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おとひめつづりのだいさくせん

第二話 ゴチクン・キンニクビル

その日はエルムの星奪取作戦について、久寝ねねことひとしきり盛り上がって終わった。肝心の梓星ゆえがうかない顔をしていたのが気になるところではあったが……。

数日後、東京。曇り。
ヒメは年上の、しかし若い男性と新宿の雑踏を歩いていた。
「すいません。社長。忙しいところ、お願いしちゃって」
「いいよ。たまにはみんなとの交流もしないとね」
微笑む男性。
ヒメにとっての社長。つまりPictoria社代表取締役、アゲトハヤドである。

二人が向かっていたのは、ゴチクン・キンニクビル。いま来週のオークションに向けた下見会が行われている。ヒメの目的はビルの偵察…と、もう一つ。
久寝ねねこから送られてきた、小型ツノネコちゃんをどこかに取り付けることだ。

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「やっぱり警備関係のシステムはネットに接続してないねぇ」
二人きりのビデオチャット。久寝ねねこが画面の向こうで怪しく笑った。
「それってだめなの?」ヒメが尋ねる。
「物理的につながってねぇのは、オラどーにもならねーだよ」
「んー」
エルムの星を盗み出すにしても、どこに保管されているのか、どんな警備体制なのかわからなければ、忍び込みようが無い。そのあたりの情報収集は、正直なところ久寝ねねこ任せである。

「うふふ、なんとかするよ。ねねこプロだからさぁ」
目を輝かせる久寝ねねこ。
プロ。
そう。MOKUROKU所属VLiver久寝ねねこの裏の顔は、世界指折りのスーパーハッカーなのだ。

翌日、ヒメの自宅マンションに速達で荷物が送られてきた。差出人は不明だが、配送伝票にはツノネコちゃんのマークが描かれていた。
開けてみると、中には掌に軽く収まる程度の、小型ツノネコちゃん。それとイラスト付きの取扱説明書。というか命令書。小型ツノネコちゃんは通信用の装置であり、これをゴチクン・キンニクビル内部ネットワークのケーブルに突き刺してこい。とのこと。
無茶を言う。
しかし無茶を言い出したのはヒメである。
文句は言えなかった。

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そういうわけでヒメはアゲトハヤド社長と新宿のゴチクン・キンニクビルまでやってきた。
「うわぁ…」
思わず目をそむけたくなるヒメ。

金。
上から下まで金。
ゴチクン・キンニクビルは全面がきんきらきんの金色だ。
目に痛い。
これは建設時に、ご近所さんと相当もめただろうなぁ、と思うヒメ。
梓星ゆえが言っていた通り、階段が逆立ちしたような奇妙な形をしている。ビル前の広場にはゴチクン社長像が建っていた。これも金色。

「これは噂どおりのすごいビルだね。建設時には景観をめぐって、周辺とすごい争いになったそうだよ」アゲトハヤド社長が目を細める。
「でも結局、建ったんですよね」
「カネの力で黙らせたそうだよ。でも結局、そのお金も払わなかったらしいけど。周辺の建物の持ち主は泣き寝入りさ」
「ひどい人ですね、ゴチクン社長って」
「ははは、社長なんてみんな同類さ。まぁ、ゴチクン社長はとりわけ悪い部類ではあるけどね。さ、行こう」
ゴチクン・キンニクビルの入り口ではガタイの良い警備員が見張りについていた。
招待状を見せるアゲトハヤド社長。
このビルは、誰でもフリーパスで中に入れるわけではない。
エルムの星の他にも総額2,000万ドルにもなると言われる"ネンネン・コレクション"、名刀"ゾーリンゲン"、エルムアウリー製の宝剣"アウリの剣"など、ゴチクンビルには多数の美術品が保管されており、常時手厚く警備されている、とのこと。
招待状同封のパンフレットに書いてあった。
現在は来週開催されるオークションの下見会が行われていて、中に入れる部外者は招待状を送られた人間、あるいはその代理人だけだ。
ゴチクン社長は世界の資産家・実業家に招待状をバラまいている。
新進気鋭の若手実業家であるアゲトハヤド社長にも招待状が届いていた。
そこでヒメは社長にねだって、連れてきてもらったというわけだ。

「でもよく関西から来たね。そんなにゴチクンビルが見たかったの?」
「いや、その。実は東京、はじめてなんで…いちど来てみたくて」
盗みの計画のためだとは間違っても言えない。

ビル内部はまたこりゃ成金趣味の、ごてごてした装飾に満ちていた。
黄金の鳥の像があちらこちらに立っている。もしかしたらこれらも社長像かもしれない。見分けがつかない。
ヒメは社長と共にエレベーターに乗りこんだ。
1階から8階はゴチクン社の本社オフィス。
9階が下見会場。10階がイベントホールとなっていて、実際のオークションはここで行われるらしい。エレベーターはそこまでしかない。
外観からしてゴチクンビルが10階までしかない、わけがない。

