おとひめつづりはあくやくれいじょう
さま…ヒメさま…!!
誰かが呼ぶ声。
はじめて聞くような。
それでいて、どこか懐かしいような。
小さな鈴が鳴るような、可愛らしい声。
さま…ヒメさま…!!
「ライヒメシア様?」
目を開けると、飛び込んできたのは紺色のドレスに赤いエプロンをした少女。
「大丈夫ですか、ヒメお嬢様?」
ヒメは身を起こした。
ここは大理石をしきつめた廊下。
内庭に面していて、青々とした芝生と、色鮮やかな花壇が目にまぶしい。
そう、自分は確かまた異世界に転移して…
「えと、ここはどこ?」少女に尋ねる。
「モークロック学園でございますよ?お嬢様」
「ヒメは誰?」
「ヒメお嬢様はヒメお嬢様です。ライヒメシアお嬢様でございますよ?」
自分の姿を確認してみる。水色のスカートと白いブラウスの配信用ドレス。
洒落たショルダーバッグ。可愛い黒の靴。頭の上にはブルーのティアラ。いつも通り。
これが少女にはライヒメシアに見えているようだ。
「あなたは?」
「侍女のユーネでございます」
「ユーネ??」
「はい。お忘れですか?」
思わずまじまじと見つめてしまう。
「えっと、ヒメはここで何をしてたの?」
「次の授業の教室に向かう途中でございますヒメお嬢様。
急に眠り込んでしまわれまして。どこかお具合が悪いのですか?」
「ううん。大丈夫。心配かけてごめんね」
「そのようなお言葉。ユーネにはもったいのうございます」
かしこまるユーネ。
ヒメは周囲を見回した。
石造りの重厚な校舎。アーチ型の窓が並び、この世界では貴重なガラスが惜しげもなくはめ込まれている。
中庭を挟んで見えるのは、高い塔をいくつも備えた荘厳な建築物。
ここアケド王国における主要な宗教である、永遠奇跡教会の聖堂である。
さすが貴族階級の子女だけが入学を許される、モークロック学園だ。
…なぜヒメがこのような知識を有しているかというと、
今回はダメダ・メーから、あるていどの事前情報を叩きこまれてきたからである。
「じゃあユーネ。遅れないよう次の教室にいこうか」
ヒメとネマは同じ学級である。教室に行けば会えるはずだ。
まずは接触することが第一である。
「はい、ヒメお嬢様」
ユーネが重そうなカバンを持ち上げた。
そこに。
「いっけなーい!!遅刻!遅刻しちゃうよぉぉ!!」
えんじ色の制服を着た金髪おさげの少女が突っ込んできて、ユーネにどかーん!と、ぶつかった。
床に転がる2人。
「ちょ、ちょっとなに!!?」
「あー!!ごめんなさいごめんなさい!!って、ライヒメシア様!!?」
起き上がってこちらを見るなり顔を真っ青にしたのは、
金髪おさげの少女、まぎれもないこの世界の主人公、ネマだった。
「も、申し訳ございません!
ライヒメシア様の侍女の方にぶつかってしまい、どのようにお詫びをしたらいいか!!!
このネマ、自分がこの世に生まれてきた日を憎みますぅぅぅぅ!!!
なんで生まれてきたネマ!!なんで生まれてきたネマ!!」
号泣しながら土下座するネマ。
え?え?
ヒメとこの子ってどういう関係?
