おとひめつづりのだいぼうけん
塔の森にやってきた。
鬱蒼としている。原生林?というのだろうか。よくわからない。
とにかく人の手が入っていない森だった。
遠く木々の合間から、白い棒のようなものが空に突き出しているのが見える。あれが塔か。
「ヒメ。本当に大丈夫なの?」
ついてきたユーネが言う。
「だいじょうぶ。まかせて!ヒメは勇者なんだよ!」
ヒメは異次元アイテム収納ボックスから鉄の剣を取り出した。
この森にどんな魔物がいるのかは知らないが、こちらはレベルカンスト勇者である。
おくれを取るはずがない。
「いいユーネ。戦いになったら隠れててね」
「うん。ヒメも気を付けて」
二人は森の中に踏み込んでいった。
一時間ほど歩いただろうか。
「ヒメ。女神さまに会えたら、どんなことを願うの」
ユーネが話しかけてきた。
「元の…外の世界に帰してもらう、かな」
「外の世界は村よりもいいところなの?」
「んー。ヒメにとってはね」
「でも人間が女神さまに会うなんて。目がつぶれたりとかしないかな」
「あいつそんな大したヤツじゃないよ。名前からしてダメダメだし」
「まぁ、女神さまをそんな風に言うなんて。この世界をお創りになった方よ」
「そーだね。もうちょっとまともに…」
その時、ばきばきと木々が倒れる音。
緑をかき分けて現れたのは、頭が豚になった巨体の人型生物。それと小型自動車ほどの粘液質の塊。
「オークとスライムか。じゃあ、ちゃっちゃっとやっつけるか。
ユーネ。隠れておいて」
ヒメは剣を構えた。
「ステータスオープン!」
頭上にステータス画面が表示される。
ヒメ LV999
オーク LV99999
スライム LV99999
……
……?
おい……
「敵のレベル設定、おかしいでしょ!!!???
ユーネ!!逃げるよ!!!」
ヒメはユーネの手を掴んで全力で逃げ出した。
モンスターは追いかけてくる。
こちらは少女の足。どうやっても引き離せない。
まずい。ここでもしヤツらに捕まったら……捕まったら……!!
その時、前方の木の上から凛とした女性の声が。
「そこの少女たち!」
見上げると、ミニスカ金髪のねーちゃんたちが、木の枝の上に立っていた。
「我々はクソ弱いのになぜかこの森に住んでいる耳長族。加勢するぞ!!」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!
事態をさらに悪化させる連中が。
あ、そうだ。
ヒメはユーネを抱きしめた。
「じゃ、あとはお願いします。ラルール」
ヒメとユーネは空へと消えた。
「くっ、殺せぇぇぇ!!!!!」
後には耳長族の悲鳴だけが残った。
村の入り口。
ヒメとユーネの2人はぺたんと座り込んでいた。
「わかったでしょ、ヒメ。森の魔物はとても強くて、塔には近づけないの」
「あの、ダ女神ぃぃ…」
こっちのレベル上限が3ケタなのに、モンスターは5ケタとかどういう世界だ。
「ヒメ。あきらめて明るくて楽しい農作業に戻りましょう。
いまならきっと村長もノルマ2倍としつこいセクハラくらいで許してくれるわ」
「ううん。ヒメはあきらめない」
ヒメはすっくと立ちあがって言った。
「森を焼こう」
クロレ・キッシーはじまっていらいの大規模森林火災は、七日七晩にわたって続いた。
出現エリアが森林のみに設定されていたモンスターたちは、以後この世界で姿を見せることはなくなった。
ユーネ一家の家。
「それで、避難してきた耳長族の人たちはどうなったんですか?」
ヒメが尋ねると、ユーネパパが上機嫌で答えた。
「村長宅で楽しくやってますよ。私もおこぼれにあずかってますがね、ふふふ」
ユーネは何が何やら、よくわからない様子である。
「さて、ヒメはもう塔に出発します。村の皆さんは来ないんですね」
「はい。その、神聖な森を焼いてしまったので天罰が怖いとかそういうことはなく、
つづりさんと若いユーネに一番を譲るのがすじというものかと」
「だって。ユーネ、いくよ」
「うん!」
ヒメとユーネは焼け野原となった森林跡を横切った。
場所によってはまだ炎がくすぶっていたが、そこは氷の魔法「ガキコリオ」で消火して問題なし。
半日かけて白い塔の前までたどり着いた。
塔には木製の大きな扉がある。
見上げると、てっぺんのあたりに窓が開いていた。あそこが女神の部屋だろうか。
「もしかしたら、塔の中にはモンスターがいるかもしれない。いたら全力で逃げるよ」
「うん」
ユーネが緊張気味にうなずいた。
ヒメたちは扉を開き、一歩踏み込んだ。
「おや、つづりさん。ユーネ。戻ってきたのですか?」
ユーネパパが言った。
……
そこは典型的な『中世ファンタジー風世界の木造家屋の中』だった。
ユーネ家だ。
「え、えっと」
隣を見る。ユーネも唖然としている。
ヒメはユーネパパを殴ってみた。
「なっ!いったい何をするんですか!!?」
「幻じゃない……ということは……つまり……塔の入り口が違う場所に……」
ヒメのぷにっとしたおなかから、燃える石炭のような怒りが込み上げてきた。
「バグじゃねぇかぁぁぁああああアアアアア!!!!!!!!!!!!」
あの女神は、ツクールを与えられた小学生以下だ!
