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乙姫VS. 第二夜『だるまさんがころんだ』

「だーるーまーさーんーが」

緑鮮やかな太い立木を前にして、こちらに背を向けた梓星ゆえ。
詩を吟ずるがごとく、決まり文句を口にする。優雅でそして優美だった。
だがその仮面の下にある、獲物を狙う蛇蝎(だかつ)がごとき凶暴さは隠しようがなかった。隠そうともしていなかった。その声には絶対的高所から弱者をいたぶる愉悦が、確かに含まれていた。
乙姫つづりは動くことができなかった。
やつは狙っている。こちらがミスを犯すのを。獲物が自ら己の咢(あぎと)に跳びこんでくるのを。

乙姫つづりはこらえた。
誰も動けないでいた。久寝ねねこも、ザレス山田も、マネ太郎も。ぴくりとも動かない。いま進むのはリスクが高い。ここは耐えるのだ。そう自分に言い聞かせる。
だが同時に悟っていた。
いつかは進まねばならぬのだ。
いま自分は耐えているのではない。ただ怖気づき動けないでいるのだ。
しかし湧き上がる根源的恐怖の感情は、理性ではとうてい御しきれないほど巨大だった。

行くか?
いま行くか?
目をつぶる。念じる。我は無敵だと。必ずや梓星ゆえの肩に手が届くはずだと。
乙姫つづりは右足に力を込めた。踏み出そうとした。
その時。

「ころんだ!」
梓星ゆえの頭が操り人形のように、ぐるんとこちらを向いた。
顔には張り付けたような王者の笑み。
乙姫つづりは蛇に睨まれたカエルのごとく、その場に身を固くした。

「おや、皆の者」梓星ゆえが白い歯を見せる。
「まるで動いていないようだが。もしや臆(おく)しているのでは?」
大きく見開いた目で、舐めるようにこちらを凝視する王位継承者。
「同じMOKUROKUの仲間として、皆がこれ以上の醜態を見せないことを望む」
くくっと笑って前に向き直った。

乙姫つづりは止めていた息を大きく吐いた。生き残った。今回は。
臆病さが身を助けた。
もし踏み出せば、梓星ゆえの色違いの双眸(そうぼう)に捉えられ、待つのは……。いや、考えるのはよそう。
乙姫つづりは暗い思考を追い払った。
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