おとひめつづりのだいさくせん
第一話 エルムの星
『…エルムアウリー星の至宝、エルムの星が東京でオークションにかけられることになりました。世界中の富豪から注目されています…』
関西某所の夜。乙姫家の食卓。
ヒメが家族と食卓を囲んでいたところ、テレビでそんなニュースが流れた。
日本のテレビでエルムアウリー星関連のニュースを放送するのは珍しい。ヒメにとってもMOKUROKUに採用されるまでは、あの星は教科書の中の存在でしかなかった。
「すげーでけーダイヤ。これいくらになるんだ?」
大学一回生の弟が呟いた。
「エルムアウリー星でも最大級のダイヤだからなぁ。まぁ日本円で3000~4000億はするんじゃないかなぁ」
チャーハンをすくいつつパパが話す。
「誰が買うんだそんなの」
「宝くじが当たっても買えないなぁ」
「はいはい。さっさとご飯を食べる」ママが男2人をたしなめる。
ヒメは無言でチャーハンをむぎゅむぎゅしていた。へぇ、あの星ダイヤとか採れるんだ。
『ただこのエルムの星については盗品との噂もあり、今後エルムアウリー星王家の反応が注目されるところです』
キャスターがニュースを締めくくった。
むぎゅ?
ヒメは驚いた。
エルムアウリー王家と言えば、
同じMOKUROKUでユニット『スタープリンセスター』を組んでいる、ゆえちゃんの家。あまりに身近すぎて実感がわかないけれど、ゆえちゃんは本物のプリン(セ)ス。家のことが世界的なニュースになってもおかしくはないのだ。
そういえばヒメ、ゆえちゃんの星のことぜんぜん知らないな。
梓星ゆえは、自分の星のことをあまり話さない。
自然の豊かな星だとは聞いている。
観光客を受け入れたり、地球と貿易したりという話は耳にしたことがない。日本と国交があるのかどうかすら定かではない…。
梓星ゆえがいる以上、あるのだろうけれど。
地球とエルムアウリーを行き来している人間も多少はいるのだろう。盗難事件くらいあっても不思議ではない。
あまり他人の家庭の事情に首を突っ込むのもどうかと思ったが、ことがニュースになるほどの大事件だ。話題にしても構わないだろう。
ヒメはビデオチャットでスタープリンセスターの2人と話すことに決めた。
---------------------
「そのニュースは知ってるけど。梓星は特に興味はないかな」
スリープリンセスター略してスプスタのチャットルーム。
濃紫の髪にティアラを載せた、左右色違いの目の美少女、梓星ゆえはヒメの問いにそう答えた。
エルムエウリー星、次期王位継承者。梓星ゆえ王太子。
その彼女がなぜ地球でYourtuberをやっているのか、ヒメは知らない。本人は留学だとかなんだとか言っていたが。
「でもすっごい高い宝石なんでしょ?」
「それはそう。あれは王家に伝わる大切な宝石だよ」
「盗まれたんでしょ?」
「うん。売りに出されるものじゃないからね」
眉一つ動かさないゆえ。
「よくないねぇ」
眉をしかめたのはスプスタの最後の一人、久寝ねねこ。
紫の髪に瞳、髪で片目を隠しふわふわのアイマスクを額につけた少女。重度の引きこもりであり、ここ10年近く家から一歩も出たことが無い(らしい)箱入り娘。いつもユニコーンのぬいぐるみを抱えている愛らしい女の子である。
「落札されたらもう戻ってこないじゃろ」
「うん。家の方じゃ地球の弁護士をたくさん雇って、いろいろやってるみたいだよ。でも望み薄かな」
「そうなの?」
ヒメは法律関係のことはよくわからない。
「エルムアウリーと地球じゃ、法律も慣習もまるで違うからね。うちの星での盗難を理由に、地球にある宝石を取り戻そうとすると、裁判に何年かかるか、何十年かかるか。下手をすれば何百年かも。その間にエルムの星はどこかに消えてしまうよ」
全く他人事のような梓星ゆえ。
「どんな宝石なのさ?」久寝ねねこが尋ねる。
「もともとは梓星のおばあ様が身に着けていたの。エルムアウリーは1時間掘れば4回は鉱脈がみつかるくらいダイヤ埋蔵量の多い星だけど、自然保護のために採掘が抑えられてるから、とても希少なんだ。大粒なものは全て王家の財産になるんだよ。
中でもエルムの星は、女王になる女性が婚礼の際にはじめて身に着ける特別な宝石。でも、おばあさまはわりと普段使いしてたな。よく梓星に見せびらかしてきた。欲しいか?欲しいか?まだやらん!!ってね」
梓星ゆえが微笑んだ。
「思い出の宝石なんだね」
「まぁ、そうだね」
「なんとか取り返せないの?」
「仕方ないよ」
どこまでも優しい眼差しの梓星ゆえ。
「まさかゴチクン・キンニクビルに乗り込んで、強奪してくるわけにもいかないしね」
