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おとひめつづりのだいさくせん

新宿の街に日が暮れていく。
都庁の屋上から、夕焼けの街を見下ろすヒメとディオゲネスお兄ちゃん。
ディオゲネスお兄ちゃんは何も言わず、壺の中から温かいミルクティーのポットを取り出して、ヒメに手渡した。あの壺の中はどうなっているのだろうか。ヒメは深く追求しないことにした。
ヒメがぽつりぽつりと事情を話すと、ディオゲネスお兄ちゃんは頷いた。

「つまり」
ハンマー片手に自分は水を飲むディオゲネスお兄ちゃん。
「君は友人のために動こうとした」
「はい……でも結局自分はゆえちゃんに善意の貸しを作って、安心したいだけなんじゃないかって」
「善意の押し付けだったと悔やんでいるのだね」
うなずくヒメ。
人に迷惑をかけること、ヒメはそれを極度に恐れる。でもその一方で、友人のためにできることはしたいのだ。これこそが友人が少ない理由なのかもしれない、と思っても、この性を変えることはできなかった

「なるほど」
水をしまい込むディオゲネスお兄ちゃん。今度は壺の中からlpadタブレットが飛び出した。
「君たちはVtuberという仕事をしているんだったね。私も良く見る。ねねこの配信は欠かさず見ているし、他にも何人かお気に入りがいてね」
lpadをヒメに渡すディオゲネスお兄ちゃん。
「見てくれ。私のお気に入りのVtuberたちを」

ヒメはlpadを操作して、Yourtubeの動画を見た。
福沢〇吉という青年Vtuberがいた。
『こんにち万円~!フク〇ワゆきちです!今日は~~!この日本国通貨を!!シュレッダーにかけたいとおもいま~す!!』
視聴者は3人。
しかもやっているのは違法行為。いつ垢banされてもおかしくない。でも、ヒメにはこのVtuberが、なんだかとても眩しく見えた。

頭にブロッコリーを乗せたような女性Vtuberが、自転車のサドルでブロッコリーを育てる配信をしていた。ブロッコリー田中というらしい。
『やほー!わたしは砲台よ!今日も違法駐輪自転車で、ブロッコリーを育てちゃいまーす!』
視聴者は数人。しかもやっているのは違法行為。いつ垢banされてもおかしくない。でも、ヒメにはこのVtuberも、なんだかとても眩しく見えた。

まわしを締めた少年Vtuberが、エロゲー配信をしていた。小鳥遊たかしというVtuberだ。
『どすこーい!これにて垢banの土俵際!!』
視聴者はやはり数人。しかもやっているのは違法行為ではないが、垢banされない方がおかしい内容。でも、このVtuberも眩しかった。

「このVtuberたちを見て、どう思ったかね?」
「なんだか…とっても素敵でした」
「私が配信で見た君も、彼らに負けず劣らず輝いていたよ」
「そう…ですか」
でも、今は…。自分が輝いているなんて自信は、ヒメにはなかった。
「なぜ彼らが輝いているかわかるかね?」
「え?」
「それは彼らが自分の人生を精一杯表現しているからだ」
ディオゲネスお兄ちゃんがハンマーを天に掲げた。
「自分の生き方を貫く人間は、星よりも輝く。それがどんな生き方であれ」
「自分の生き方を?」
「君は友人に迷惑をかけたくない。そして友人のために何かしてあげたい。そうだろう?結構。何を悩む。とことん自分の生き方を貫くのだ」
手を差し出すディオゲネスお兄さん。
「や、やってみます……」
不安げにその手を握り返すヒメ。

「ではさっそく、友人に伝えなさい」
ヒメはためらいがちにスマホを操作した。
自分の生き方を貫く、自分の生き方を貫く、そう念じながら電話をかける。
『はい、梓星ゆえ』
スマホ画面にいつものおすまし顔の梓星ゆえが出る。
それを見た時、ヒメはなぜか腹が立ってきた。
「ゆえちゃん。はっきり言っておきたいことがあるの」
『どうしたの』
「あのねヒメ、ゆえちゃんのせいでいつもとっても助けられてるよ!ゆえちゃんの素敵な歌声がいつでも聞けるおかげで、毎日楽しいよ!ゆえちゃんが話してくれるおかげで、友達が10人もできたよ!ゆえちゃんみたいな可愛い子と組めて、自分に自信が持てたよ!!」
苦笑しながら聞く梓星ゆえ。
「だからたまには、ヒメにもゆえちゃんを助けさせて。ヒメ、絶対に捕まらないから!!」
『それはずいぶんと大きなお返しだね』
そして梓星ゆえはにこりと笑った。彼女がめったに見せないタイプの笑いだった。
『じゃあたまには助けられようか』
ヒメも笑顔でそれに応えた。
「うん。お願い」
『ついでにつづりちゃんがもし捕まったら、エルムアウリー王家が全力をあげて弁護するから』
「そ、それは…」
『絶対に捕まらないんでしょ?信じてるよ』
「うん。信じて」

