姓は「矢代」で固定
第3話 日陰者
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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汚部屋に文句タラタラの弥月だったが、屯所の部屋事情を小耳に挟み。他の隊士と同じ様に扱われるよりは、現状維持を切望した。
まず驚いたことは、やけに広い敷地のここは『前川さん』の個人宅である『前川邸』で。隊士に個室はなく、幹部は二人一組で部屋を共用、平隊士は雑魚寝をしているそうだ。
「前川さんは?」と聞くと一様に言葉を濁したことから、半ば追い出したと予想する。
弥月に物置という名の個室が当てがわれたのは、捕虜であるが囚人ではない為、拷問用の牢に入れる訳にもいかず。だが隊士として扱う気のない者を、隊士の海に放り込む訳にいかないという判断らしい。
「こういうの、不幸中の幸いっていうのかな。」
雑魚寝が特段嫌な訳ではないが、何が飛んでくるか分からないムサ苦しい状況よりは、息苦しい個室の方がましだろう。
そういう訳で、待遇改善を直訴するより、部屋の美化に専念することに決めたのだった。
…っていうか、でも、その扱いって…私、完全に男だと…
「おい!」
「わっ!」
突然かかった声に飛び上がる。
「…なんだ、土方さんですか。驚かせないで下さい」
気を抜いていた弥月は、どうやら少し前から背後に立っていたらしい土方に気づかなかった。「気配が読めねぇのか」と彼は意外そうに呟いたが、すぐに本題に入る。
「そんなことより、何してやがる」
「見りゃ分かるでしょ。掃除ですよ」
弥月の手には畑木、口には手拭いが付けられていた。スカートの制服を除いて、このジャージが一張羅。これしかないから「汚したくない」と割烹着を所望したが、聞き届けられなかった。
「嘘をつくな。掃除に金槌を使う奴がいる訳ねーだろうが」
顎をしゃくった彼の視線の先には、部屋の角に置かれた金槌。
「チッ…いえいえ、私のいた未来では劇的ビフォ〇アフタ〇って言って、ドリルやチェーンソーなる金槌より強力な工具を使いまして、『なんということでしょう』と言ってしまうほどに訳の分からないレベルで、部屋を綺麗にリフォームするのが普通なんですよ」
弥月はにこやかに返すが、彼は僅かに目を細くしたのみで、
「…何言ってるかは分かんねぇがな、最初の舌打ちに、てめぇの腹の底が駄々漏れなんだよ。居候が建物を壊すな」
と宣(のたま)った。
弥月は今度こそ内心で舌打ちをしてから、更に笑みを深くして、ねだるように述べる。
「ちょーっと角に穴開けるくらい駄目ですか? この部屋いまいち換気が巧いこといかないんですよ。こんなとこに四六時中いたら、良くて肺の病気か、悪くて鼻毛が伸びまくってしまいますって」
「…てめぇが嫌なのは病気より鼻毛か?」
「おっと、本音が」
「ちっ…金槌渡したのは、平助だな。あいつは何処行った。てめぇの見張りだったろう」
「知るわけないですよ。
…そういや、ちょっと大人しくしてろって言われたような気もしますけど」
凄んでみせても、ちっとも悪びれない弥月に、土方は頬をひきつらせる。
こいつ…総司と同じ部類じゃねーか…
内心「最悪な拾い物をした」と途方もなく後悔したのだが、拾ってしまったものは仕方ない。単に捨て置けば良いものでは無くなってしまっている。
「兎も角、それは没収だ。後ろから殴り掛かられちゃ、堪ったもんじゃねぇ」
「えぇ!?しませんよ! そんな非効率的なこと!!」
鉄の塊を拾い上げて背を向ける彼に、非難の言葉を浴びせるが、我関せずと言った風に歩いて行ってしまう。
その姿に「今日はしゃーないか」と諦めた弥月だったが、
「ふむ。
……あっ、土方さん。何か用があったんじゃないですか?」
気づいてポンと手を打つと、足早に遠ざかった割にはどうやら声は届いていたようで。ピタリと足を止めた彼は数秒の後に振り返った。
「てめぇはこの一画から出るな」
「えぇ!?トイレは!厠は!?」
わざわざ言い直して訴えるが、土方はその叫びに振り返ることはなかった。
『用があったんじゃないか』と呼び止められて足を止めた土方が、眉間に皺を寄せて失態を悔いること数秒。
しまった…あいつの調子に乗せられた…
苦虫を噛んでいたことは誰も知らない。