相棒

 まさかと思うが、この声は、先輩ーっと大きな声で近づいてきた後輩の姿に伊丹は絶句した。
 おい、なんで、おまえが、こんな店に来るんだ、いつも、いや、給料日間近でなくても金欠なんですと言いながらチェーン店の丼やバーガーを食べているのに、いや、それだけではない、たまに先輩として奢ってやるというと遠慮なく、自分以上に食べるというか、お代わりをする、遠慮のない人間だ。

 「珍しいですね、あれっ」
 向かいの席にする女性の姿に後輩は気づいたようだ、変なことを言うなと心の中で思った、だが、デートなわけないですよね、まるで断定するような言い方に内心、むかっときたが、それを顔に出すことはしなかった。
 「ええーっと、こんな美人さん見たことないな、何課の人です、僕は一課の」
 自己紹介をする後輩に女性は戸惑ったようだ。
 明るい性格といえば、それまでだが、単純にお調子者といってもいい。
 
 「伊丹さんとお付き合いさせて頂いています」
 女性の言葉に後輩、芹沢は一瞬、間の抜けた表情になった、まるで今の言葉は聞き違いではないだろうかというように女性を見た後、伊丹に視線を移した。
 邪魔だと無言の視線と後で覚えてろよというのも付け足して伊丹は後輩を見たのはいうまでもない。

 「元気な人ですね、でも、お付き合いしててるって今日が初めてなのに、すみません、あんなこと言って」
 店を出て歩き出す、遠慮がちな言葉に伊丹は、とんでもないと慌てたように首を振った。
 「忙しくて、今日は、その、今度はちゃんとした店を」
 刑事という仕事は映画やドラマの中でしか知らないので、今日、会えて話ができて嬉しいという言葉に伊丹は、すぐには返事ができなかった。
 
 家まで送ります、伊丹の言葉に大丈夫ですよと遠慮がちに女性は笑うが最近は色々な事件が増えている。
 子供に限らず、成人男性、女性でも行きずりの強盗や殺傷事件などが昼間でも起こるのだ。
 
 室内の鍵を壊さずに外から窓を開ける方法ですか、ありますよ、そう言われて三浦は、どんなと尋ねた。
 鍵に傷がついていると米沢の言葉に、聞いたときは、そうなのかと思ったが、時間がたって思い返すと疑問を感じたのだ。
 あのとき米沢は家の中に入って確認してはいなかった、なのに何故、そんなことを言ったのかと不思議に思ったのだ。
 「窓は完全な密封ではありません、鍵の部分は少しの隙間があります、そこから細いテグスやワイヤーを差し込んで引っかけるんですよ少し前の旧式な鍵でしたら簡単に開けることができます」
 「なるほど、窓を壊す必要がないということですか」
 杉下の言葉に米沢は、その通りですと頷いた。
 「窓の外側にひっかき傷のようなものがいくつかありました、ただ、開けられなかったんでしょうな」
 「手間がかかりますね」
 亀山の言葉に、ですがリスクは低いですよと米沢は説明した、盗み目的ではない、こっそりと侵入することが目的の場合は最適だという、暴行、女性に悪戯目的で侵入するならと、三浦だけではない、全員が無言になり、表情が曇った。
 「確か、過去にありましたね、そんな事件が」
 右京の言葉に米沢はですからと言葉を続けた、室内用の防犯グッズが売れているんですと。
 
 「今度は私に、ご馳走させてください」
 食事の後、家までの帰り道、タクシーも徒歩もあっという間だった、初めての食事、デートだ、このくらいでいいのかもしれないと思ったが、少し物足りなさも感じる。
 本当はも少し話がしたいんだが、食事のとき、いきなり現れた後輩、芹沢の出現は予想外だった。
 「また、電話します」
 「いえ、迷惑でなければ、こちらからも
 こういうとき、次の予定を決めておけばいいのだろう、だが、それをして、もし途中で駄目になった場合を考えると簡単に口約束はできないと思ってしまう。
 刑事さんって、やはり忙しいんですねと言われてしまえば、それまでだ、付き合いも終わってしまう可能性がある。 
 玄関先で別れの言葉を交わして、今日はこれで良いだろうと思ったときだ。

 「お姉ちゃん」
 声のする方を見ると制服姿の学生、だが一人ではない、男性と一緒だ、伊丹は驚いた。
 「み、三浦さんっ」
 何故と思わずにはいられない。

 電車内で男に絡まれている女子学生を助けたのは偶然だ、刑事さんと呼ばれて驚いた、数日前、署に来た当人だったのだ。
 日は暮れているし、家まで送ったほうがいいかと考えると姉の家に寄りたいという、その途中で色々と話して家の前で偶然、出会ったのだが、まさか、伊丹憲一がいるとは驚きだ、しかも見合い相手だという。

 
 送ってきたことを説明すると、家の中に通されて、お茶を出され、土産までもらってしまった、家を出ると一時間近くたっていたが、そんなに話し込んでいたかと三浦は驚いた。。
 
 (珍しいな、そんな顔、久しぶりだぞ)
 帰り道、隣を歩く伊丹の顔を見て三浦は苦笑した、仕事の最中には見られない男の表情に驚くというよりは、おもしろいと思ったのかもしれない。
 「それにしても」
 伊丹の視線が自分の下げている紙袋に向けられているのを感じて三浦は甘いもの好きかと尋ねた。
 「特に好きというわけでは」
 「ああ、彼女の手作りだからか」
 「なっっ」
 妹を助けてくれたお礼にと手作りの菓子とオリーブの瓶詰めを貰ったのだ。
 「いっとくが、これは俺にじゃない、米沢の」
 「鑑識ですか」
 色々、あるんだと言いながら三浦は美人だなと呟いた、すると伊丹は不思議そうな顔をした。
 「彼女の仕事、知っているか」
 「確か事務職だったと」
 今は働いていない、三浦の言葉に何故、そんなことを知っているのかと尋ねると妹が話してくれたのだという。
 「今は動画の配信をしているらしい、仲間と動画、いや、映画を作っていると言ってたな」
 「そうなんですか」
 知らなかったのかと三浦の方が驚いたが、まだデート一回目だと聞くと、ああそうかと頷いた。
 「事務職を辞めた理由だが」
 声が小さくなる、だが、聞いていた伊丹の声が大きくなり、おいと宥めるように三浦は声をかけた。
 「あの子が話してくれた、本人は詳しくは話さなかったらしい、仕事量が増えて忙しくて大変だ、休みたいと言ったらしい、だが、妹、あの子は、それが理由とは思ってないようだ、何か知ってるかもしれんが、そこまで話す時間がなくてな」
 そういって三浦は胸ポケットからスマホを取り出そうとしたが、その手が不意に止まった。
 「どうしました」
 三浦の視線が後ろへと向けられる、暗がりなので、よくは見えない。
 (気のせいか)
 歩き出そうとした、だが、再び足が止まる、振り返った三浦は暗がりに向かって大きな声で叫んだ。
 
 
2/2ページ
スキ