le fantôme de l'Opéra

  「パリ女は、こういうのはお気に召さないんじゃないですか」
 店主の言葉を思い出し、確かにとそうかもしれないと思ってしまった。 
そして、あのとき、店としては、このドレスを売りたくないのだろうかと思ってしまった。
 最初は黒いドレスなど、そう思ったが、よく見ると濃い青色に見える。 
東洋の染料らしいが店主も店員も詳しいことは知らないようだ。
 それに遠くからでは気づかなかったが、よく見ると刺繍が施されている、光の加減のせいで浮き彫りになるのだ。
 パリでは珍しい、それに袖やドレス部分は大きく膨らんでいるわけではない、過度な飾りもない。
 腰の部分を帯で留めるようだが、コルセットのように、かなりきつく腰を締め付けるものではない。
 これならと思って購入したのだ。
 
 プリマドンナが是非とも意見を聞きたい、パサージュで見つけた、それを自分の意見だけではと連絡を受けたときは驚いた。
 そして自分passageはに向かったのだ。
 店内の奥深くにトルソーが着ていた、異国の衣装をみた瞬間、男は目を離すことができなくなり想像した。 
 これを着た彼女の姿を。

 
 「ラウル、すまないが、代わりにオペラ座へ行ってくれないか」
 兄のフィリップに代理として仕事を頼まれたのは初めてだった。
 後援者として月に一度、いや、呼び出しがあれば必ず訪れる。
 顔を出さなければ他の貴族達から何かあったのではないかと妙な勘ぐりをされ、よからぬ噂を立てられることもある。
 足の引っ張り合い、蹴落としだが、それを表だってはやらないところが貴族だ。
 「今、手がけている仕事が忙しいんだ、明日には商談相手が我が家に来る、その準備だ、ラウル、おまえも同席してくれ」
 商談相手が家に来るなど初めてではないか、兄は緊張した顔で自分を見ながら、相手は外国人だと言葉を続けた。
 「ラウル、おまえにも手伝ってもらうことになるかもしれない」
 次男なので今まで表立って働くということはしなかった。
 それは兄の仕事だったからだ。
 だが、両親が亡くなったのだ。
 今までのように友人達とカードゲーム、酒場で飲んで騒いでなどいられないぞと言われ、ラウルは、はっとした。

 いつもなら、オペラ座に来るのは恋人のクリスティーナに会う為だ。
 だが、今日は違う。
 兄からオペラ座の支配人だけではない、周りの貴族との関係に気をつけろと言われていたので緊張した。
 部屋に集まった貴族達は皆、自分よりは年上に見える。
 いや、若い貴族もいる。
 だが、意見を求められると、口から出てきた言葉にラウルははっとなった。
 自分と、それほど変わらない年齢に見えるのに内心、気後れしてしまった。
 それほど長い時間ではなかった。
 なのに支配人からの援助、貴族達の公演に関しての準備や年度にかかる予算の割り当て、話が終わった後、ラウルはぐったりとしてしまった。
 「シャニュイ家の当主は、今日は顔を見せられてはいないようだが」
 話し合いが終わった後、一人の貴族が声をかけてきた。
 面識のない貴族だが、周りの人間がすれ違うたびに深々と頭を下げていく。
 相応の地位のある人間だろう、兄は用があってと説明すると男は、忙しくて何よりだと笑いかけてきた。 
不意に視線を感じて周りを見てしまう、周りの貴族が自分たちを見ているのだ。

 仕事が忙しいのはわかる、だが、この会合にはやはり兄が来るべきだったのではと今更のように思ってしまった。
 今日の会合のことを兄に説明しなければならない、だが、どう話せばいいのかとラウルは困惑した。
 支配人もだが、集まった貴族は自分のことを好意的には見ていないことを実感したのだ。
 すぐには帰りたくないと思いながら、足はいつも自分が兄と使う桟敷席へと向かっていた。
 中へ入り舞台を見下ろすと練習中なのか、舞台上にはコーラスガール役者達の姿が見える。
  ここに来る前は会合が終わったら、彼女、クリスティーナに会って話をして食事で元思っていた。
 だが、こんな気分では会う気分にはなれない。
 今日は休みなのだろうか、どちらにしても、いや、顔を見られてくないと思ってしまった。
 帰ろう、そう思い廊下に出る。
 階段を降りて、ふと、人の声、音が聞こえた気がした。
 階下の方からだ、階段を降りて行くと女性が手すりに捉まっている姿を見た。
 見たことのないドレスに身を包み、ベールをつけている、身動きせず、そのままだ。
 どうしましたと思わず声をかけ、近づいた。
 そして、気づいたのは階段の下に落ちている杖だ。
 外国の女性、高齢だと思ったが、杖を受け取る為、伸びてきた手袋をはめた手を見て、若いのだと気づいた。
 それに。
 「   」
 ベールをつけているので素顔はよく見えない、なのに、その声にどきりとした。
 外国の女性だ、だが。
 「Le français est」
 聞かずにはいられなかった、フランス語期はわかりますかと、すると小さく頷く姿にラウルはほっとした。 
 そのときだ。
 「dame」
 下から近づいてくる足音と声にラウルは驚いた。
 「monstre, non, fantôme」
 思わず叫ぶように、いや、驚きの声が出てしまうのも無理はなかった。
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