姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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う゛…っ
「ゴホゴホッ………あ゛ー…しんど」
確かこちらに来て二十日は過ぎた。
ご飯を食べては戻すを繰り返して四日。衛生管理されていない水が原因かもしれないが、水を取らないことには死んでしまうので、部屋に塩と水を常備してもらうことにした。桶と手拭いも。
熱も頭痛も鼻水も喉痛も関節痛もない。
ただただ吐き気がする。食欲はないが、食べなければ死んでしまうので、少しでも胃に残ることを期待して食べる。
「まさかの病死かな…」
縁起でもないが、本当にそうなってしまう可能性がでてきた。
水が原因なら根本を除けることができない。ウイルス性のものなら、点滴もなく栄養が低下している状態で、自分の免疫が頑張ることを祈るしかない。
江戸時代には、令和っ子には耐えれない菌があったのかもなぁ…
最初に嘔吐して「原因不明なので近づかないで下さい」と伝えてから、廊下の見張り以外、誰も部屋を訪れなくなった。
「…退屈も極まると、どうでもよくなるのかな」
思考するのも面倒だと思う理由を、体調のせいにしたくなかった。
頭痛とまではいかないが、頭重感がする。吐くのにも体力が要るようで、吐いた後は一層頭も身体もだるい。
「…大丈夫か?」
「うん、まだ死んでない」
「……そうか」
戸の向こうからする新八の落ちこんだような声に、思わず笑ってしまった。
「嘘、ごめん冗談です。全然元気です。まだまだ死ぬ気はないから大丈夫」
昨日から当番は新八さんに代わっている。
最初は「夏だし、なんか当たったか? 良くなるまで寝てろよ!」といつものように豪快に声をかけてくれた彼だったが。弥月の生気のない笑顔と頻繁に起こる嘔吐。それに相反して、部屋から返ってくる明るい声に、かける言葉を失くした。
「…桶、代えるか? 水は?」
「ううん、いいです。何も出なかったし。水も大丈夫、後ででいい。ありがとうございます」
「そっか。寝れるなら寝とけ」
「うん、ちょっと寝ようかな……ごめんなさい、見張りさせてるのに。そんな所いても、つまんないですよね?」
「気にすんなって。病人は寝て早く治せ」
「はは…明日には話し相手くらいにはなれるよう頑張って治す。また剣の話聞かせて」
弥月の覇気のない声。
新八は彼がとても明日に治るなんて思えなかった。
***
広間の襖を開いて山崎が現れる。
「どうなんだ? 山崎」
「矢代殿は診察を頑なに拒むので…ですが、症状から診るに、心因性のものではないかと…」
「なんで診察を拒んでるの? なんか懐に隠し持ってるんじゃないの?」
「全身に火傷のひきつれがあるそうで見られたくないとか」
「ふーん…僕には言い訳にしか聞こえないけどな」
「仮にそうだとしても、体調は変わりません。寝ている時ですら脈が多かったり、呼吸が頻回だったりと、彼は常に緊張状態にある様子です。心理的な圧迫が今の状態を引き起こしているものと思われます」
「食べても殆ど戻してしまうようだ。辛うじて水は摂れているようだが…」
斎藤は「あれでは身体が持たん」と眉を潜める。
「もう一月近く閉じ込めてるもんな…あんな暗くて狭い所に…」
「…近藤さんよぉ、出してやれねぇのか? せめて部屋を変えるとか」
藤堂と永倉の訴えに、心底困った様子でうーん…と唸る近藤の言葉を、横から奪ったのはやはり土方で、
「てめぇら捕虜に飼い慣らされたか?」
怒気を含んだ声に、二人は「そうじゃねぇけど」とモゴモゴと言う。原田はそんな彼らを見て肩を竦めた。
「そういう訳じゃねぇけどよ…あのまま死んじまったらどうすんだよって話がしたいんだって。
土方さん的にはどうなんだよ。弥月の話、信じてるのか信じてねーのか」
「…半々だな」
「山南さんは?」
「私は彼は殺すには惜しい人物だと思っています」
「確かになぁ…」
近藤は渋い顔で頷く。
「しかし、あの吐いたりしてるのも、演技という可能性も捨てきれません」
「はじめ君はどっちの意見なんだよ」
「俺は客観的事実を述べたまでだ。あとは命令に従うのみ」
諸説紛紛とした意見の時、雀の千声がある時、この試衛館組の鶴の一声はやはり土方で。彼に向かって、永倉は神妙な面持ちで口を開く。
「…土方さん。あんたは見てねぇから知らないんだろうけどな…あれはもう放っといて良い状態じゃねぇよ。
死にそうな顔してんのに、心配すんな、大丈夫って笑う奴放っとけるほど、俺は薄情な人間じゃねぇんだ」
「…」
「土方さん!」
「…今は御所の方もきな臭ぇんだ。そっちに割いてる時間はねぇ。
あと五日は様子を見る。それまで死にぁしないだろ、山崎」
「はい、絶食している訳ではなく、水も進んで摂っているので…」
「なら良い。変わったことがあれば報告しろ」
土方は立ち上がって、それきり新八らの不服の声を聴くことはなかった。