通話が切れた。
夕日は完全に沈み、眼下には新宿の夜景が広がっている。
「ディオゲネスさん、ありがとうございました」
「君が吹っ切れてくれたようで良かった」
鷹揚に笑うディオゲネスお兄ちゃん。
「ではヒメはこれで…」
階段に向かって立ち去ろうとするヒメの腕を、ディオゲネスおにいちゃんが、がしりと掴んだ。

「何を言っているのかね? 特訓はこれからだよ?」
「え?」
「どうやら君は自分の能力に無意識でセーブをかけているようだ。それを解除する。そのために私は日本に来たのだ」
「あの」
「君ようの壺は既に用意してある。本来は上半身裸が正装だが、それは免除しよう。ハンマーも私と同じ重さのものを作ってあるぞ」
「あのヒメ、まだ20歳の女の子だし…」
「私と同じスタイルで"山"を登ってもらう。目標タイムは1分だ。
達成できるまで何度でも登ってもらうぞ。なに君のポテンシャルならすぐだろう」
「あの、ディオゲネスさん!!」
「壺の世界へようこそ」

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数日後。
ファンシーな女の子らしい部屋に、日差しが差し込む。キーボードの上でとろけて惰眠をむさぼっていたこの部屋の主人、久寝ねねこのスマホに着信があった。
「はい、ねねこ」
スマホに映ったのはここ数日、連絡がとれなくなっていた友人の乙姫つづりだった。
『ただいま。ビルの図面の解析は終わった?』
いくぶん疲れた様子で話すヒメ。
「おかえり。どこいってたん?」
『チベット』
「2分前にこれから帰らせるってメールが、おにいちゃんから来てるが?」
『うん』
「いまどこよ?」
『羽田空港』
「先に日本に来てたの?」
『いや?チベットにいたよ』
「羽田まではどうやってきたの?」
『飛んできたよ』
「チベットから羽田まで何時間か、かかるじゃろ?」
『飛んで来たの。これで』
ハンマーをずいと画面に映すヒメ。
「???」
久寝ねねこは深くつっこまないことにした。
「とりあえずゴチクンビルのことだけど、10階まではわかってるよね?
問題は11階だけど、ここは収蔵エリアで人間の警備員に守られてるよ。
鍵も全てシリンダーキーで統一されてるから、突破しようがねーだよ。
だからお兄ちゃんのクライミングで壁の外を運んでもらおうと思ったんだべ」
『うん、そこは飛んで越える』
「??? とにかく次は12階。ここはボディービルダー型警備ロボが100体配備されてるよ。ここはねねこが全部、止められると思うよ」
『うん』
「問題は金庫だねぇ」

久寝ねねこの説明した概要は以下だった。エルムの星が収められた大金庫は14階。大金庫の鍵はねねこが開けられるが、ダイヤル錠のみは手動で開けなければならない。
ダイヤル錠の番号カードは12階で保管されている。
ただしこの番号カード自体が金庫室に収められていて、登録された者以外の人間が金庫室に入ると、致死性のレーザーが発射される。
このシステムは中央AIヌエペックスからも独立していて、ねねこも手が出しようがないそうだ。
13階はヌエペックス本体のフロア。特に警備らしきものは無い。
14階は大金庫のフロア。15階は最上階。1フロアほぼ丸ごと社長室になっている。

『15階までのエレベーターは使えないの?』
ヒメが当然の疑問を口にする。
「そんなもの、ないよ」
『え?』
「ゴチクン社長は剣豪だって知ってるよな? 体を鍛えるためにエレベーターは10階まで、自分は一切使わないんだってさ。図面にもないしね」
『あ、そう』
「それで11階を越える方法なんだけど」
『うん。それはばっちり。任せといて』
「ほんとうにやるんじゃな?」
『もちろん。今夜決行だよ』
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