le fantôme de l'Opéra
近づいてくる相手が誰なのかわかり、一瞬、息が止まった、それほど驚いたのだ、青年は。
「珍しいな、こんなところで」
男の声に返事をすべきか迷ったが、相手は自分のことなどお構いなくといった様子でゆっくりと近づいてくる、そして、女性に向かって右手を伸ばした。
すると、女性は素直にその手をとった、自然にだ。
(C'est dangereux)危険だ。
止めるべきだと思ったが声が出なかった
階段を降りていく足音を聞きながら、しばらくの間、そこから動くことができなかった、ほんの一瞬の光景は現実のものだったのか、自分は夢を見ていたのだろうかと思ってしまった。
いや、違う、助けなければ、今からでも間に合う、あの女性は騙されているのだ。
急いで追いかけなければと思ったとき、名前を呼ばれた。
階段の上から自分を見下ろしていた女性の姿を見て驚いた、自分の恋人だ。
「どうしたの、こんなところで、今日、オペラ座に来るなんて」
すぐには返事ができなかった、呼吸を整え、兄の代理でと呟くのが精一杯だ。
つい先ほど見た光景が何を意味するのか、頭の中が混乱していたといってもいいだろう。
「クリス、いや、なんでもないよ」
歩き出そうとするが、振り返ってしまうのは仕方のないことかもしれなかった。
東洋のドレス、衣装を着た女性の姿を見たとき、すぐには言葉が出てこなかった。
腰まわり、胴体を締め付けるコルセット、バッセルなどフランスなら女性がドレスを着るのは簡単なことではない、一人では無理だ。
だが、異国の衣装はどうだろう、手伝うべきかと思った男だったが、一人でなんとかできるという言葉に、男は部屋で声がかかるのを待っていた。
緊張しながら部屋に入り、衣装を着た女性の姿を見て、しばらくの間、無言になってしまった。
胸の中で溢れそうになるのは女性を褒める言葉、いや、初めて見る姿に呑まれてしまったせいかもしれない。
「少し歩く練習をしたほうがいい、桟敷席まで距離があるからね、外に出ようか」
もしかしたら、自分の声は緊張、いや、らしくないのではと思ってしまった。
その日、彼女を地下からオペラ座へと初めて連れ出したのだ。
万が一、何かあってはいけないと思って補助の為に杖を用意したのは正解だった。
地下から地上に出る間の道のりは平らで歩きやすいとはいえない、からだ、段差や石ころがある、それに部屋の中で歩く時も彼女は時折躓いたり、足下がおぼつかないときがある。
暗い地下では太陽の光は届かない、灯りの生活に慣れている自分とは違うのだ。
桟敷席まで彼女を案内した後、しばらくしてトイレに一人で行きたいと言い出したとき、大丈夫かと思ったが、まさか、シャニュィ家のラウルに会うとは思わなかった。
何故、今日に限ってと思った、だが、後で兄の代理で来たと聞いて驚いた。
ジリィの話を聞きながら内心、苦笑した。
貴族が芸術のパトロンとして劇団、劇場などに出資するのは自分の力を世間に知らしめる為だ。
勿論、見返りもある、だが、それは簡単なことではない。
仲が良いと思われる貴族同士の間でも蹴落としや裏切りがあるのは決して珍しくはない、だが、あの若造は大丈夫かと思ってしまった。
「マエストロ、今なんて」
それは久しぶりのレッスンだった、発声の練習が一通り終わった後、次回の公演、舞台について何か言われるかと思った彼女だが、しばらく休むようにと言われて驚いた。
ドイツの歌姫が来ると言われ、クリスティーナは驚いた。
「それは正式な決定ですか」
支配人達は打診をしていたが、正直、わからない、だから次の舞台の演目では自分が出るのだと思っていた。
「決定した、一日限りの公演だがチケットは完売するだろう」
わかりきっているといわんばかりの口調にクリスティーナは、なんともいえない気分になった。
次の公演、自分の舞台はと聞こうとしたとき。
「ところで、おまえの恋人だが」
突然、話が変わり驚いた、大丈夫なのかと聞かれて何がと思ってしまった、話が、何を言おうとしているのかわからなかったのだ。
「兄の代理というが、オペラ座の後援者になるということは簡単なことではない」
「だ、大丈夫です、彼なら」
「昨日、後援者の貴族が一人、抜けた、不祥事でだ」
不祥事という言葉に驚いた、一体何をしたというのか、視線に気づいたのか仮面の男は彼女をじっと見つめた。
「大丈夫か、おまえの恋人は」
オペラ座の支援、後援者になるのは多額の寄付金を出せば誰でもなれるというものではない。
もしかして心配して、まさか、そんなこと。
ラウルという存在は彼にとって邪魔な存在だ、嫉妬さえ隠そうとはしなかった。
「La leçon d'aujourd'hui est terminée」(今日のレッスンは終わりだ)
楽譜をしまう男の後ろ姿にマエストロと呼びかけた、だが、返事はない、聞こえていなかった、いや、そんなことあるわない。
