。
軽すぎる
五日ほど吐き戻しているという報告だったから、一二貫は減っているだろう。
「…副長」
「…俺の部屋へ連れて行く。付いて来い」
「…了解しました」
山崎の先導で廊下を歩く。雨に月が隠れて暗い夜。
俺の殺気に気付いて起きたのだろう。そこここから、こちらの気配を窺う様子があったが、俺たちを引き止める声はなかった。
山崎が広げた布団に彼を横たえる。
濡れて頬に張り付いた髪を、指先で払ってやる。それは色が違っても同じ感触だということに、触ってみて初めて気付いた。
今は、この状態にまで追い詰めたこいつを、このまま放り出すのは残忍だという責任感。
それと…
こいつが何を思って、何を抱えて、笑いながらボロボロになっていくのか。興味と焦燥感に似た何か。
独断は隊内の風紀を乱す……が…
「山崎、頼みがある」
それは俺が思考するより先に、口を衝いて出た。
***
俺は日が昇る前に目が覚めて、金策について考えたり、大和屋の事件について頭を悩ませていたのだが。山崎の報告通り、俺がそばで動いても奴は起きる気配を全く見せなかった。
そして朝日に照らされて淡く光る金糸は、まるで彼が神々しいものであるかのように俺を魅せた。
…が、目ぇ覚ましたらやっぱり“糞生意気な餓鬼”だったな。
だが僅かに生気が宿っている気がしたのも気のせいではないだろう。生きる希望というやつか。
新八らと約束をした五日後、おそらく“捕虜”から“平隊士”としての扱いになるだろう。そう予測する程、自分も彼について興味が出てきていた。
平和に生きてきた、育ちの良さが滲み出ている彼が、命を懸けて何を隠し、何を守ろうとしているのか。
土方は僅かに口の端を上げる。
腕が立ち、頭が切れる。何より、立場をわきまえている。敵にするなら厄介だが、味方ならば悪くない。
見目も良いし、癖はあるが人当たりも悪くない。それに京の人間だ。監察には向いているかもしれない。頭の色は染めさせれば良いだろう。
「飼い慣らすのも悪くねぇな」
そんな呟きを一人放った。
“罪のないものを殺す”
その事実は藤堂や永倉だけでなく、土方にとっても、未だ厚くて高い壁だった。