ヒメは叫んだ。
そしてユーネを背負うと、焼け野原に向かって駆け出した。
「ちょ。ヒメ!ヒメ!?」
「アアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
そして、そのまま森林跡地を走破すると、白い塔の外壁を駆け上がった。
「ヒメ!!ヒメ!!」
「アアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」
そのころ女神ダメダ・メーは、ふかふかの寝床から起きだし、大きく伸びをしていた。
「ふふふ、今日はなんのゲームをやろうかなぁ。金壺RTAでもしちゃおうかしらぁ」
さっそく大理石のテーブルにすえられたゲーミングPCに向かう。
完璧な朝(15時)のひととき。
……ん?窓の外から、何か聞こえてくるぞ。
「アアアアアアア!!!!!だっしゃーっっッッ!!!!!!」
「ちょ!?ちょっと、乙姫つづりさん!!?なんで窓から入ってくるんですか!?」
「いちど自分も下から入ってみなよ!!?」
ヒメは女神の胸倉をつかみあげた。
「ちょちょっと、ヒメ!」ユーネがなんとかヒメを女神から引き離す。
「まったくもう。何を言っているのかはわかりませんが……
しかし人間たちよ、ここを訪れた以上、あなたたちの目的はわかっています。
願いをかなえて欲しいのですね」
「ぜぇ、ぜぇ、そういうこと……!」
ヒメが荒い息を吐きながら言った。
「ヒメを地球に帰して」
「ですから地球は私の担当では……」
「ど・ん・な・願いでもかなえるんでしょ?」
「チッ。わかりました。なんとか地球の神と交渉します」
「それから、この世界をもうちょっとまともにして。特に食べもの事情」
「はい?願いは一つだけですよ」
「『女は殴りながらヤるのが最高だ!』って、ごちそうくんが言ってたよ?」
「や、やめて、やめて、やめて!ちゃんとなおすから!やるから!」
終わった。
これで地球に帰れる。
ヒメは全身の力が急に抜けるような感覚に襲われた。
思い返せばこの世界も……ああ、ろくな思い出がねぇ。ぜんぜんねぇ。
「それで乙姫つづりさん。どんな食べものを追加すればいいんですか?」
「ん?…ちょっと考える」
「ではその間に…そちらの娘は何か願いは?」
「えっと。わたしはそんな、おっきな願い事は無くて」
ユーネがはにかみながら言った。
「ヒメとずっとお友達でいられたらいいなっ……って」
------------------
乙姫つづりが目覚めると、そこは暗い個人用防音室の中だった。
そうだ、自分は……配信を終えて、そのまま爆睡していたのだった。
なにやらひどい夢を見ていたような気がするが、思い出せない。
とにかくひどい夢だった気がする。
外から食事に呼ぶママの声がわずかに聞こえた。
寝ている間の個人アカウントのフォロワーが一人増えていた。
気が向いたので、相互フォローしておく。
それから乙姫つづりは立ち上がり、防音室を出た。
なお「だんぼ〇ち」はお手軽価格帯ながら高い信頼性・拡張性を誇り、決して爆発したりしない安心安全設計。
個人用防音室入門者に最適です。ぜひお買い求めを。
------------------
村の伝説は語る。
勇者オトヒメツヅリ、異国よりきたりてこの地に半チャーハンと常温カルピスソーダをもたらす。
我らそれにて『食事』の喜びを知る。
女神ダメダ・メーよ、永遠にクロレ・キッシーを守り給え。
END
鬱蒼としている。原生林?というのだろうか。よくわからない。
とにかく人の手が入っていない森だった。
遠く木々の合間から、白い棒のようなものが空に突き出しているのが見える。あれが塔か。