ユーネが立ち上がる。怪我はないようだ。
「え、えと、ネマ? ユーネは怪我もないみたいだし、そんなに謝らなくていいよ?」
「え?」
「え?」
きょとんとするユーネとネマ。
「え?」
こっちもきょとんだ。
「お待ちください!」
そこに凛とした若い男の声が響いた。
ネマが来たのとは反対側の廊下から、学生が2人。
片方は黒髪で細身。銀フレームの眼鏡をかけたハンサムな青年だ。
「ライヒメシア様。どうかお気を鎮めくださいませ。
このネマに非があるとは言え、あまり責めるのは貴女の品位まで傷つけかねません」
ネマと同じくえんじ色の制服を着た彼は、アケド王国の第三王子ギン・フレだ。
攻略対象キャラの一人。
…まぁ、それはいいとして、ヒメは別に責めてないんだけど。
「まぁこいつが頭下げてんだ、頼むよライヒメシア様」
そう豪放そうに笑むのは、もう片方の学生。対照的に屈強な茶髪の青年。
ギン・フレの従兄のカイドー卿。こちらもネマの攻略対象キャラの一人だ。
「な、頼むよ。ネマも悪気があってやってるわけじゃないんだ。
俺がかわりに謝る。厳しくしないでやってくれ。たのんますよ。
なんとか、な?」
「言葉づかいが悪いぞカイドー」
「堅苦しいこと言うなギン・フレ。おっと失礼、ライヒメシア様」
えーと?
なにやらひどい誤解があるようですが?
ヒメは別に怒ってないんですけど?
というかヒメ、狂犬みたいに思われてない?
「あのー、えーと、ヒメはべつにー…」
「ヒメお嬢様」
ユーネが笑顔で割り込んだ。
「本日の"しつけ"はどの器具を使用されますか?」
そして手に持ったカバンを開ける。
中にはペンチ・ハンマー・鞭・その他謎の金属器具類多数が並んでいた。
「いやああああああああーーーーーっっ!!!!!!!」
ネマが悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと、これは何っ!? ヒメは何を…しつけって何のことっ!??」
「しつけはしつけでございます、ヒメお嬢様。
ネマ様が粗相をなされた時に、お嬢様が愛をもってなされるご指導でございますわ」
「指導ってどんなっ!!?」
「昨日はネマ様にその辺で捕まえた虫をお食べさせになりました。
一昨日は一日の飲み物を全て苦丁茶にされました。
その前は、お茶の時間にからしシュークリームをお腹いっぱいごちそうされましたし…」
「ライヒメシア様。あなたがネマの教育に熱心なのは頭が下がるが、
少々やりすぎではないかと思う」と、困ったように微笑むギン・フレ。
「毎日食堂で吐き戻されると、こっちのメシまでまずくなっちまうぜ」
カイドーは不満げに腕を組んでいる。
こ、これは…。
悪だ。
悪役だ。
まぎれもなく悪役だ。
ライヒメシア侯爵令嬢は。
ヒメは。
もしかしなくても悪役令嬢なんじゃない!!?
ダメダ・メーめ!!!!
ネマのサポートをするヒメを、よりによって悪役令嬢に転移させるかぁ!?
と、とにかくここは誤解を解かなくては。
「あの、ヒメはべつに…」
「だが!!」
ギン・フレがネマに指をつきつけた。
「そもそも原因は、ネマ!
いつも落ち着きがなく、淑女としての自覚が足りない君にある!!
ほら、ライヒメシア様に謝罪したまえ!!」
「そうだぞ」
カイドーが続ける。
「ライヒメシア様は身分の分け隔てなく、家臣を大切にされる方。
だから自分の侍女に体当たりされて怒ってんだ!!
もっときちんと謝れ!!」
…
……
え?
ダメダ・メーの話では、まだネマとのフラグが完全に折れていない攻略対象は、この2人だけだとのこと。
にしては、ネマに対する当たりが強くない!!?
「ヒメ様~。申し訳ございません~。お許しください~。
ネマはアケド王国の寄生虫でございます~」
土下座を再開するネマ。
「いえ、ネマ。その、ヒメ怒って無いから。本当に怒ってないから。
ほら、立って。立って?」
ネマの手を取る。
「え」
「え」
「え」
「え」
ネマ、ギン・フレ、カイドー、ユーネの驚愕の視線がヒメに集まった。
その時、どこかで教会のような鐘が鳴り始めた。
「いけません。授業がはじまります。急がなくては」ギン・フレがさっと手を差し出してきた。
一瞬ためらったが、その手に手をあずけるヒメ。
「ま、まいりましょう」
こうして5人は大急ぎで紳士淑女らしくしずしずと教室に向かった。
(こりゃ前途多難だぁ…)
ヒメはこっそりため息をついた……。
誰かが呼ぶ声。
はじめて聞くような。
それでいて、どこか懐かしいような。
小さな鈴が鳴るような、可愛らしい声。
さま…ヒメさま…!!
