相棒

  理由はと問いかけてくる視線が痛い、いや、刺すような鋭さで自分に突き刺さるような感覚を覚えたが、ここで屈してはいけない、はっきりと断るべきだ。
 申し訳ありませんと伊丹は深く頭を下げた。
 自分は派閥などに入るつもりはない、それに目の前にいる相手は上の役職だが、殆ど面識がなかったといってもいい。
 数日前、気をつけろと三浦から言われていたが、まさか自分のような人間を抱き込もうとするとは驚きだ。

 部屋から出た瞬間、ほっとしたのか、気が緩んだのか、溜息が漏れた、その瞬間、スマホが鳴った。
 心当たりのない番号だが、何かあってはと思いながら、出ることにした。

 顔など殆ど覚えていない、親戚からだ、一体何事か、もしかして、親戚の誰かが亡くなったのかと思った。
 数日前に葬儀の連絡があったが出席はしなかった、いや直前までは出るつもりだったのだ、ところが直前になって事件が起きた。
 自分は決して若いとはいえない、それは自分の親、親戚もだ。
 だから、最低限の礼儀、失礼にならないように対応しているが、この電話には正直、うんざりした。
 
 「あなた、まだ独り身でしょ、お付き合いしている人もいないって聞いたから」

 見合いの話だ、うんざりという、続けてかと思ってしまった。
 つい先ほど、自分を抱き込もうとした上司からの話を思い出し、うんざりした、たが。
 「あなたの御両親も、心配しているんじゃないかしら」
 自分の両親は二人とも亡くなっている。
 生前は仲良くしていたのよと言われると本当かと思ってしまうが、無碍に断ることはできない。
 「すみません、後で、こちらから連絡します」
 断わる口実が、すぐには浮かばず、後で連絡しますと言ってスマホをしまうが、その日の夕方、また電話がかかってきた。

 指定されたのは職場からも近いホテルのロビーだ。
 こういのを完璧なセッティングというのか、相手まで来ていたのだ。 
 そして親戚の叔母という女性の顔を見て思い出した、子供の頃の正月の集まりで誰よりも口うるさく喋り続けていた女性だと。
 ずけずけと臆することなく、人が気にしていることでも平気で口にするのだ。
 裏表がないといえば、それまでかもしれないが、学生のときに自分の顔のことを平気で女にはもてないなど、一生独身だと言ったのだ。
 それも親戚一同の前でだ。
 皆、飲んで食べて、酔っていた者もいだか、だが、その言葉、声は大きくて全員に聞こえたのだろう。
 場はしんとなった。

 自分に深々と頭を下げる女性はシャツにズボンという格好だ、見合いに来たとは思えない。
 「善は急げっていうでしょ、だからね」
 連絡は昼前、その数時間後に見合いの場へ、いくら何でも急すぎるだろう、ジェットコースター並の早さだ。
 多分、いや、目の前の女性も自分と同じで強引に話を進められたのではないだろうかと思ったが。
 
 自分は今、仕事が忙しくて大変なのでと断るつもりだった。
 だが、ロビーでお茶を飲みながら話していると、今回の見合い、相手も自分と同じだった。
 いい人がいるのよ、会うだけでもいいからと強引に連れてこられたようだ。
 しかし、何故、こんなに急ぐのかと思ったが、今まで見合いの話をまとめてきて、今回、四十四組目らしい。 
 縁起がいいのか悪いのか、早くまとめて次の目標、カップル達成を目指しているのだという。
 それを知った後、伊丹はがっくりと脱力した。
 
 「眼鏡、新しくされましたか」
 声をかけられた三浦は頷きながら手元の書類を机に置き、飲みかけの珈琲に手を伸ばそうとしたが、女性の視線に気づいた。
 「それ、もしかして」
 女性の言葉に三浦は一瞬、ぽかんとした表情になった。
 ずっと愛用していた眼鏡を先日、壊してしまったのだ、いや、正確にはトラブルで壊れてしまったのだ・。
 自分の不注意といえばそれまでだが、相手の女性は自分のせいだと店に連れて行かれ、翌日には新しい眼鏡が手に入った。
 以前の眼鏡と似たフレームだが、軽い、それにレンズも薄いのだ。
 かけている時間が長いと外したとき疲れを感じるが、気のせいだろうか。
 最近は眼鏡もチェーン店だと安い。
 「知らないブランドでね」
 三浦の言葉に女性職員は無理ないですよと言葉を続けた。
 「最近ですよ、日本に支店ができたの、人気があるんです、限定品はすぐに完売ですし」
 三浦は無言になった、眼鏡の値段はを聞くべきだったろうかと。

 そのとき、一人の刑事が飛び込んできた、事件らしい、近所のコンビニで立てこもりだという。
 
 


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