「ゴチクン・キンニクビルって?」
「今の宝石の持ち主のゴチクンっていう資産家が、金にあかして建てた変な形のビルだよ。階段が逆立ちしてるみたいな。形は変だけど、セキュリティは世界最新にして最高にして最強だって言われてる」
「世界最強のセキュリティねぇ。こわいこわい」
久寝ねねこが不敵に笑う。
「まぁたとえゴチクン・キンニクビルのセキュリティがPictoria本社と同等でも、同じことだよ。盗品だろうと梓星たちが盗んだら、それは犯罪」
梓星ゆえがたしなめるように言った。
「じゃあ取り戻す方法はないのかな?」
「現ナマを用意するっきゃないねぇ」ねねこが言う。
「ねねこちゃんなら用意できる?」
「プロデューサーに身売りさせてもむりポン」
突っ伏してとろけるねねこ。
「大丈夫。このことは実家がなんとかするよ。梓星のことを心配してくれてありがとう」
梓星ゆえは笑った。
これでエルムの星についての話は終了となり、話題は今後の配信のことに移っていった。
-------------
数日後。
サー姫らしく、リビングで寝っ転がってお菓子をむさぼりながらテレビを見ていたヒメ。番組がニュースに切り替わる。またエルムの星のニュースである。
ニュースキャスターがゲスト席についた大柄な男性にインタビューしていた。たいへんに個性的な男性だ。
肌がまっ黄色、髪は赤く、まるで鳥をスーツに押し込んだように見える。この人が資産家のゴチクン社長らしい。
ニュースキャスターが尋ねる。
「さて、来週ゴチクン・キンニクビルで開催されるオークションですが、注目はなんといってもエルムの星。どの程度の落札額を見込んでいらっしゃいますか?」
「まぁ5,000億は堅いだろう。俺の見立てでは、もっといくだろうな!」ゴチクン社長が豪快に笑う。
「史上最高と言われる価値の宝石だけに、盗難が心配されるところです。あの怪盗ザバス・ザマスがエルムの星を狙っているとの情報がありますが」
「ゴチクン・キンニクビルのセキュリティは最新にして最高にして最強だ。誰にも突破できん!それにもし盗っ人が億が一、いや兆が一セキュリティを突破できたとしても、オレ自らがぶった斬ってやる!!」
「えー、ゴチクンさんは剣術家としても有名でいらっしゃいます」
解説するキャスター。
ヒメは大した関心もなしに眺めていた。
梓星ゆえの言う通り、まさか盗み出すわけにもいかないのだ。そのご立派なビルにどんなセキュリティがあろうが、知ったことではない。
ニュースキャスターが話を続けた。
「エルムの星については盗品ではないかという噂がございます。エルムアウリー王家が法的手段に乗り出しているとの情報もありますが、いかがお考えですか?」
それを聞いたゴチクン社長は頭を真っ赤にしてカメラに身を乗り出した。
「知るか!!俺にとって大切なのはカネだけだ!!カネカネカネカネカネ!!!カネもってこい!!!カネだー!!!!!!!!」
「エ、エルムの星は、エルムアウリー王家にとって代々つたわる大切な宝石と言われていますが…」
「俺には関係ねェー!!!!宝石を戻して欲しければカネもってこい!!地球のカネだ!!カネ!!カネ!!カネ!!カネ!!カネ!!くだらねぇ感傷なんか犬に食わせろ!!カネより大切なものなんてねぇーーー!!わかったか!!!!???」
叫び続けるゴチクン社長。
ヒメはテレビを切った。
そして自室の個人用防音室に入ると、ビデオチャットで梓星ゆえと久寝ねねこを呼び出して言った。
「盗み出そう」
『…エルムアウリー星の至宝、エルムの星が東京でオークションにかけられることになりました。世界中の富豪から注目されています…』
関西某所の夜。乙姫家の食卓。
ヒメが家族と食卓を囲んでいたところ、テレビでそんなニュースが流れた。
日本のテレビでエルムアウリー星関連のニュースを放送するのは珍しい。ヒメにとってもMOKUROKUに採用されるまでは、あの星は教科書の中の存在でしかなかった。
「すげーでけーダイヤ。これいくらになるんだ?」
大学一回生の弟が呟いた。
「エルムアウリー星でも最大級のダイヤだからなぁ。まぁ日本円で3000~4000億はするんじゃないかなぁ」
チャーハンをすくいつつパパが話す。
「誰が買うんだそんなの」
「宝くじが当たっても買えないなぁ」
「はいはい。さっさとご飯を食べる」ママが男2人をたしなめる。
ヒメは無言でチャーハンをむぎゅむぎゅしていた。へぇ、あの星ダイヤとか採れるんだ。
『ただこのエルムの星については盗品との噂もあり、今後エルムアウリー星王家の反応が注目されるところです』
キャスターがニュースを締めくくった。
むぎゅ?
