le fantôme de l'Opéra

 ここ最近の私は浮かれていたのだろう、だからこそ、気づかなかったのだ。
 その日、話があると彼女から言われたとき、神妙な顔つきで自分はオペラを観に行くのはやめたほうがいいのてはないかと言われたときは驚いた。
 何故、理由を聞きたいと思ったのは当然だ、少し前まで嬉しそうにしていたのだ、彼女は。
 
 「大勢の人が来るんですよね、オペラ座に」
 「ああ、今度の舞台は海外の歌姫も来る、一般人もだが、大金を払ってでも観に来る人間はいるだろう、一般人、金持ちや貴族などがね」
 彼女の表情がわずかに曇った。
 「何か気になることでも、チケットの金のことを気にしているなら」
 彼女は小さく、だが、ゆっくりと首を振った。
 衣装が、化粧品、アクセサリーが欲しいというなら
用意する、だが、彼女の表情を見ると不安そう、いや、怯えたような表情だ。
 「人が、大勢、来て、もし」
 言葉が続かない、わずかに俯く彼女をソファーに座らせ、隣に座り表情を、何を言いたいのか読みとろうとした。
 このとき、私は思いだした。
 地下で男達に襲われそうになっていたとき、いや、それ以前のことだ、彼女はどこにいた、今まで聞こうとはしなかった。
 それに体調が良くなってきても彼女は外に出たいと言い出したことはなかった。
 
 数日前のナーディルの言葉を思い出す。
 外国人の女性の心身売買だ、それも東洋人の女だと高値で売れるらしい。
 飾りたてて愛人、ペットのように自宅で飼う。
 だが、こんなことが公になれば騒ぎになるどころではない、だから秘密だ、しかも逃げ出さないようにを飲ませたり、逃げ出せないように足を。
 しかし、中には狂信者のような考えを持つ者もいるらしい、輸血だけではなく、その血を飲むと病気にかかることもなく、死ぬこと、つまり不死になれると思っているらしい。
 馬鹿馬鹿しい、その話を聞いたとき、思わず私は彼の前で笑いそうになるのをこらえた。
 「私だって、そう思ったさ、だが、中にはいるんだよ」
ナーディルの日顔は真剣そのものだ。
 「先日、私はある事件のことで呼ばれた、被害者はジプシーの女だ」
 「ジプシーだと」
 「黒髪だ、服も少し変わっていたから東洋人と間違われたのかもしれない」
 ナーディルは言葉を続ける。
 「血だけではない、心臓、内蔵もだ、自分の悪い部分を」
 今まで私は人を殺した、殺人という罪を犯した、だが、これは。
 「それは殺人か、ナーディル、牛や豚のように人間が、それをすれば」
 吐き気がした、そして。
 「C'est un cannibale」
 
 「子爵、どうしたんです、いないとは説明してもらえますか」 
 男の声は静かだった、だがはっきりと感じられるのは怒りだ。
 「金は払ったんですよ、そして、あなたは約束なさった、それを保護にするとは、いや、いなくなったというのは、もしかして」
 かすかに開いた唇から声は出てこない、だが何を言おうとしているのか分かった。
 「本当なんだ、逃げたんだ、今、探しているところだ、近いうちに必ず、だから」
 弱々しい言葉を繰り返す相手に男は口元をわずかに歪めた。
 「あなたは少しも分かっていない、彼女の価値を全快したんです、死ぬかもしれないと言われていたのです、そんな人間がですよ、侯爵は彼女を保護しなければと、それなのに」
 子爵は震えた、相手の顔を見る怖かったのかもしれない。。
 「彼女をどうするつもりだったんです、今、パリ警察も動き出しています、たとえ、相手が貴族だからといって」
 「わ、私は」
 言葉が出てこない、いや、続かない。
 「そういえば貴方は芸術、オペラ座の支援もしておられましたね」
 男の言葉に返事はなかった。

 「桟敷席は特別な場所だ、もし何かあればすぐに対処する、だから」
 折角のオペラ観劇、ずっと地下にいるのは彼女だってよくないと思っているはずだ。
 言葉をかけ、説得する、時間はそれほどかからなかった、やはり彼女も外に出たいと思っているのだ。
 「何かあれば、すぐに知らせてほしい、席に着くまで、オペラ座内ではベールを被って顔は見せないようにして、私以外には」
 頷く彼女を見ながら、私は考えた。
 もし観客の中に彼女を害する者がいたら、どうするか。
 「Je dois préparer une corde」(縄の用意をしなければ)

 ねえっ、知ってる、最近の噂。
 オペラ座に女の幽霊が出るって。
 ええっ、ファントムじゃないの。
 とても奇麗な異国の衣装を着た。

 それは最近になってオペラ座で広まっている不思議な噂だ。
 それが、コーラス・ガールたちの噂は歌姫となった彼女、クリスティーナの耳に入らない筈がない。
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