姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
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監禁八日目。
「ひーまだあ!」
「暇だよなぁ」
「ですよねー。三日はみんなも相手してくれて我慢できたけど、やっぱり暇。刀とも木刀とも言わんから、せめて竹刀貸してほしーい!!
………すみません、原田様。後生ですから、どうか竹刀を私めに貸して頂けませんでしょうか?」
「せっかく殊勝な態度で悪いんだが、土方さんが武器となり得るものは一切渡さないようにって言ってな。悪いが諦めてくれ」
「うう…鬼副長め…」
「暇なら書物でも読むか?」
「うう…新撰組血風録とか燃えよ剣とか貸して頂けると嬉しいです」
「軍記物か何かか? 山南さんに聞いといてやるよ」
「うう…その気持ちが嬉しいです」
新撰組のみんなは基本的に優しい。間者じゃないかと疑われている割には、代わる代わる、時には数人で訪れて、「未来ってどんなところなんだ?」と話を聴いてくれた。
私も彼らの動きが直接関わっている部分……どうして文明が発展するのかという攘夷の話題はなんとか避けつつ、未来の景色や道具、体制について話をした。
とりわけ詳しく仕組みなどについて訊いてきたのは山南さん。学校の使えない知識でなんとか彼が分かるように、知識が足りない所はごまかしつつ説明するのに骨が折れた。
気球の話になった時は、いっそのこと水から水素でも作れないかと考えたが、電池を作るところから始めるのは無理だと諦めざるを得なかったし、マグネシウムや亜鉛はどうしようもない。塩酸は胃からだしたら何とかなるかもしれないが。
彼らもこの時代について社会の動きや、尊皇攘夷の思想について話してくれた。結果を知っているから心苦しいところはあったが、彼らの信条は納得できるものであったし、その熱意が並々ならぬものであると知った。
世の爺ちゃん婆ちゃんの使うカレンダーの写真が“皇室”である根底見たりと感じた。
「さすが新撰組って感じ」
歴史的有名人(?)だけある。
「だけど、あの異世界転生系の主人公とかって、絶対、頭おかしいよ。ドラコン倒すとか、敵を降して世界を救うとか、王様になるとか、生身でまともに始めるんだから」
そんなスリリングな世界、平和ボケした現代人には命がいくつあっても足りないだろう。
「いや…私の場合は本の中に吸い込まれちゃったパターンか? じゃあ七人の仲間を集める旅に…」
とりあえず、なにかしら帰る方法は探さねばならない。
「あの太刀…実は抜いたら帰れるとか」
挿したら江戸時代、抜いたら令和とかだったら良いな。喜んでカチャカチャするわ。
上の兄だったら緑の服着てカチャカチャするわ。
「そもそも、こういう異世界ものって、可愛い巫女さんとかが『この世界を救って』とか言うもんじゃないの? だから勇者たちも頑張っちゃえるんもんじゃん」
そもそも現実の過去だから、そんなもん関係ないのだろうか。
「私は何故ここに来たんだ?」
これって現実逃避ですか?
***
原田side
夕餉の席。近藤さんと土方さんは昼から八坂に出かけている。
『晩飯に間に合わねぇとか、絶対祇園で遊んでるに違いねぇ!!』と悔しそうにした新八を宥めながら、弥月の言っていたことを思い出した。
「そうだ、山南さん。弥月が“新撰組血風録”と“燃えよ剣”って書物欲しがってたんだけど知ってるか?」
「“新撰組血風録”と“燃えよ剣”?…聞いたことありませんね」
一番本を読む山南さんが知らない所をみると、政談や軍記物ではないのかもしれない。読本だろか。
…そもそも有るのかも分かんねぇけどな
俺は弥月が『未来から来た』というのを頭から信じてる訳じゃなかった。
馬の10倍速く走る箱や、何百人乗せて空を飛ぶ鉄の塊、何日でも光り続ける明かり、遠く海の向こうの人とでも話せるカラクリなんてものが実在しているとは思えない。
ただ、横濱にある“ホトガラ”ってのは、神奈川宿あたりで噂に聞いた。けれど、弥月が持っていた物はそれより遥かにすごい物で。光ったり色んな音が鳴ったりする、その小さな板のようなカラクリは、「未来からきたもの」にしか見えなかった。
それに、「嘘だ」と決めつけて、弥月が話をしなくなってしまうのが酷くつまらない事のように思えた。彼がする話は面白いし、嘘をついているようには見えなかった。
言うなれば、すごい物を持っている“自分が未来から来たと信じている奴”という認識だ。恐らく新八や平助も同じだろう。
「じゃあ仕方ねえな。山南さん、適当に本見繕っといてくれねぇか?」
「そうですね……彼はなかなか学のある御仁のようですから、何が良いでしょうか」
ふむ、と山南は顎に手をあてる。
「え、あいつ賢いのか? 全くそんな風には見えねぇけど」
「うん、すっごく馬鹿っぽいよね。絶対馬鹿だよ」
「そんなことありませんよ、藤堂君、沖田君。人の上部だけを見て判断すると足元を掬われてしまいます。
彼は一見、落ち着きのない方のように見えますが、多くの知恵を持ち、客観的なものの考え方ができる人間です。それに頭の回転も早い」
