カルデア時空

昼時の食堂は、相変わらず多くのサーヴァントで賑わっていた。
どこを見ても席は埋まり、空きを探すのも一苦労だ。
皿の触れ合う乾いた音、湯気と共に立ちのぼる美味しそうな料理の匂い、交わされる声は絶えず、活気に満ちている。
早くしないと、せっかくの焼き魚が冷めてしまう。
気の良い兄ちゃんにおすすめしてもらったから、熱いうちに食べたいのだが。どうにか空いている席を探して視線を巡らせていると、見慣れた姿が目に入る。
そこには、自身のマスターである少女──神楽木桜花が座っていた。
向こうもこちらに気づいたのか、軽く手を挙げる。その仕草の先に、ぽつりと空いた席があった。近づいていくと、テーブルの上に並べられた食事が目に入る。
こんがりと焼き目のついたサンドイッチが、食べやすいように四つに切り分けられており、厚めのパンにぎゅっと挟まれたたっぷりの卵とレタスは端から少しだけはみ出していた。
彼女は自分の手より大きいサンドイッチを手に取り、当たり前のように口に運ぶ。パンの焼けた軽い音が、思わずこちらの食欲も刺激した。ふと隣を見ると見覚えのある、透き通ったグラスが置かれていた。
淡い水色が静かに揺れ、炭酸の泡が小さくぽつぽつと浮かんで消えていき、上に乗ったバニラアイスはゆっくりと溶け、縁から白が滲むように広がっていく。
いつからだったか、彼女がこれを好んで飲むようになったのは。毎日という訳ではないが、これを飲んでいるのを見かける回数は多かった。
向かいの席に腰を下ろし、焼き魚定食をテーブルに置く。
「ありがとな」
そう言うと、彼女は少し咀嚼をし飲み込んだ後、「問題ありません」と静かに返してくる。
ほんの一瞬、手を止めた。
手を合わせる。
「いただきます」
味噌汁に口をつける。
湯気が立ちのぼる向こう側で、彼女はグラスを持ち上げた。水色が揺れ、白が溶けて、境界線が曖昧になっていく。
カラン、と氷の音が鳴る。そのまま口をつけて、一口。
ほんの少しだけ目を細めたあと、何も言わずにグラスを戻す。その表情がやけに印象に残った。
「それ、好きなのか」
思わず聞いてしまった。
彼女は動きを止め、目を瞬かせる。突然聞かれたからか驚いてしまったらしい。
「悪りぃ悪りぃ!驚かせるつもりはなかったんだが」
「いえ、問題ありません。ただ突然だったもので」
「いや、だってよ。お前さんいつもそれ飲んでるだろ?」
「これですか?」
彼女がグラスを持ち上げる。
「それだそれ!確かくりーむそーだってやつだったよな?俺らの時代にはなかったやつだ」
「そうですね⋯確か明治後期辺りに普及したものらしいですから」
そうしてまた一口。
風鈴のような、心地の良い音が耳に残る。
「明治か⋯。そりゃ見たこと無いわけだ」
白が混ざったことにより淡い薄水色になったそれを眺める。
「⋯そんなに飲むってことは、やっぱうめえのか」
ほんの少しだけ、彼女の口元が緩む。
「⋯よろしければ、お飲みになられますか?」
グラスを静かに手渡される。
「⋯良いのか?」
「えぇ」
グラスを受け取り、ストローで混ぜてみる。
手袋越しにひんやりとした感覚が伝わり、結露してできた水滴がゆっくりと垂れた。
恐る恐る口につける。
舌に触れた瞬間、思わず声が出そうになった。ぱち、と音を立てるような感覚が口の中で暴れ回る。思っていたよりも強い刺激に、思わず眉をひそめた。少しだけ、その刺激が引いていくと、代わりにやわらかな甘さだけが残った。溶けた白が混ざり合ったそれは、軽い口当たりのくせに、妙に離れない。舌の上に、静かに居座るような甘さだった。
炭酸が、わずかに喉を刺す。
「⋯あめぇな」
そう呟いて、グラスを返そうと目線を上げた。
目が合う。
彼女は珍しく、笑みをこぼしていた。抑えきれなかった、というように。自身が炭酸に苦しむ姿は面白かったのだろう。桜が咲いたような瞳が、風に揺れるようにかすかにさざめいた。
「な、なんだよ、笑うこたぁねえだろ!?」
思わず声が大きくなる。
冷たいものを飲んだはずなのに、少しだけ顔が熱い。
「い、いえ、も、申し訳ありません、笑うつもりはなかったのです。ただ⋯」
目が細まる。
「見惚れてしまったのです。あまりに──綺麗だったものですから」
カチン、という音が似合うんじゃないか、と自分でも思うぐらいに固まってしまう。誰かが何かを吹いて悲鳴が聞こえるが、その音が少し遠くに聞こえた。
「⋯⋯⋯ま、待て!待て待て待て!俺ァただこれ飲んだだけだぞ!?」
渡し損ねたグラスを指さす。
「つぅか、こんなジジイにそれ言うのもおかしいだろ!?って、誰がジジイだ!いや、そうじゃなくてだな!?」
今は若い霊基だと言うのに、動揺からか老齢の霊基の時のような言動になってしまう。持っているグラスの冷たさが心地よくなるぐらい、身体全体が熱かった。
何がおかしいのか分かっていないのか、目の前の元凶は首を傾げている。思わず、グラスを持っていない片方の手で眉間を触る。昔の彼女はこんなんだっただろうか?
隊にいた頃はここまで表情は動かなかったし、こんな風に口説くように人を褒めていなかったような気がする。
(⋯此処カルデアに来てから変わったんだな、お前さんは)
きっとそれは、いい変化だ。昔は、こんな風に笑うことすらなかったのだから。⋯とは言っても、人を褒める言葉に関しては後で言っておこう。ここだと、その言動は勘違いを呼ぶ可能性の方が高い。
「返すぜ、これ」
「ありがとうございます」
差し出したグラスが離れる。
「にしても、よく飽きねえよなぁお前さんも」
「美味しいですよ」
「うめぇのはよく分かったけどよ」
「やっぱり苦手ですか?炭酸」
「苦手ってワケじゃねぇんだがなあ」
他愛ない会話が続いていく。
グラスの中で小さくなった氷がグラスを鳴らし、皿の触れ合う音に紛れて二人の声もゆるやかに溶けていった。

◇◇◇

「あの子、本当にあの人のことが好きなんだねぇ」
くすくすと笑っているおみぃさんこと蛇女房を見て、ウエイトレス姿の2人組、日比乃ひびきと桂木千鍵は首を傾げた。
「確かに、あんな風に店長が笑うのは初めて見たな」
「ま、まさか、店長の想い人⋯!?」
「マジか!?」
「あっはは!違う違う!あれは恋とかそういうものじゃないよ」
「そうなんですか?でもあれはほぼ好きって言っているようなもののような⋯」
ひびきが首を傾げる。
「まだまだ若いねぇ〜」
おみぃさんは笑いながらそう言った。
「人によって愛の形があるんだよ、あの子はああいう愛の形だった。それだけさね」
おみぃさんは、そう言って笑った。
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