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乙姫VS. 第五夜『ババぬき』

手番は癒日いゆ。手持ちはダイヤのA。同じAを引ければ勝ち抜けである。
しかし残るAはクローバーの1枚のみ。スペードとハートは王位継承者がゲーム開始前に捨てていた。
乙姫つづりの手札は2枚。
確率1/2。
ではない。Aを久寝ねねこが確保している可能性もある。
最悪は乙姫つづりの手札が、ジョーカー1枚と残ったキングの1枚であることだ。
その場合、キングを引けば久寝ねねこ2位抜けが確定する。
笑顔で構える乙姫つづり。カードはまるで剣の切っ先のよう。
その表情からは何も読み取れない。

しかし癒日いゆは少しも追い詰められてはいなかった。
自分は仙女だ。2000年以上生きている。自分に比べればただの人間など猿にすぎない。エルムアウリーの王者でさえもだ。癒日いゆの目が怪しく輝いた。

天眼通力(てんがんつうりき)。

全てを透視する仙術だ。
癒日いゆは、普段はこれを主として女性の○を見るために使用している。
今は他の用途に使う。カードの裏を覗くために。
このゲーム。最初から仙女は絶対に負けないシ合だったのだ。
ひれ伏せ凡愚ども。癒日いゆは乙姫つづりのカードを凝視した。

「おい仙女」
横やりが入った。
「なに、ゆえちゃん」
「目をえぐるぞ」
「……え?」
梓星ゆえが、めったに表われない憤怒の形相を浮かべた。
「その大道芸をやめろと言っている」
「え、ええええ!!?」
バレた?なぜ?
常人には仙力は見えぬはず。それを王位継承者は見切ったのか!?

「な、なんのことかな~?仙女わからないよ」
そう言いつつも、天眼通力を中断する癒日いゆ。
「良い子だ。興ざめなことをするな」
椅子にまたふんぞり返る梓星ゆえ。
癒日いゆは微笑んだ。内心は屈辱で煮えたぎっていた。
はるか高みから見下ろしていたはずの自分が、泥の中に突き落とされたのだ。このエルムアウリー人、いっぱい食わせてやらねば気が済まない。

乙姫つづりに向き直る癒日いゆ。
ならば別の力を使うまで。
目に仙力を集中する天眼通力と違って、脳に集中するこれならばバレる恐れはない。

他心通力(たしんつうりき)。

他者の心を読む、最強の仙術。ひれ伏せ凡愚ども。
癒日いゆは乙姫つづりの心を覗いた。いろいろな物がとっちらかっていて子供部屋のようだ。
手を伸ばす。乙姫つづりの手にあるカードを一枚つまんだ。
子供部屋のイメージが、黒い宮殿に変わる。
なるほど。これはスペードのキングだ。
さて、もう一枚は。

「おい仙女」
王位継承者がまた横やりを入れた。
「なに、ゆえちゃん」
振り向いた癒日いゆは、反射的に梓星ゆえの心を覗いた。そこにあったのは。

ぎらぎらと輝く漆黒の深淵。それが仙女を喰らおうと顎(あぎと)をひらいていた。

「いやあああああ!!!!」
絶叫をあげてテーブルに頭を叩きつける癒日いゆ。
「どうした仙女?」
「…………いえぇ、なんでもないですぅ」
顔を上げた癒日いゆの髪は、恐怖のあまり真っ白になっていた。
「早くひけ」
梓星ゆえがうながす。
「は…はいっ」
乙姫つづりの手札に手を伸ばす癒日いゆ。
「つづりちゃんおねがいつづりちゃんせんにょはもうだめなのこわいだめこわいつづりちゃんおねがい」
「いゆちゃん……」
乙姫つづりは同情しつつも、カードを構えた。
自分も負けるわけにはいかない。

癒日いゆドロー。クラブのA。

「やった……」
手札を捨てる癒日いゆ。
その体が崩れ落ち、床に転がる。顔は安らかだった。
仙女。2位抜け。
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