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おとひめつづりのだいさくせん

14階は無人のフロアだった。
久寝ねねこの話では、この階への立ち入りを許されているのはゴチクン社長とわずか数名のみだと言う。
自動ドアをいくつか潜ると、巨大な金庫の扉があった。

『じゃあ、ロックを解除するよん』
久寝ねねこが言うと、金庫前の液晶パネルに「指紋認証クリア」「虹彩認証クリア」「顔認証クリア」と、次々に鍵が解除されていく様子が表示された。残るは古典的なダイヤル錠のみである。

梓星ゆえが取り出した番号カードを見るヒメ。
「893」
それが解除番号だった。
ダイヤルを回すヒメ。893に合わせて丸い扉を引く。動いた。

広い金庫室の内部には小金庫の類は一切なかった。
ただ中央にガラスケースがあり、中に大きなダイヤモンドが収められている。
あれがエルムの星だ。近づく二人。
ヒメはこれほど大きなダイヤモンドを見たことがなかった。これからこれを盗む。緊張する。
いや、本当の持ち主であるエルムアウリー王家に返すのだ。悪いことではない。

……。
でも……。

ケースを前に躊躇っていると、背後の梓星ゆえが口を開いた。
「つづりちゃん」
振り返るヒメ。梓星ゆえの顔に表情はなく、感情は読み取れなかった。
「どうする?」
梓星ゆえに問われる。
もちろん答えは決まっている。盗むのだ。…しかし、何かがひっかかる。
「つづりちゃん。よく考えてね。つづりちゃんがこれから何をしようとしまいと、梓星は賛成するよ」
どういう意味だろう?
ヒメは考えた。
自分はこれを盗みに来た。友人であるゆえちゃんの力になりたかったから。ゴチクン社長は宝石を失うことになる……多少かわいそうだが、いいお灸になるだろう。
エルムアウリー王家に迷惑がかかることはない。なにせ法律が違うのだから。訴訟で取り返される心配もない。
Pictoria社とアゲトハヤト社長には…正体はばれていない。捕まらなければいい話だ。
社長…
社長…?
脳裏に先日の記憶が蘇った。
『なにしろエルムの星がありますので。保険がかかっているとはいえ、盗まれては一大事です』
カイリキ主任と社長の会話だ。

この宝石には多額の保険がかかっている。

もし自分がこれを盗めば?
泣くのはゴチクン社長ではない。保険会社だ。エルムの星にはその価値に見合う多額の保険がかかっているのだろう。となれば保険会社は一大事だ。5,000億といのは人が死ぬ金額だ。
担当者はどうなるのだろう。クビ?自殺?一家心中もあり得るかも。

手が動かなかった。
手を伸ばせばそこにエルムの星があった。
でもそれはとても遠かった。
ゆえちゃんとねねこちゃんに助けてもらって、せっかくここまで来たのに。
ここで退けば二人の好意を無駄にすることになる。
それでも手が伸びなかった。

どれだけ悩んだかわからない。
ヒメは何も持たずに振り向いた。
梓星ゆえが微笑んだ。心温まる友人の微笑だった。

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金庫から飛び出した。
『エルムの星はとったか? もうビルは警察に包囲されてるよ。屋上から脱出するよん』
久寝ねねこから通信。
「うん。わかった」
二人は15階への階段を上った。

15階はほとんどが社長室。屋上への階段はここまでの階段とは別の場所にあり、社長室の扉前を通って、ビルの反対側まで走らなければならなかった。
なぜこのような構造になっているのか不明だが、ゴチクン社長が部屋の間取りにうるさく注文をつけたからではないか、というのが久寝ねねこの見立てである。

走る二人。遠くでサイレンの音が聞こえる。
久寝ねねこが屋上からどのように脱出することを想定しているのか不明だが、いざとなったら壺もある。
とにかく急ぎだ。
ところが社長室の前を通り抜けようとしたところ、扉が内から開いた。
中から飛び出して来たのは、スーツ姿の黄色い鳥のような男。ゴチクン社長だ。手には日本刀を携えている。
「侵入者がここまで来やがったか。警備員は全員クビだな。無能どもめ」
刀を抜いて吐き捨てるゴチクン社長。
「何を盗んだ、この賊どもめ? 俺が直々に成敗してくれる」
「えと。何も盗んでないけど」
頭をかくヒメ。
「なに?」
『えーっ!!!!?どういうこと!!?』
スマホから大音量の怒声。
『え?え?え?何もとってないのぉ…?』
「う、うん」
『じゃあ何しに行ったかわからんじゃろ!!!!』
「ごめん!!」
「おい!?何を仲間割れしてやがる!!!」
黄色い頭を真っ赤にするゴチクン社長。
そ、そうだ。今はこの社長をどうにかしないと。
「つづりちゃん。ここは梓星が相手をする」
剣を抜く梓星ゆえ。
「ほう。てめぇかなりやるな。面白い。ちょうど名刀ゾーリンゲンの試し切りをしたいと思ってたんだ」
構えるゴチクン社長。
この人、強い。ヒメは直感した。
「いざ尋常に!!」
踏み込むゴチクン社長。
その脚を梓星ゆえの拳銃が撃ちぬいた。
「ぎゃあああーーー!!!」
悲鳴を上げて転がるゴチクン社長。その頭を蹴って気絶させる梓星ゆえ。
勝負はあっという間に終わった。
「あ、あのゆえちゃん…?」
「大丈夫。動脈は外したから、死にはしない」
「ちょっとこの人が、かわいそうになっちゃった…」
「これが武術。苦情は受け付けない」クールに笑う梓星ゆえ。

