おとひめつづりはあくやくれいじょう
教室では教鞭を持った老齢の女性教師が待っていた。
「さて、ギン・フレ様、カイドー様、ライヒメシア様、ネマ様。
授業に遅れた理由をお聞かせいただきましょうか」
「はっ。ネマ嬢とライヒメシア嬢の侍女が転倒するという痛ましい事故が起きたため、我々二人が介抱とエスコートをしていたため遅れてしまいました。
罰をくださるなら、私とカイドー二人に」
ギン・フレが淀みなく答える。
微笑む教師。
「素晴らしい。紳士にふさわしい答えです。席につきなさい」
さすが知性派のギン・フレである。上手にかわした。感心するヒメ。
4人が空いていた席につくと、教師が語りだした。
「それでは古代ネンネン語の授業を始めます」
黒板にアルファベットのようなものを書いていく教師。
地球の字に似ているが、内容はヒメにはチンプンカンプンである。
この世界の人達は日本語を喋っているわけではない。
一般的な言葉が通じるのは『女神ぱわー』のおかげだ。
古代ネンネン語とやらもわかるようにしておいて欲しかった。
「さて、ネマ様」
「はいっ!!」
指されて跳びあがるネマ。
黒板に『SAN値』と書く教師。
「これはネンネン語における重要概念の略称ですが、どのような意味であるかわかりますか?」
「えええーっっと。Sanity…?」
教室がどっと笑いに包まれる。
教師も目を丸くしている。
「ネマ様。勉学が少々足りないようですね。よりによってSanityとは!!」
「はうぅ~。申し訳ございません~」
滝のような涙を流すネマ。
「それでは…ライヒメシア様。いかがですか?」
よりにもよって教師がこちらに視線を向けた。
「え、えええええ?????」
立ち上がるヒメ。
そ、そんなこと言われてもわかるわけないじゃん!!?
ネンネン語なんて今日はじめて聞くのに!
目と頭がぐるぐるするヒメ。
思わず口から出たのは……
「え、えと、その…すーぱー・あめいじんぐ・なう?」
教室が静まり返る。
すると教師が歓喜の表情で拍手した。
「素晴らしい!さすが当学園きっての才女!!完璧な回答です!」
「さすがライヒメシア様」
ギン・フレが敬愛の眼差しでこちらを見つめる。
適当に口に出した言葉が当たってしまった。
ヒメはひどく赤面した。
次の授業は運動場での剣術。
なんと男女合同での実技訓練である。
ヒメは困った。
こちとらかよわい乙女である。背もかなり低い方だ。
もちろん剣などまともに振ったことはない。
…クロレ・キッシーで勇者をやったのに、振ったことすらないのだ。恐ろしいことに。
さらに本日の相手に選ばれたのは、あのカイドー。
まず背の高さが違う、腕の長さが違う、筋力量が違う、持てる剣の長さが違う。
そしてカイドー、どこからどう見ても『できる』男である。
恐ろしいことにこの組み合わせは、生徒の実力を考慮してのものらしい。
本物のライヒメシア様はよほど優秀だったのか、豪傑だったのか。
「お手柔らかに頼みますよ、ヒメ様」剣を担いだカイドーが笑う。
「お、お、お願いします」
ヒメは訓練用の剣を構えた。
「はじめ!」
教官が告げた。
いや、告げるか告げ終わらないかの刹那、迅雷のごとくカイドーの剣先がヒメに右腕を打った。
かに見えた。
しかし剣先は空を切っていた。
ヒメは左に滑っていた。ヒメ自身にすら理解できない反応で。
まるで体が自分のものではないようだった。
そして剣をカイドーの喉に向かって突き出した。
切っ先は喉元でぴたりと止まった。
緊張の何秒かが過ぎた。
「降参だ…」
カイドーが防具を脱ぐ。
「いつの間にそこまで腕を上げた?ヒメ様?」
冷や汗を流しつつ苦笑するカイドー。
ヒメは唖然としていた。
今のはなに。
まさかライヒメシアの意識が自分を操った?
