le fantôme de l'Opéra

 その日、ジリイを五番の桟敷席に呼び出した、話があるといって。
 
 「メグにレッスンを受けさせてみないか」
 私の言葉にジリイは不思議な表情になった、無理もない、娘のメグは今まで群舞の一員として舞台に立っていたのだ、それをいきなりレッスンとは意味がわからなかったのだろう。
 「背が伸びている、人間の成長というのは未知数だ、最近は声もよく出ているようだな」
 「本気ですか」
 「私が直接といいたいが、将来的なことを考えると無理だ」
 一枚の紙きれを手渡し、私は話を続けた。
 「質問だ、オペラ座が海外のプリマ、役者を客演として招いてもうまくいかない、殆どが断られる、その理由がわかるか」
 「フランス人はプライドが高く、誇りを持っている、それとオペラ座は伝統と格式が」
 その言葉を最後まで聞くつもりはなく、私は軽く手を振った。
 「今までは、それでも問題がなかった、うまくやってこれた、だが」
 ジリイは無言になった。
 「プリマを大事にする、大事なことだ、だが、アクシデント、トラブルはいつ起こるかわからない、もし、事故や怪我で立てない場合、その舞台は失敗だ、チケットの払い戻しだけではない劇場に対する信頼を考えたら損失は計り知れない」
 過去の舞台、カルロッタの体調不良、チケットの払い戻しを思い出しのか、ジリイは暗い表情になった。
 「プリマドンナ、群舞、どんな役でもこなせるような人間が必要だ、アドラーが群舞で舞台に立っていることを知っているか」
 すぐに返事はなかった、そのときは偽名だと私は付け加えた。
 「それで考えた、メグにレッスンを受ける気があるかどうか」
 「あなたの代わりにレッスンを、どんな人物なんです」
 ジリイの表情は考えあぐねているというよりは迷っている様子だ、私はアドラーの名前の名前を出した彼女にレッスンをつけていたと。
 「勿論、本人にやる気がなければ、この話はなかったことにする、一度、会ってみるか」
 頷いた私にジリイは自分からも話したいことがあると切り出した、多分、あのことだ、決着はついたのだろうと思っていた、まだ話が長引いているのか。
 「それが先日、かなりの金額を支配人の二人に提示してきたんです」
 その言葉に呆れてしまった、大金を出せばなんとかなる子爵家としての対面は保てると思ったのだろうか。
 「君の意見はジリイ」
 「私の、ですか」
 少し驚いた顔だ、無理もない。
 「これは仮定の話として聞いてくれ、メグがレッスンを受け、見込みがあると判断したら私は、ここを出る、そして君には給金を払わなければいけないと思っている」
 「いえ、それは今でも十分に」
 「安泰した人生、老後を迎えてほしい、だが金というのは厄介だ、手元にあると、それだけで厄介ごとを呼び寄せることもある、だから君に確実なものを残す」
 最後の一言の意味が理解できなかったのだろう。
 「君がオペラ座の主人だ、勿論一人では大変だ、だから」
 「待ってください、意味が」
 「支配人は気にすることはない、君は、ここで金を十分に稼いだら、どこか外国でも良いだろう、そのときにはメグも立派なプリマになっている、音楽は永遠だ、だが、劇場はそうではない」
 「マエストロ、あなたは」
 私の言葉にジリイは少し呆れたような表情だ、自分にオペラ座の経営ができると!?、その質問に私は笑った、今まで私のそばにいて何を見てきたんだ。
 「ところでシャニュィ家のことだが、警察が動いているのか」
 「そのことですが」

 ドイツの歌姫、一晩だけの公演チケットは完売、だが、オペラを観るという目的の他に今夜は大事な用があった。
 数日前、彼女がオペラ座を散策していて、ある人物と出会った。
 自分一人で、しっかりと歩けるようになりたいと言い出した彼女の意見を尊重したいが、オペラ座の中とはいえ何かあってはと思い私はジリイに頼んだ。
 勿論、気づかれないようにだ、ところが、アクシデントが起きた。
 彼女はある人物に声をかけられ、驚いて地下へ戻って来たのだ。
 以前、自分を助け、住まわせてくれた人物と会ったというのだ。
 声をかけた男は最初は気づかなかったようだ、だが、驚いた様子に自分を知っている、と察したらしい。
 ジリイの機転で、その場から逃げることができた。
 
 シャニュイ子爵ですという言葉に、一瞬、あの若造かと思ったが、違った。
 兄のフィリップだ、以前からプリマやコーラスガールだけでなく、高級娼婦を連れてオペラ座だけではない、酒場や賭博場に出入りしていると聞いていたからだ。
 自分の中で眠っていた殺意が顔を出して殺してしまおうかと考えたが、それは一瞬だ。 
 思い知らせてやる、貴族社会からだけでなく、世間からも見捨てられる存在に成り下がったということを。
 
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