『ちょっと!遊んでる暇ないぞよ。警察がもう14階までのぼってきてる!急げ!』
スマホから久寝ねねこが叫ぶ。二人は走り、屋上への階段を上った。

高層階から見下ろす新宿の夜。たくさんの明かりが闇の中に輝いている。
冷たい風が間断なく吹き付ける。梓星ゆえはスカートをおさえている。
ここからはパトカーのサイレン音がよく聞こえる。
かなりの数が集まっているようだ。

「ねねこちゃん?」スマホに語りかけるヒメ。返事は無い。
「ちょっとねねこちゃん?」やはり返事がない。
階下から複数の足音が駆けてくる。
警官隊がすぐそこまで迫っていた。
壺で脱出するか?
しかし警察に目撃されれば、久寝ディオゲネスお兄ちゃんに迷惑がかかるかもしれない。一般的に言って壺で飛翔する人間は世界にただ一人だ。

「ねねこちゃん、どうしたの!?どうやって脱出するの!?」スマホに叫ぶヒメ。
そのとき大きなローター音と共に、ビルの手すりに向こうに、一台のヘリコプターが浮かび上がった。
ヘリの扉が開く。中には誰もいない。
『乗って!!』久寝ねねこの声。
二人はヘリに飛び乗った。
操縦席脇の液晶パネルに久寝ねねこの顔が映っている。
二人は何も操作していないのに、ヘリはゴチクンビルから離れた。
どうやら久寝ねねこが遠隔操縦しているようだ。

「このヘリどうしたの!?」ヒメが叫ぶ。
『セガから借りてきたよ』
「よく貸してくれたね!?」驚くヒメ。
『包括的許諾契約してるからね』
さらりと言う久寝ねねこ。
『このまま山奥の飛行場まで逃げるぜ。くつろいでよいぞ』
「ねねこちゃん、ヘリの操縦したことあるの!?」
『2回。ファミコンのバンゲリングベイでな』
「降ろせ」
『もうむりぽん。祈れ』
ヘリは金色のゴチクンビルを後にし、東京の夜空を横切った。

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翌日。お昼過ぎ。
サー姫らしく、リビングで寝っ転がってお菓子をむさぼるヒメ。弟がテレビを見ている。リモコンを足で引き寄せて、チャンネルを変えた。
「おい、つづり!!」
弟の抗議を無視して、ニュース番組を探す。
昨日の件が、どの程度の騒ぎになっているのかが気になっていた。
顔は隠していたので正体はばれていないと思うが……。

ちょうど、おそよう日本ニュースがやっていた。
ニュースキャスターの下にはテロップが。

"エルムの星、偽物!?ゴチクン社長、これより記者会見"



…?
あえ?
偽物?エルムの星が!?
え、どういうこと?ヒメはエルムの星に触れていない。すり替えてなんていない。

混乱していると、大量の報道陣に囲まれたゴチクン社長の姿が映った。
黄色い顔を真っ青にして、だらだらの汗をハンカチでぬぐっている。
記者が詰め寄る。
『ゴチクン社長!!エルムアウリー王家がエルムの星の映像と、最新の鑑定書を公開しました。ゴチクン社が所持しているエルムの星は、模造品である可能性が高いと言えますが』
『え、えー、その件につきましてはただいま調査中であり、回答は差し控えさせていただきます』
『ゴチクン社長!!もしエルムの星が偽物であった場合、ゴチクン社は多大な損失を抱えることになります。社長の進退については』
『えーそのー、まだ調査中でございまして、弁護士と相談のうえで対応を…』
『ゴチクン社長!!今週のオークションの予定は!!?』
『ゴチクン社長!!他の収蔵品の真贋も疑われていますが!?』
『ゴチクン社長!!』
もみくちゃにされるゴチクン社長。
映像はここでスタジオに切り替わった。その後も、エルムの星の特集は続いた。
ゴチクン・キンニクビルに乗り込んで、何も盗まなかった侵入者についても軽く扱われ、覆面をしたヒメたちの映像も一瞬流れたが、エルムの星が偽物であるというニュースに完全にかき消されてしまった。