ヒメは驚いた。
エルムアウリー王家と言えば、
同じMOKUROKUでユニット『スタープリンセスター』を組んでいる、ゆえちゃんの家。あまりに身近すぎて実感がわかないけれど、ゆえちゃんは本物のプリン(セ)ス。家のことが世界的なニュースになってもおかしくはないのだ。
そういえばヒメ、ゆえちゃんの星のことぜんぜん知らないな。
梓星ゆえは、自分の星のことをあまり話さない。
自然の豊かな星だとは聞いている。
観光客を受け入れたり、地球と貿易したりという話は耳にしたことがない。日本と国交があるのかどうかすら定かではない…。
梓星ゆえがいる以上、あるのだろうけれど。
地球とエルムアウリーを行き来している人間も多少はいるのだろう。盗難事件くらいあっても不思議ではない。
あまり他人の家庭の事情に首を突っ込むのもどうかと思ったが、ことがニュースになるほどの大事件だ。話題にしても構わないだろう。
ヒメはビデオチャットでスタープリンセスターの2人と話すことに決めた。
---------------------
「そのニュースは知ってるけど。梓星は特に興味はないかな」
スリープリンセスター略してスプスタのチャットルーム。
濃紫の髪にティアラを載せた、左右色違いの目の美少女、梓星ゆえはヒメの問いにそう答えた。
エルムエウリー星、次期王位継承者。梓星ゆえ王太子。
その彼女がなぜ地球でYourtuberをやっているのか、ヒメは知らない。本人は留学だとかなんだとか言っていたが。
「でもすっごい高い宝石なんでしょ?」
「それはそう。あれは王家に伝わる大切な宝石だよ」
「盗まれたんでしょ?」
「うん。売りに出されるものじゃないからね」
眉一つ動かさないゆえ。
「よくないねぇ」
眉をしかめたのはスプスタの最後の一人、久寝ねねこ。
紫の髪に瞳、髪で片目を隠しふわふわのアイマスクを額につけた少女。重度の引きこもりであり、ここ10年近く家から一歩も出たことが無い(らしい)箱入り娘。いつもユニコーンのぬいぐるみを抱えている愛らしい女の子である。
「落札されたらもう戻ってこないじゃろ」
「うん。家の方じゃ地球の弁護士をたくさん雇って、いろいろやってるみたいだよ。でも望み薄かな」
「そうなの?」
ヒメは法律関係のことはよくわからない。
「エルムアウリーと地球じゃ、法律も慣習もまるで違うからね。うちの星での盗難を理由に、地球にある宝石を取り戻そうとすると、裁判に何年かかるか、何十年かかるか。下手をすれば何百年かも。その間にエルムの星はどこかに消えてしまうよ」
全く他人事のような梓星ゆえ。
「どんな宝石なのさ?」久寝ねねこが尋ねる。
「もともとは梓星のおばあ様が身に着けていたの。エルムアウリーは1時間掘れば4回は鉱脈がみつかるくらいダイヤ埋蔵量の多い星だけど、自然保護のために採掘が抑えられてるから、とても希少なんだ。大粒なものは全て王家の財産になるんだよ。
中でもエルムの星は、女王になる女性が婚礼の際にはじめて身に着ける特別な宝石。でも、おばあさまはわりと普段使いしてたな。よく梓星に見せびらかしてきた。欲しいか?欲しいか?まだやらん!!ってね」
梓星ゆえが微笑んだ。
「思い出の宝石なんだね」
「まぁ、そうだね」
「なんとか取り返せないの?」
「仕方ないよ」
どこまでも優しい眼差しの梓星ゆえ。
「まさかゴチクン・キンニクビルに乗り込んで、強奪してくるわけにもいかないしね」
「ゴチクン・キンニクビルって?」