下見会場に到着。
ガラスケースに収められた宝飾品や、壁に飾られた絵画がずらりと並ぶ。
スーツ姿の男女が多数、品定めをしている。彼らは世界の資産家かその代理人だろう。ヒメには並んでいる物品の価値がわからない。高そうだなぁ。くらいだ。
「社長は何か買いたいものありますか?」
「ん?僕は特には無いかな。むしろ事務所にある生首を出品したいくらいだよ」
「えへへ、トワ先輩のあれですねー」
雑談しつつも、ヒメは手に汗がにじむ。
例の小型ツノネコちゃんはショルダーバッグの中に入っている。こっそり取り付けるには、結構な大きさがある。久寝ねねこの説明書によると、アンテナモジュールとバッテリーがついているので、どうしてもこの大きさになるのだそうだ。
「あ、社長。ヒメ、ちょっとお花摘みにいってきます」
「ん?じゃあ、ここで待ってるよ」
下見会場から出るヒメ。

廊下を歩いてエレベーターの前を通り過ぎ、ひと気のない方向に向かう。
内部ネットワークのケーブルが露出している場所がどこにあるか考える。
1~8階の事務所やイベント会場には無いだろう。それにもしオフィスに忍び込んで適当なケーブルにツノを挿しても、普通の社内ネットワークにつながるだけの可能性が高い。
警備用の内部ネットワークがあるとなると、やはり警備室が、どこかにネットワークの管理室があるか…。警備室に忍び込むのはいくらなんでも不可能だ。ネットワークの管理室は地下にあるかもしれない。でも地下に行って見つかった場合、どうやっても言い訳が立たない。
ここは9階。ゴチクンビルは11階以上ある。そこは警備が厳重なエリアのはず。裏を返せば警備用のネットワークが確実にあるということだ。
行ってみる価値はある。
さて、どこかに階段は。

角を曲がったところで目の前にビキニパンツのマッチョマンが飛び込んできた。
「ぎゃっーー!!」
おもわずおっさん声で後ずさるヒメ。
廊下の角を曲がった暗い通路に、裸同然のマッチョマンが良い笑顔でポージングしていた。
「あ、あえ??」
微動だにしないマッチョマン。
ダブルバイセップスを決めたまま硬直している。
『コチラ、シンニウキンシエリアデス』
まったく唇を動かさずに、マッチョマンが発声した。
「ロ、ロボット?」
どうやら人間では無いらしい。
どうする?迂回する?
そのように躊躇していると。
「どうした?」
今度は野太い男の声。
マッチョマンの背後の扉を開けて、警備員服を着た大柄な男がやってきた。筋骨隆々。肩に一対のロボットアームをつけ、4本の腕があるように見える。ヒメはその男を見たとたん、うなじの毛が逆立つような根源的恐怖を感じた。
「ああ?ガキか?」
警備員はヒメを見てうんざりした調子で言った。
すかさずぶりっこぶるヒメ。
「あ、あのひめェ、アゲト社長の付き添いなんですけどぉ、おトイレ探してたらまよっちゃってぇ」
「なんでぇ、ゲストの子か…はいはい、ご案内いたしますよ」
ヒメは自己紹介でもしなければ20歳には見えない。
このような場所でも迷ったふりでもしておけば、まず疑われることはない。
とりあえずは助かった。
でもツノネコはどうしよう。


「おや、つづりくん?」
警備員に連れられて戻ったヒメを見て、アゲト社長が不思議そうに言った。
「ヒメ迷っちゃってぇ、この人に案内してもらったんですぅ」
「カイリキ警備主任です。お客様」
敬礼するカイリキ警備主任。
なぜかついてきているマッチョマンロボも敬礼する。
ロボは近くで見ると完全な人間型ではなかった。胴体の全面と背面には隙間があって内部の装置が覗いているし、首の後ろからはアンテナらしきものが飛び出している。

「これはご苦労様です。ところでえーと、そちらのボディービルダーは?」
アゲト社長が困惑して突っ込む。
「マッチョ型警備ロボ、マッチョ1号でございます。ゴチクン・キンニクビルにはこいつが100体以上配備され、万全の警備体制となっております、お客様」
「警備ロボットが100体!?それぞれにAIを積んでいるのですか!?」
「いえ、警備システムの中央AIヌエペックスによって集中管理されております。それにより完全に連携された動きが可能になっております」
「ずいぶん警備が厳重なんですね」
「なにしろエルムの星がありますので。保険がかかっているとはいえ、盗まれては一大事です」
社長と警備主任の話を聞いていたヒメ。
ふとひっかかることがあった。
警備システムの中央AIによって集中管理?…つまり、このマッチョマンは警備システムとつながっている?
「ていっ」
ヒメはジャンプして、マッチョマンの首の後ろにツノネコちゃんを突き刺した。
「ん?つづりくん、どうかした?」
「いえいえいえ、なんでも。でもヒメ、もうそろそろ帰りたいかなーなんて」
「そうかい?じゃあ僕はカイリキ主任ともう少し話してから帰るから、先に戻ってて」
「はい。そうします。あばよ」
ヒメはエレベーターに飛び込んだ。
やった!成功!
ヒメはエレベーターの中で数回小さく飛び跳ねた。

ところが一階に降りると、金色のホールに明らかに場違いな少女が柱にもたれて待っていた。
黒いドレスにジャケットを肩に羽織り、胸元には淑やかに輝く宝石、左胸には勲章、濃紫の髪には黄金のティアラ。神秘的な左右色違いの目。梓星ゆえ。だった。
「こんにちは、つづりちゃん。今日も太陽が綺麗だね」
「ゆえちゃん、どうしてここに?」
「つづりちゃんを止めに来たよ」
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