「なんでそんなこと分かんだ?」
馬鹿とまでは言わなねぇが……山南さんに『学がある』って言われる程には見えねぇ…
確かに、彼の話が狂言だとしても、あそこまで想像力豊かな人間を“馬鹿”の一言で片づけることはできない。けれど、知的と言うには程遠い性格をしている。
「これはあくまでも、彼の話を信じない限り成り立ちませんが……彼の話し方、違和感がないと思いませんか?」
それが?と首を傾げる一同に、山南は箸を止めて話す。
「彼、上方言葉もできるんですよ?…というより、寧ろ江戸言葉に違和感があるくらいです。それが一月そこらでできるなら、長州浪士などそこらに紛れ込まれて、見つけるのは不可能です。
それにもし間者だとすると、彼の言動全てが矛盾するように思えてきませんか? 狂言にしては回りくど過ぎて、身の危険を無駄に高めているとしか思えない。
それならば彼の話の全てを信じた方が筋が通るんですよ」
「でもそれは元々“京の人間”が“長州の間者”になったら成り立つんじゃねーの? 京の奴らって、それでなくても長州びいきじゃねーか」
新八の問いに「それも含めてです」と山南は続ける。
「彼の剣の実力なら普通に隊士として志願し、紛れ込んだ方が内情も知れるし不自然でない。
そもそも私達はそこらにいた“偶然見てしまった浪士“を連れてきたのですから、”長州の浪士“である可能性は無くはありませんが、高くはないのです」
「…そっか!あいつって元々“見た”ことが問題だったんだもんな。
『未来から来た』とか訳わかんない事言い出すから、言い逃れする“不逞浪士”かもって思ったけど、良く考えたらあいつって、特に怪しい事は何もしてねぇもんな」
「“見た”ことを認めない時点で既に怪しいけどね」
「確実に“見た”はずなんだが…」
うーん…と、弥月の立場を考え始めた一同だったが、ふと斎藤が気付いて山南に問う。
「しかしそれは矢代が賢人であるというのとどういう関係が…」
確かに今の話は“弥月が長州の間者ではない”という論なだけで、全く話の流れと噛み合っていない。
「彼の話は至極理論的です。彼のいた世界の話は“山より高く立つ家”だとか、“星にたどり着く船”だとか、思いも寄らないものばかりで、空想的で華々しい方に気をとられがちです。
しかし、聞いたことがありますか? “人を乗せて空を飛ぶ鉄の箱”の仕組みを。竹とんぼの仕組みと同じように、その回転が素早くなって浮く物以外に、物は加速すると浮くのだそうです。馬はせいぜい一刻で、七、八里しか走れませんが、鉄の塊は二十倍近い速度が出ることで浮くそうです。他にも浮いたまま走る籠もあるそうで、それは磁石同士がくっつく側とそうでない側があるのを利用して浮くそうで、箱の通る道々にそれを置き、それを切り替えることで進行方向を変えるそうです。そもそも磁石同士がなぜくっつく側とそうでない側があるかというと、砂鉄をかけると不思議な模様を描き、それが磁力線というものだそうですが、これが二つの磁石の方向を変えると違う風になるのです。これが味噌だそうで、その磁力線というものが磁場を表していて…」
「…山南さん、オレ難しいこと分かんねぇ…」
平助がげんなりとした顔で手をあげる。
よくやった!平助!!
ホッとした一同に山南さんは眉を潜めたのだが、誰も見なかったことにした。
「……そうですね…みなさんは異国の鉄の塊の船が、海に浮く仕組みを知っていますか?」
「そういや、あんなのがなんで浮くんだ?」
「あれは船の下にその重みを支えるだけの空間があるそうです。桶を上にしたら水に沈みますが、逆さまにしたら水に浮くのと同じ原理だそうです。ほら、それを知っているだけでも博学だと思えませんか?」
「そうなのか、知らなか…」
「そうそう他にも面白いことを聞きました。この大地は丸いというのは既に一般的になっていますが、地動説…つまりこの大地がまわっているのであって、空は動いていないのが本当だそうです。太陽が昇るのではなく、この大地が太陽の周りを回りながら、自分も回転していて、さらにそれが傾いているために四季があり、地域によって寒暖の差があるのだそうです。方位針の子の方とは、その自軸となるものの方位を指していると考えて良いらしく、この大地は球体全体で棒の磁石のように裏表があり、磁石同様、子から午にむかう力、磁力ために方位針が動くそうで…」
「………どうりで山南さんが弥月のとこ行ったら、一刻は出てこねぇ訳だ」
ボソッと新八が隣で言った。すると耳聡い総司が、視線も寄越さずに呟いて、
「あんな話延々してるからね。見張りも眠いったらありゃしないよ」
それを知っていて「馬鹿」と断定する総司もどうかと思ったが、知っているからこそ“意味が分からない”と言う意味で「馬鹿」と称したくなる気持ちも分かった。
あれが“馬鹿と天才紙一重”ってことなのか…?
その後も延々と山南さんは嬉々として語っていたのだが、みんなの耳には右から左だったのは言うまでもなく、
山南さんが紙に図示しながら熱弁を振るっている間に、一人二人と居なくなってしまい、最後には誰も残っていなかった。