いや、それはない。
カイドーの反応からして、ライヒメシアの腕はせいぜい彼と同程度のはず。
「ぐ、偶然だよ。ヒメさいきん、運動がんばってたし」
「そうか?謙遜するな。俺の見たところ教官以上の動きだったぞ」
「そんなことないよぉ」
頭をかいてごまかすヒメ。
「ぎゃっ!!」
と背後で悲鳴が。
振り向くと、女生徒を相手にしていたネマがすっ転がっていた。
「ったくアイツはだらしねーなぁ。少しはヒメ様を見習えってんだ」
カイドーが呆れて溜息を吐いた。
下校の時間。
ライヒメシアお嬢様には、4輪仕立ての洒落た馬車がお出迎えである。
ヒメは御者の横に座ろうとするユーネを、なかば無理やり中に引っ張り込んだ。
「ユーネ。いくつか確認しておきたいことがあるんだけど」
「はい。ユーネごときにわかることでしたら、なんなりと」
「ネマってどういう子?」
「ネマ様ですか?ヌエペ家のお嬢様でいらっしゃいます」
「ヌエペ家って?」
「こう言ってはなんですが……田舎の取るに足らない小貴族でございます。モークロック学園にネマ様の入学が許可されたのも奇跡のようなものでございます」
「ふーん」
「実は彼女が王家の血を引いているなどという噂もございますが、取るに足らぬ流言の類でしょう」
「あ、それホント」
「はい?」
「いーのいーの」
ヒメは窓から外の様子を覗き見た。
石造りの街並みが続いている。文明のレベルは中世というより近世以降か。
街に貧困の陰りはない。平民の子供たちも元気そうだ。アケド王国は繫栄しているようだ。
「ところでユーネ。ヒメたち、前にも会ったことない?」
「はい?ユーネは毎日、ヒメお嬢様にお仕えしておりますが」
「そうじゃなくて…えーと、クロレ・キッシーで…」
「あっ」
ユーネが微笑んだ。
「ヒメお嬢様の、自分は魔王で世界を滅ぼすとかいう黒歴史ノートのことでしたら、このユーネ誰にも話しておりませんわ。
もし誓いを破っておりましたら、ユーネの口を引き裂いてくださいませ」
「そういうことじゃなくて!」
ライヒメシアも作ってたのか、黒歴史ノート。
「まぁ、いっか。それよりもネマのことを聞きたいんだけど。ずばりネマとヒメってどういう関係?」
「ヒメお嬢様は学園の皆様に慕われていらっしゃいますよ。もちろんネマ様にも」
「それで本当のところは?」
「厳しい"しつけ"をなさるので、魔王ゴチクンのごとく恐れられています」
「はぁ、やっぱり。それでギン・フレとカイドーは、ネマのことをどう思ってるの?」
「どうと申されましても。普通の同級生かと」
「恋愛的な意味で」
「ヒメお嬢様。お嬢様のようなご身分の方がそのような話をなさるのはどうかと……」
「いいから」
「特にそういった感情を抱いては、いらっしゃらないのではないでしょうか」
前途多難だ。
ヒメはクッションの効いた椅子に座り込んだ。
馬車が石畳を進む軽快な音が響いている。
そうだ。ダメダ・メーと連絡がとれるんだった。
状況を伝えて相談しよう。
ショルダーバッグからスマホを取り出して、limeを確認する。
女神ちゃん☆ (423)
ヒメはそっとスマホをバッグに戻した。
「さて、ギン・フレ様、カイドー様、ライヒメシア様、ネマ様。
授業に遅れた理由をお聞かせいただきましょうか」
「はっ。ネマ嬢とライヒメシア嬢の侍女が転倒するという痛ましい事故が起きたため、我々二人が介抱とエスコートをしていたため遅れてしまいました。
罰をくださるなら、私とカイドー二人に」
ギン・フレが淀みなく答える。
微笑む教師。
「素晴らしい。紳士にふさわしい答えです。席につきなさい」
さすが知性派のギン・フレである。上手にかわした。感心するヒメ。
4人が空いていた席につくと、教師が語りだした。
「それでは古代ネンネン語の授業を始めます」
黒板にアルファベットのようなものを書いていく教師。
地球の字に似ているが、内容はヒメにはチンプンカンプンである。
この世界の人達は日本語を喋っているわけではない。
一般的な言葉が通じるのは『女神ぱわー』のおかげだ。
古代ネンネン語とやらもわかるようにしておいて欲しかった。
「さて、ネマ様」
「はいっ!!」
指されて跳びあがるネマ。
黒板に『SAN値』と書く教師。
「これはネンネン語における重要概念の略称ですが、どのような意味であるかわかりますか?」
「えええーっっと。Sanity…?」
教室がどっと笑いに包まれる。
教師も目を丸くしている。
「ネマ様。勉学が少々足りないようですね。よりによってSanityとは!!」
「はうぅ~。申し訳ございません~」
滝のような涙を流すネマ。
「それでは…ライヒメシア様。いかがですか?」
よりにもよって教師がこちらに視線を向けた。
「え、えええええ?????」
立ち上がるヒメ。
そ、そんなこと言われてもわかるわけないじゃん!!?
ネンネン語なんて今日はじめて聞くのに!
