姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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軟禁生活も早十日を過ぎた。
監視が一人とはもはや名目上で、一日のうちでも、居合わせた人に頼んで代わる代わるだった。誰もいないと思ったら、斉藤さんが外に座っているなんてままあることで、隣人がいる時はみんな監視の仕方が雑だった。
そんな風に、みんなが暇になったら相手してくれているのと、昼間は頼み込んでやっとのことで木の枝を貸してもらって。素振りや筋トレに明け暮れて、なんとか暇を耐え忍んでいるが、なにより辛いのが今この時。
「はあ…」
今は夕餉の時間。弥月は一人で黙々と部屋に運ばれた食事を口にしていた。
米と一汁一菜(肉無し)という質素な食事に落胆云々ではなく。一日三回、一人で食事をすることに苦痛を感じていた。
基本的には一人で時間をつぶす事にどうとも思わない性格だ。けれど、大家族の中で暮らしてきた弥月にとって、続く一人での食事はどうしても慣れることができなかった。
「…ずっとそこで見てるくらいなら一緒に食べて下さいよ…」
彼にそう言ったのも何度目か。
傍目には弥月が独り言を言っているようにしか見えなかったが、
「自分は監視を頼まれている身ですので」
天井から淡々とした声が返ってくる。
「天井さんはちゃんとご飯食べてるんですか。…って言うか寝てます?」
「……貴方が心配するところではありませんので、お気になさらず」
…寝てないんだな。
彼は監察という役職で、夜間の私の見張りを担当しているらしい。夕餉以降昼前まで、殆どずっと自分の真上いる。
だが日中厠へ行った折、数回屯所内を歩く彼を何見かけたことから、昼間に寝ているというわけでもなさそうだった。それに遠目にも分かるほど、目の下の隈が悲惨なことになっていた。
「寝られないのは私のせいでもありますから、申し訳ないとは思いますけど、ご飯は食べてくださいね。自分の真上で餓死されたら夢見が悪いので」
「…」
弥月の心配してくれているのか何なのか分からない発言に、天井の男は言葉を失う。
「一緒に食べなくてもいいですから、ちょっと降りてきて話し相手してくださいよ。それくらい良いでしょう?」
返答がないのは考えてくれているのか、彼は降りてこない。
「姿を見せる事を良しと思っていないなら、それは時既に遅しです。昼間歩いている天井さんを何度か見かけましたから。緑…青の上衣で、前髪は短くて、長い襟足を下の方で一つに縛った、切れ長の目の、背はそこそこあって細身の方ですよね。
んーと、歳は三十ってとこじゃないですか。華奢だからか、童顔だからか若く見えるってよく言われません?」
つらつらと”天井さん”の特徴をあげると、彼は諦めたようで、天井板を外して身軽に降りてきた。
「…三十です。…誰かに聞いたんですか?」
「………本物だ。」
「はい?」
てっきり昼間と同じ格好をしていると思っていたので驚いたのだが、”天井さん”は所謂、忍の格好をしていた。
「…あ。えっと、本物の忍者って初めて見ました」
「…そうですか。質問に答えて頂けるとありがたいのですが。誰かに私の事を聞いたのですか」
「当てたのは私です。最初に昼間歩いてるのを見かけた時に、新八さんに確認しました」
「…なら仕方ありませんね。改めて、諸子調役兼監察をしています、山崎烝です」
「矢代弥月です。お勤めご苦労様です。
ご飯を放ったまま逃げも隠れもしませんので、気楽にしてください」
それに頷いて、彼は箸を進めるよう促す。弥月は話し相手ができたとニコニコしながら、焼き魚をつつく。
「ところで、諸子調兼監察ってなんですか?」
「…分かってなかったんですね。諸子調兼監察は隊外の情報収集をする者です」
「ああ!だから忍者なんですね!」
「まあ、そういうことです」
他愛もない話をしつつ、弥月は久しぶりに上機嫌で夕食を終えた。
大阪出身であることや、医術の心得があることを教えて貰ったのだが、この時代の医療はどうやら漢方が主流らしい。最近蘭学を始めたらしく、自分の少ない知識でも、人体に関して語り合うのはなかなかに楽しかった。
しばらくして。
今は山崎さんは去り、戸板の向こうに、斎藤さんが気配を消して座っている。
やっぱり、冗談じゃないのか…
山崎さんと終始ニコニコと話しをし、実際それ自体はとても楽しかったのだが。彼から得た情報は弥月にとっては、絶望をももたらした。
ここは京都で、ここは江戸時代
それは怪我をしたら、そのまま死んで可笑しくない世界だということ。
***
そして深夜。いつものように天井裏に現れた気配に思わず、笑いをかみ殺す。
「山崎さん、降りてきて横で仮眠でもしてください」
「…気を遣わないでください。大丈夫です」
いつも天井から聞こえていた感情の無い声とは、微妙に違う声音に少し嬉しくなる。
「ふふ…いいですから。横にいれば、私が変な動きをしたときにも、すぐに気付けるんじゃないですか?
知ってると思いますけど、私、寝相は超良くてほぼ動かないんで、うたたねしながらでも見張りはしやすいですよ」
「…」
「なんなら山崎さんがうっかりぐっすり眠ったりしないように、一晩中私と話でもします? まだこの時代の事とか、京について訊きたいことはたくさんあるから、あと三日は山崎さんを寝かさずに済みそう」
「…」
「どちらにしますか?」
「…」
「すすむさーん?」
「…はあ…勘弁してください…」
山崎は先程と同じ場所から降りてくる。
「俺はあなたの見張りが仕事なんです。あなたの話相手をするためにいるのではありません」
「…ということは、横で仮眠ですね?」
山崎はとてつもなく嫌そうな顔をするが、弥月は気にした風もなくいそいそと布団に入り直す。そして「おやすみなさーい」と言って、あっさりと寝てしまった。
実際、弥月は寝つきは良いし、ここ数日見る限り寝相も気持ち悪いくらいに動きがない。監視対象としては有難いことこの上なく楽で、面白みがなく眠い。
一昨日本当に寝ているのかと疑って、わざと上から物を落として音を立てたことがあるが、全く微動だにせず眠っていた。当然、山崎がそれを拾いに降りても気が付かなかった。
…夜中にしゃべり続けたら、一晩も経たないうちに、貴方の隣人に私が殺されます。
隣の気配に気づいているのかいないのか、穏やかに眠る弥月の寝顔を見る。
二日目の晩から監視をしているが、その晩に天井の俺の存在に気付かれた。
”気配を読めない”と副長から聞いていたので、驚き、さらに警戒を強めたのだが、もっと驚かされる日々だった。
彼は「天井の忍者さん」と最初は疑わし気に、そのうち「天井さん」になり、何度も親しげに話しかけてきた。「今上にいますよね?」なんて、監視されてる身なら当然なわけで、普通は気づいても敢えて言ったりしないものだ。
果ては「話し相手に降りて来い」と毎食言われる始末。
降りる俺も俺だがな…
山崎は床に座り、壁に背を預けて目を瞑る。
決して意識を飛ばしきることはないが、目を開けていられなく、半場夢心地だ。
そして何事もなく夜は更けていった。