「今の宝石の持ち主のゴチクンっていう資産家が、金にあかして建てた変な形のビルだよ。階段が逆立ちしてるみたいな。形は変だけど、セキュリティは世界最新にして最高にして最強だって言われてる」
「世界最強のセキュリティねぇ。こわいこわい」
久寝ねねこが不敵に笑う。
「まぁたとえゴチクン・キンニクビルのセキュリティがPictoria本社と同等でも、同じことだよ。盗品だろうと梓星たちが盗んだら、それは犯罪」
梓星ゆえがたしなめるように言った。
「じゃあ取り戻す方法はないのかな?」
「現ナマを用意するっきゃないねぇ」ねねこが言う。
「ねねこちゃんなら用意できる?」
「プロデューサーに身売りさせてもむりポン」
突っ伏してとろけるねねこ。
「大丈夫。このことは実家がなんとかするよ。梓星のことを心配してくれてありがとう」
梓星ゆえは笑った。
これでエルムの星についての話は終了となり、話題は今後の配信のことに移っていった。
-------------
数日後。
サー姫らしく、リビングで寝っ転がってお菓子をむさぼりながらテレビを見ていたヒメ。番組がニュースに切り替わる。またエルムの星のニュースである。
ニュースキャスターがゲスト席についた大柄な男性にインタビューしていた。たいへんに個性的な男性だ。
肌がまっ黄色、髪は赤く、まるで鳥をスーツに押し込んだように見える。この人が資産家のゴチクン社長らしい。
ニュースキャスターが尋ねる。
「さて、来週ゴチクン・キンニクビルで開催されるオークションですが、注目はなんといってもエルムの星。どの程度の落札額を見込んでいらっしゃいますか?」
「まぁ5,000億は堅いだろう。俺の見立てでは、もっといくだろうな!」ゴチクン社長が豪快に笑う。
「史上最高と言われる価値の宝石だけに、盗難が心配されるところです。あの怪盗ザバス・ザマスがエルムの星を狙っているとの情報がありますが」
「ゴチクン・キンニクビルのセキュリティは最新にして最高にして最強だ。誰にも突破できん!それにもし盗っ人が億が一、いや兆が一セキュリティを突破できたとしても、オレ自らがぶった斬ってやる!!」
「えー、ゴチクンさんは剣術家としても有名でいらっしゃいます」
解説するキャスター。
ヒメは大した関心もなしに眺めていた。
梓星ゆえの言う通り、まさか盗み出すわけにもいかないのだ。そのご立派なビルにどんなセキュリティがあろうが、知ったことではない。
ニュースキャスターが話を続けた。
「エルムの星については盗品ではないかという噂がございます。エルムアウリー王家が法的手段に乗り出しているとの情報もありますが、いかがお考えですか?」
それを聞いたゴチクン社長は頭を真っ赤にしてカメラに身を乗り出した。
「知るか!!俺にとって大切なのはカネだけだ!!カネカネカネカネカネ!!!カネもってこい!!!カネだー!!!!!!!!」
「エ、エルムの星は、エルムアウリー王家にとって代々つたわる大切な宝石と言われていますが…」
「俺には関係ねェー!!!!宝石を戻して欲しければカネもってこい!!地球のカネだ!!カネ!!カネ!!カネ!!カネ!!カネ!!くだらねぇ感傷なんか犬に食わせろ!!カネより大切なものなんてねぇーーー!!わかったか!!!!???」
叫び続けるゴチクン社長。
ヒメはテレビを切った。
そして自室の個人用防音室に入ると、ビデオチャットで梓星ゆえと久寝ねねこを呼び出して言った。
「盗み出そう」
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