聞こえないふりをしたなんてこと、このとき、彼女は初めて不安を感じ、無言のまま男の背中を見つめた。
「珍しいな、こんなところで」
男の声に返事をすべきか迷ったが、相手は自分のことなどお構いなくといった様子でゆっくりと近づいてくる、そして、女性に向かって右手を伸ばした。
すると、女性は素直にその手をとった、自然にだ。
(C'est dangereux)危険だ。
止めるべきだと思ったが声が出なかった
階段を降りていく足音を聞きながら、しばらくの間、そこから動くことができなかった、ほんの一瞬の光景は現実のものだったのか、自分は夢を見ていたのだろうかと思ってしまった。
いや、違う、助けなければ、今からでも間に合う、あの女性は騙されているのだ。
急いで追いかけなければと思ったとき、名前を呼ばれた。
階段の上から自分を見下ろしていた女性の姿を見て驚いた、自分の恋人だ。
「どうしたの、こんなところで、今日、オペラ座に来るなんて」
すぐには返事ができなかった、呼吸を整え、兄の代理でと呟くのが精一杯だ。
つい先ほど見た光景が何を意味するのか、頭の中が混乱していたといってもいいだろう。
「クリス、いや、なんでもないよ」
歩き出そうとするが、振り返ってしまうのは仕方のないことかもしれなかった。
東洋のドレス、衣装を着た女性の姿を見たとき、すぐには言葉が出てこなかった。
腰まわり、胴体を締め付けるコルセット、バッセルなどフランスなら女性がドレスを着るのは簡単なことではない、一人では無理だ。
だが、異国の衣装はどうだろう、手伝うべきかと思った男だったが、一人でなんとかできるという言葉に、男は部屋で声がかかるのを待っていた。
緊張しながら部屋に入り、衣装を着た女性の姿を見て、しばらくの間、無言になってしまった。
胸の中で溢れそうになるのは女性を褒める言葉、いや、初めて見る姿に呑まれてしまったせいかもしれない。
「少し歩く練習をしたほうがいい、桟敷席まで距離があるからね、外に出ようか」
もしかしたら、自分の声は緊張、いや、らしくないのではと思ってしまった。
その日、彼女を地下からオペラ座へと初めて連れ出したのだ。
万が一、何かあってはいけないと思って補助の為に杖を用意したのは正解だった。
地下から地上に出る間の道のりは平らで歩きやすいとはいえない、からだ、段差や石ころがある、それに部屋の中で歩く時も彼女は時折躓いたり、足下がおぼつかないときがある。
暗い地下では太陽の光は届かない、灯りの生活に慣れている自分とは違うのだ。
桟敷席まで彼女を案内した後、しばらくしてトイレに一人で行きたいと言い出したとき、大丈夫かと思ったが、まさか、シャニュィ家のラウルに会うとは思わなかった。
何故、今日に限ってと思った、だが、後で兄の代理で来たと聞いて驚いた。
ジリィの話を聞きながら内心、苦笑した。
貴族が芸術のパトロンとして劇団、劇場などに出資するのは自分の力を世間に知らしめる為だ。
勿論、見返りもある、だが、それは簡単なことではない。
仲が良いと思われる貴族同士の間でも蹴落としや裏切りがあるのは決して珍しくはない、だが、あの若造は大丈夫かと思ってしまった。
「マエストロ、今なんて」
それは久しぶりのレッスンだった、発声の練習が一通り終わった後、次回の公演、舞台について何か言われるかと思った彼女だが、しばらく休むようにと言われて驚いた。
ドイツの歌姫が来ると言われ、クリスティーナは驚いた。
「それは正式な決定ですか」
支配人達は打診をしていたが、正直、わからない、だから次の舞台の演目では自分が出るのだと思っていた。
「決定した、一日限りの公演だがチケットは完売するだろう」
わかりきっているといわんばかりの口調にクリスティーナは、なんともいえない気分になった。
次の公演、自分の舞台はと聞こうとしたとき。
「ところで、おまえの恋人だが」
突然、話が変わり驚いた、大丈夫なのかと聞かれて何がと思ってしまった、話が、何を言おうとしているのかわからなかったのだ。
「兄の代理というが、オペラ座の後援者になるということは簡単なことではない」
「だ、大丈夫です、彼なら」
「昨日、後援者の貴族が一人、抜けた、不祥事でだ」
不祥事という言葉に驚いた、一体何をしたというのか、視線に気づいたのか仮面の男は彼女をじっと見つめた。
「大丈夫か、おまえの恋人は」
オペラ座の支援、後援者になるのは多額の寄付金を出せば誰でもなれるというものではない。
もしかして心配して、まさか、そんなこと。
ラウルという存在は彼にとって邪魔な存在だ、嫉妬さえ隠そうとはしなかった。
「La leçon d'aujourd'hui est terminée」(今日のレッスンは終わりだ)
楽譜をしまう男の後ろ姿にマエストロと呼びかけた、だが、返事はない、聞こえていなかった、いや、そんなことあるわない。
聞こえないふりをしたなんてこと、このとき、彼女は初めて不安を感じ、無言のまま男の背中を見つめた。