「ライヒメシア様?」
目を開けると、飛び込んできたのは紺色のドレスに赤いエプロンをした少女。
「大丈夫ですか、ヒメお嬢様?」
ヒメは身を起こした。
ここは大理石をしきつめた廊下。
内庭に面していて、青々とした芝生と、色鮮やかな花壇が目にまぶしい。
そう、自分は確かまた異世界に転移して…
「えと、ここはどこ?」少女に尋ねる。
「モークロック学園でございますよ?お嬢様」
「ヒメは誰?」
「ヒメお嬢様はヒメお嬢様です。ライヒメシアお嬢様でございますよ?」
自分の姿を確認してみる。水色のスカートと白いブラウスの配信用ドレス。
洒落たショルダーバッグ。可愛い黒の靴。頭の上にはブルーのティアラ。いつも通り。
これが少女にはライヒメシアに見えているようだ。
「あなたは?」
「侍女のユーネでございます」
「ユーネ??」
「はい。お忘れですか?」
思わずまじまじと見つめてしまう。
「えっと、ヒメはここで何をしてたの?」
「次の授業の教室に向かう途中でございますヒメお嬢様。
急に眠り込んでしまわれまして。どこかお具合が悪いのですか?」
「ううん。大丈夫。心配かけてごめんね」
「そのようなお言葉。ユーネにはもったいのうございます」
かしこまるユーネ。
ヒメは周囲を見回した。
石造りの重厚な校舎。アーチ型の窓が並び、この世界では貴重なガラスが惜しげもなくはめ込まれている。
中庭を挟んで見えるのは、高い塔をいくつも備えた荘厳な建築物。
ここアケド王国における主要な宗教である、永遠奇跡教会の聖堂である。
さすが貴族階級の子女だけが入学を許される、モークロック学園だ。
…なぜヒメがこのような知識を有しているかというと、
今回はダメダ・メーから、あるていどの事前情報を叩きこまれてきたからである。
「じゃあユーネ。遅れないよう次の教室にいこうか」
ヒメとネマは同じ学級である。教室に行けば会えるはずだ。
まずは接触することが第一である。
「はい、ヒメお嬢様」
ユーネが重そうなカバンを持ち上げた。
そこに。
「いっけなーい!!遅刻!遅刻しちゃうよぉぉ!!」
えんじ色の制服を着た金髪おさげの少女が突っ込んできて、ユーネにどかーん!と、ぶつかった。
床に転がる2人。
「ちょ、ちょっとなに!!?」
「あー!!ごめんなさいごめんなさい!!って、ライヒメシア様!!?」
起き上がってこちらを見るなり顔を真っ青にしたのは、
金髪おさげの少女、まぎれもないこの世界の主人公、ネマだった。
「も、申し訳ございません!
ライヒメシア様の侍女の方にぶつかってしまい、どのようにお詫びをしたらいいか!!!
このネマ、自分がこの世に生まれてきた日を憎みますぅぅぅぅ!!!
なんで生まれてきたネマ!!なんで生まれてきたネマ!!」
号泣しながら土下座するネマ。
え?え?
ヒメとこの子ってどういう関係?