目と頭がぐるぐるするヒメ。
思わず口から出たのは……
「え、えと、その…すーぱー・あめいじんぐ・なう?」
教室が静まり返る。
すると教師が歓喜の表情で拍手した。
「素晴らしい!さすが当学園きっての才女!!完璧な回答です!」
「さすがライヒメシア様」
ギン・フレが敬愛の眼差しでこちらを見つめる。
適当に口に出した言葉が当たってしまった。
ヒメはひどく赤面した。
次の授業は運動場での剣術。
なんと男女合同での実技訓練である。
ヒメは困った。
こちとらかよわい乙女である。背もかなり低い方だ。
もちろん剣などまともに振ったことはない。
…クロレ・キッシーで勇者をやったのに、振ったことすらないのだ。恐ろしいことに。
さらに本日の相手に選ばれたのは、あのカイドー。
まず背の高さが違う、腕の長さが違う、筋力量が違う、持てる剣の長さが違う。
そしてカイドー、どこからどう見ても『できる』男である。
恐ろしいことにこの組み合わせは、生徒の実力を考慮してのものらしい。
本物のライヒメシア様はよほど優秀だったのか、豪傑だったのか。
「お手柔らかに頼みますよ、ヒメ様」剣を担いだカイドーが笑う。
「お、お、お願いします」
ヒメは訓練用の剣を構えた。
「はじめ!」
教官が告げた。
いや、告げるか告げ終わらないかの刹那、迅雷のごとくカイドーの剣先がヒメに右腕を打った。
かに見えた。
しかし剣先は空を切っていた。
ヒメは左に滑っていた。ヒメ自身にすら理解できない反応で。
まるで体が自分のものではないようだった。
そして剣をカイドーの喉に向かって突き出した。
切っ先は喉元でぴたりと止まった。
緊張の何秒かが過ぎた。
「降参だ…」
カイドーが防具を脱ぐ。
「いつの間にそこまで腕を上げた?ヒメ様?」
冷や汗を流しつつ苦笑するカイドー。
ヒメは唖然としていた。
今のはなに。
まさかライヒメシアの意識が自分を操った?
いや、それはない。
カイドーの反応からして、ライヒメシアの腕はせいぜい彼と同程度のはず。
「ぐ、偶然だよ。ヒメさいきん、運動がんばってたし」
「そうか?謙遜するな。俺の見たところ教官以上の動きだったぞ」
「そんなことないよぉ」
頭をかいてごまかすヒメ。
「ぎゃっ!!」
と背後で悲鳴が。
振り向くと、女生徒を相手にしていたネマがすっ転がっていた。
「ったくアイツはだらしねーなぁ。少しはヒメ様を見習えってんだ」
カイドーが呆れて溜息を吐いた。
下校の時間。
ライヒメシアお嬢様には、4輪仕立ての洒落た馬車がお出迎えである。
ヒメは御者の横に座ろうとするユーネを、なかば無理やり中に引っ張り込んだ。
「ユーネ。いくつか確認しておきたいことがあるんだけど」
「はい。ユーネごときにわかることでしたら、なんなりと」
「ネマってどういう子?」
「ネマ様ですか?ヌエペ家のお嬢様でいらっしゃいます」
「ヌエペ家って?」
「こう言ってはなんですが……田舎の取るに足らない小貴族でございます。モークロック学園にネマ様の入学が許可されたのも奇跡のようなものでございます」
「ふーん」
「実は彼女が王家の血を引いているなどという噂もございますが、取るに足らぬ流言の類でしょう」
「あ、それホント」
「はい?」
「いーのいーの」
ヒメは窓から外の様子を覗き見た。
石造りの街並みが続いている。文明のレベルは中世というより近世以降か。
街に貧困の陰りはない。平民の子供たちも元気そうだ。アケド王国は繫栄しているようだ。
「ところでユーネ。ヒメたち、前にも会ったことない?」
「はい?ユーネは毎日、ヒメお嬢様にお仕えしておりますが」
「そうじゃなくて…えーと、クロレ・キッシーで…」
「あっ」
ユーネが微笑んだ。
「ヒメお嬢様の、自分は魔王で世界を滅ぼすとかいう黒歴史ノートのことでしたら、このユーネ誰にも話しておりませんわ。
もし誓いを破っておりましたら、ユーネの口を引き裂いてくださいませ」
「そういうことじゃなくて!」
ライヒメシアも作ってたのか、黒歴史ノート。
「まぁ、いっか。それよりもネマのことを聞きたいんだけど。ずばりネマとヒメってどういう関係?」
「ヒメお嬢様は学園の皆様に慕われていらっしゃいますよ。もちろんネマ様にも」
「それで本当のところは?」
「厳しい"しつけ"をなさるので、魔王ゴチクンのごとく恐れられています」
「はぁ、やっぱり。それでギン・フレとカイドーは、ネマのことをどう思ってるの?」
「どうと申されましても。普通の同級生かと」
「恋愛的な意味で」
「ヒメお嬢様。お嬢様のようなご身分の方がそのような話をなさるのはどうかと……」
「いいから」
「特にそういった感情を抱いては、いらっしゃらないのではないでしょうか」
前途多難だ。
ヒメはクッションの効いた椅子に座り込んだ。
馬車が石畳を進む軽快な音が響いている。
そうだ。ダメダ・メーと連絡がとれるんだった。
状況を伝えて相談しよう。
ショルダーバッグからスマホを取り出して、limeを確認する。
女神ちゃん☆ (423)
ヒメはそっとスマホをバッグに戻した。