ヒメはぼけっと口を開けたままテレビを見つめていた。
「つづり。なにアホみたいな顔してんだ」弟が間に入る。
「アホちゃうわ。じゃなくて、これどういうこと…?」

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スプスタのビデオチャットルーム。
梓星ゆえが困り眉で笑顔を見せた。
『そう、ゴチクン社長が持ってたエルムの星は最初から偽物だったんだよ。意外なオチだったね。ふふふ』
「…ゆえちゃんは知ってたの?」
尋ねるヒメ。まだ事態が呑み込めない。
『知ってたっ……て言ったら怒る?』
上目遣いで尋ねる梓星ゆえ。
『どーゆーこと?』
ヒメと同じように口をぽかんと開けた久寝ねねこ。梓星ゆえはいつものお澄まし顔に戻って話し始めた。
『エルムの星は最初から盗まれてなんていない。実はゴチクン社長が持ってた模造品は、エルムアウリー王家が地球の市場に流したものなんだ』
『なんでぇ?』
『他の収蔵品から目をそらすためだよ。エルムアウリーから盗まれた宝は他にあったんだ』
ヒメはアゲト社長に見せてもらったパンフレットを思い出した。
「そうだ。"アウリの剣"!!」
『ご明察。王家はアウリの剣を取り戻したかった。しかし普通の方法では難しい。金で買い戻そうとしても足元を見られる。そこで侵入して盗むことになったけど、ゴチクンビルは警備が厚い。高価な囮の出番というわけさ』
「じゃあ、じゃあ……、ヒメたちが乗り込んだのは完全に無駄だったわけ?」
『いや。とても助かったよ。実は予想よりも警備が厳しくて困ってたんだ。そこで我々が大暴れしている間に、エルムアルリーの騎士が安全に忍び込んで、剣を偽物にすり替えることができた。だから昨晩侵入者があるとゴチクン社に教えたのも梓星。作戦は大成功さ』
そして梓星ゆえは満面の笑みを浮かべた。
『ありがとう。つづりちゃん。ねねこ。梓星のためにがんばってくれて、とても嬉しかったよ』
その笑顔を見たヒメは、もう細かいことはどうでも良くなった。
「ううん、ヒメは自分がやりたいことをしただけだから!!困ったら何でも任せてね!」
『まかせんしゃーい!』久寝ねねこが力こぶを作る、ような仕草をする。

こうして乙姫つづりの大作戦は終わった。
かのように思えた時、ビデオチャットに新たな参加者。スプスタのマネージャー、マネちゃんだった。
「マネちゃん。どうしたの?」
『つづりちゃん。アゲト社長から呼出しですよ。なんでも昨晩のことについて、厳しいお説教があるそうです。今度は何をやったんですか?』
ジト目で告げるマネちゃん。
「え」
覆面をしていたとはいえ、さすがに社長の目はごまかせなかったか。
『じゃあつづりちゃん。がんばってね』
『おヒメ。骨は拾ってやるよ』
薄情な二人がさっさと退室しようとする。
『あ、ゆえちゃんとねねこちゃんも同罪だそうですよ。三人でお説教を受けてください。揃っているならちょうどいいですね。社長を呼びます』
マネちゃんが冷徹に告げる。
困り笑顔で無言の三人。
アゲト社長も笑顔でチャットルームに入って来た。

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その後、ゴチクンビルの侵入者については、これといった犯人につながる手掛かりがなく、またゴチクン社が非協力的なこともあり、形だけの捜査が続けられることになった。
エルムアウリー王家はエルムの星の模造品が手違いで流出したことを認め、ゴチクン社にはそれなりの和解金が支払われた。
そしてヒメたちには、アゲト社長からそれぞれに罰が与えらえることになった。

チベット。エベレスト山頂付近。
吹き荒れる吹雪の中、いつもの配信用衣装のヒメが頂上に向けて歩みを進めていた。衣装の他は何も装備していない。
すぐ傍らでは壺に入った男性、ディオゲネスお兄ちゃんがヒメを見守る。
「ねねこちゃんは上体起こしと背筋30回ずつ、ゆえちゃんは一か月マクド絶ちなのに、なんでヒメだけヒマラヤ山脈30峰無装備登山なの!!?」
吹き付ける風のため声を出すのもつらい。
「こんなの無理だよ!!」
「自分の限界を勝手に決めてはならんぞ。きみはまだ自分のポテンシャルを出し切っていないようだ。今日中にあと5峰は登るぞ!」
「ヒメ虐反対ー!!!!」

荒天のエベレストにヒメの悲鳴が響いた。

おしまい
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