ユーネが立ち上がる。怪我はないようだ。
「え、えと、ネマ? ユーネは怪我もないみたいだし、そんなに謝らなくていいよ?」
「え?」
「え?」
きょとんとするユーネとネマ。
「え?」
こっちもきょとんだ。
「お待ちください!」
そこに凛とした若い男の声が響いた。
ネマが来たのとは反対側の廊下から、学生が2人。
片方は黒髪で細身。銀フレームの眼鏡をかけたハンサムな青年だ。
「ライヒメシア様。どうかお気を鎮めくださいませ。
このネマに非があるとは言え、あまり責めるのは貴女の品位まで傷つけかねません」
ネマと同じくえんじ色の制服を着た彼は、アケド王国の第三王子ギン・フレだ。
攻略対象キャラの一人。
…まぁ、それはいいとして、ヒメは別に責めてないんだけど。
「まぁこいつが頭下げてんだ、頼むよライヒメシア様」
そう豪放そうに笑むのは、もう片方の学生。対照的に屈強な茶髪の青年。
ギン・フレの従兄のカイドー卿。こちらもネマの攻略対象キャラの一人だ。
「な、頼むよ。ネマも悪気があってやってるわけじゃないんだ。
俺がかわりに謝る。厳しくしないでやってくれ。たのんますよ。
なんとか、な?」
「言葉づかいが悪いぞカイドー」
「堅苦しいこと言うなギン・フレ。おっと失礼、ライヒメシア様」
えーと?
なにやらひどい誤解があるようですが?
ヒメは別に怒ってないんですけど?
というかヒメ、狂犬みたいに思われてない?
「あのー、えーと、ヒメはべつにー…」
「ヒメお嬢様」
ユーネが笑顔で割り込んだ。
「本日の"しつけ"はどの器具を使用されますか?」
そして手に持ったカバンを開ける。
中にはペンチ・ハンマー・鞭・その他謎の金属器具類多数が並んでいた。
「いやああああああああーーーーーっっ!!!!!!!」
ネマが悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと、これは何っ!? ヒメは何を…しつけって何のことっ!??」
「しつけはしつけでございます、ヒメお嬢様。
ネマ様が粗相をなされた時に、お嬢様が愛をもってなされるご指導でございますわ」
「指導ってどんなっ!!?」
「昨日はネマ様にその辺で捕まえた虫をお食べさせになりました。
一昨日は一日の飲み物を全て苦丁茶にされました。
その前は、お茶の時間にからしシュークリームをお腹いっぱいごちそうされましたし…」
「ライヒメシア様。あなたがネマの教育に熱心なのは頭が下がるが、
少々やりすぎではないかと思う」と、困ったように微笑むギン・フレ。
「毎日食堂で吐き戻されると、こっちのメシまでまずくなっちまうぜ」
カイドーは不満げに腕を組んでいる。
こ、これは…。
悪だ。
悪役だ。
まぎれもなく悪役だ。
ライヒメシア侯爵令嬢は。
ヒメは。
もしかしなくても悪役令嬢なんじゃない!!?
ダメダ・メーめ!!!!
ネマのサポートをするヒメを、よりによって悪役令嬢に転移させるかぁ!?
と、とにかくここは誤解を解かなくては。
「あの、ヒメはべつに…」
「だが!!」
ギン・フレがネマに指をつきつけた。
「そもそも原因は、ネマ!
いつも落ち着きがなく、淑女としての自覚が足りない君にある!!
ほら、ライヒメシア様に謝罪したまえ!!」
「そうだぞ」
カイドーが続ける。
「ライヒメシア様は身分の分け隔てなく、家臣を大切にされる方。
だから自分の侍女に体当たりされて怒ってんだ!!
もっときちんと謝れ!!」
…
……
え?
ダメダ・メーの話では、まだネマとのフラグが完全に折れていない攻略対象は、この2人だけだとのこと。
にしては、ネマに対する当たりが強くない!!?
「ヒメ様~。申し訳ございません~。お許しください~。
ネマはアケド王国の寄生虫でございます~」
土下座を再開するネマ。
「いえ、ネマ。その、ヒメ怒って無いから。本当に怒ってないから。
ほら、立って。立って?」
ネマの手を取る。
「え」
「え」
「え」
「え」
ネマ、ギン・フレ、カイドー、ユーネの驚愕の視線がヒメに集まった。
その時、どこかで教会のような鐘が鳴り始めた。
「いけません。授業がはじまります。急がなくては」ギン・フレがさっと手を差し出してきた。
一瞬ためらったが、その手に手をあずけるヒメ。
「ま、まいりましょう」
こうして5人は大急ぎで紳士淑女らしくしずしずと教室に向かった。
(こりゃ前途多難だぁ…)
ヒメはこっそりため息をついた……。