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おとひめつづりはあくやくれいじょう

翌日。
モークロック学園の教室では、兵学の授業が行われていた。
軍服らしき服装の禿げ頭の教師が、黒板に図を書いている。
「さて、敵はこのようにオークが200匹。平原の中央に布陣している。
こちらの手勢は軽装の新兵が200。100ずつに分かれ二つの街道から進軍中である。
平原の手前には湖がある。さあネマくん。君ならこの兵をどのように指揮するかね」

指されたネマが慌てて立ち上がる。
「あ、あの。平原で合流して戦えばいいと思います!」
教師は渋い顔をした。
「ネマくん。そのようなことをすれば合流前に各個撃破され、しかも湖で退路が無く、全滅してしまうだろう。
君は兵学の基礎からやり直した方が良さそうだ」
教室がわっと爆笑に包まれる

「では、そうだな。ライヒメシアくん、模範を示してくれたまえ」
「へっ?」
半分眠りかけていたヒメ。あわてて立ち上がった。
しかし戦いのことなど全くわからない。
「ええええっと、もっと強い人に沢山来てもらって戦ってもらえばいいんじゃないかなーって…?」

静まり返る教室。
教師の顔がほころんだ。
「素晴らしい!十分な装備をした精兵を用意し、大軍でぶつける。
これに勝る戦略は無い。こざかしい戦術など無用だ。
この基本を忘れる者が実に多い。ライヒメシアくんは実に聡明だな」
部屋が拍手に包まれる。

「ヒメ様。さすがだな」
カイドーから熱い尊敬の眼差し。
…いや、困るんだけど。

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次は運動場で魔法の実技訓練。
模擬標的に向かって攻撃魔法をぶっぱなすという単純な授業である。

教官が告げた。
「魔王復活の時が迫る昨今、未来のアケド王国の指導者である、あなた方への期待はさらに高くなっています。武術はもちろん、魔法も使いこなせなければなりません。
ではまず…ネマ様。氷の魔法で模擬標的を攻撃してみてください」
「は、はい!!」

進み出るネマ。
両手を前に突き出して構える。
周囲に風が集まり始めた。
「氷の精霊よ…極地の冷気よ…集え!『ダジャレ・スベル』!!!」

冷たい空気が吹き抜けた。

「ネマ様。ありがとうございました。しかし貴方の魔法では、蟻一匹倒すことができないでしょう」
教官が氷のような眼差しで告げた。
生徒たちの反応も冷え切っている。

「では…そうですね。ライヒメシア様、お手本をお願いします」

いや、むりむり絶対無理!!
ヒメは内心で悲鳴をあげた。
今までの授業は偶然が味方しなんとかなったが、ヒメは純正地球人である。魔法なんか使えない!

うなだれて前に出るヒメ。
模擬標的を見る。
すると自然と体が動いた。体が自分のものではないように。
そして叫んでいた。

「『ガキコリオ!!!』」
運動場にあった10体ほどの模擬標的が全て氷漬けになった。

あ、これは。
あれだ。
ステータスオープン。ヒメは小声で呟いた。

『乙姫つづり 勇者
 状態:おつむ以外は正常 魂3つ
 LV 999
 HP 9999/9999
 MP 9998/9999』

勇者のままだ!
いや、まぁいいんだけど。ダメダ・メー。ひとこと言っておいて欲しかった。
ん?魂3つ?
一つはヒメ。一つはライヒメシアとして…?

「素晴らしい!ライヒメシア様!たゆまぬ勉学の成果ですね!」
教官が手を叩いて称賛する。

「さすがヒメ様です。恐れ入りました」
ギン・フレから熱い尊敬の眼差し。
…いや、困るんだけど。

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学園の放課後。
校舎前広場は出迎えの馬車でにぎわっている。
その中をとぼとぼと徒歩で帰ろうとするネマを、ヒメが呼び止めた。

「ネマ?ちょっといい?」
「な、なんでしょうかライヒメシア様?」
「ちょっとうちの屋敷に寄っていかない?」
「ふぇ?」
露骨に身を引くネマ。
「大丈夫だよ。痛いこととか気持ち悪いことしないから」
「ほ、ほんとーですか?」
「本当だよ」
「ほんとうにほんとーですか?」
「本当だって」
「ほんとうにほんとうにほんとーですか?」
「いいから乗れ」
ヒメはネマを馬車に放り込んだ。


ヒメの自宅の屋敷。
実家はアケド王国有数の貴族らしく、さすがに豪華である。
ネマは慣れないのかきょろきょろしていた。
ヒメも慣れない。昨日は大変だった。
ユーネがいなければどうにもならなかっただろう。

メイドにお茶を用意させて、客間のテーブルにつく。
次々と運ばれてくる美麗なお茶菓子に目を輝かせるネマ。

「気楽にしてネマ。今日は友達としてあなたを呼んだの」
「とととと友達ですか…」
ネマは脂汗だらだらである。
「ごめんね。今まであなたにちょっとつらく当たってたみたいで」
「いいいいえそんな」
「今日は仲直りしたいと思って来てもらったんだよ」
「そそそそんなもったいないです……」
こちらと視線を合わせようともしないネマ。

「ネマ。ヒメを見て。なんか変わったでしょう?もうひどいことしたりしないから」
「はははい。確かに昨日から、何かお変わりになりました」
「やっぱりわかった?」
「はい。もともと優秀な方だと思っていましたが、昨日からは今まで以上に…」
「え?えへへ、それは嬉しいな。
それでネマ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか…」
「ギン・フレとカイドーについて、ネマはどう思ってるの?」
「えと、よくネマをかばってくれる親切な人です」
「…それだけ?」
「感謝してます。前は他にも何人か、かばってくれる人がいたんですが、
ライヒメシア様の嫌がらせで…じゃなくって、自然といなくなって、今ではお二人だけです」
「もっとこー、胸がときめいたりとかは?」
「???」

これは困った。
あの二人だけでなく、ネマの方も二人に全く恋愛感情を抱いていない。
卒業式までに間に合うのだろうか……
ん?卒業?

「ネマ。ヒメたちの卒業式っていつだっけ」
「来週ですよ?」

おい。

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ネマを馬車で家に送らせてから、ヒメはユーネをテーブルの対面に座らせた。

「あのさ、ヒメはネマをギン・フレかカイドーとくっつけたいんだけど、
どうすればいいと思う?」
「それは難しいのではないでしょうか、ヒメお嬢様」
ユーネが神妙に答えた。
「ギン・フレ様は第三王子にして学園きっての秀才、カイドー様は将来の将軍と噂されるほどの豪傑、対してネマ様はあまり評判が芳しくありませんし、家柄も劣ります。
とても釣り合うとは言いかねます」
「え?評判悪いの?あの子」
素直で可愛らしい少女に見えたが。

「人格的な面の話ではございません。
アケド王国の貴族たるもの、たとえ女性であろうとも文武両道であることが求められます。
まして魔王復活の時が迫り、昨年などこの王都に、魔王に操られ感情を失った水の精霊たちの襲撃があったばかり。
ネマ様は座学についてはまだぎりぎり及第点ですが、実技についてはからきしでございます」

なるほど。
この世界、特に貴族階級は徹底した実践能力主義。
ドジっ子小動物系ヒロインは受けが悪いという事か。
この評価を来週までにくつがえし、ギン・フレかカイドーの目をネマに向けなければならない。

「ヒメお嬢様、大丈夫ですか?少々顔色が優れないようですが」
「ん? いやちょっとめまいがね。だいじょーぶだいじょーぶ」
強がりつつも、ヒメはもう全てを投げ出して帰りたくなっていた。
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