「ヒメ。本当に大丈夫なの?」
ついてきたユーネが言う。
「だいじょうぶ。まかせて!ヒメは勇者なんだよ!」
ヒメは異次元アイテム収納ボックスから鉄の剣を取り出した。
この森にどんな魔物がいるのかは知らないが、こちらはレベルカンスト勇者である。
おくれを取るはずがない。
「いいユーネ。戦いになったら隠れててね」
「うん。ヒメも気を付けて」
二人は森の中に踏み込んでいった。
一時間ほど歩いただろうか。
「ヒメ。女神さまに会えたら、どんなことを願うの」
ユーネが話しかけてきた。
「元の…外の世界に帰してもらう、かな」
「外の世界は村よりもいいところなの?」
「んー。ヒメにとってはね」
「でも人間が女神さまに会うなんて。目がつぶれたりとかしないかな」
「あいつそんな大したヤツじゃないよ。名前からしてダメダメだし」
「まぁ、女神さまをそんな風に言うなんて。この世界をお創りになった方よ」
「そーだね。もうちょっとまともに…」
その時、ばきばきと木々が倒れる音。
緑をかき分けて現れたのは、頭が豚になった巨体の人型生物。それと小型自動車ほどの粘液質の塊。
「オークとスライムか。じゃあ、ちゃっちゃっとやっつけるか。
ユーネ。隠れておいて」
ヒメは剣を構えた。
「ステータスオープン!」
頭上にステータス画面が表示される。
ヒメ LV999
オーク LV99999
スライム LV99999
……
……?
おい……
「敵のレベル設定、おかしいでしょ!!!???
ユーネ!!逃げるよ!!!」
ヒメはユーネの手を掴んで全力で逃げ出した。
モンスターは追いかけてくる。
こちらは少女の足。どうやっても引き離せない。
まずい。ここでもしヤツらに捕まったら……捕まったら……!!
その時、前方の木の上から凛とした女性の声が。
「そこの少女たち!」
見上げると、ミニスカ金髪のねーちゃんたちが、木の枝の上に立っていた。
「我々はクソ弱いのになぜかこの森に住んでいる耳長族。加勢するぞ!!」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!
事態をさらに悪化させる連中が。
あ、そうだ。
ヒメはユーネを抱きしめた。
「じゃ、あとはお願いします。ラルール」
ヒメとユーネは空へと消えた。
「くっ、殺せぇぇぇ!!!!!」
後には耳長族の悲鳴だけが残った。
村の入り口。
ヒメとユーネの2人はぺたんと座り込んでいた。
「わかったでしょ、ヒメ。森の魔物はとても強くて、塔には近づけないの」
「あの、ダ女神ぃぃ…」
こっちのレベル上限が3ケタなのに、モンスターは5ケタとかどういう世界だ。
「ヒメ。あきらめて明るくて楽しい農作業に戻りましょう。
いまならきっと村長もノルマ2倍としつこいセクハラくらいで許してくれるわ」
「ううん。ヒメはあきらめない」
ヒメはすっくと立ちあがって言った。
「森を焼こう」
クロレ・キッシーはじまっていらいの大規模森林火災は、七日七晩にわたって続いた。
出現エリアが森林のみに設定されていたモンスターたちは、以後この世界で姿を見せることはなくなった。
ユーネ一家の家。
「それで、避難してきた耳長族の人たちはどうなったんですか?」
ヒメが尋ねると、ユーネパパが上機嫌で答えた。
「村長宅で楽しくやってますよ。私もおこぼれにあずかってますがね、ふふふ」
ユーネは何が何やら、よくわからない様子である。
「さて、ヒメはもう塔に出発します。村の皆さんは来ないんですね」
「はい。その、神聖な森を焼いてしまったので天罰が怖いとかそういうことはなく、
つづりさんと若いユーネに一番を譲るのがすじというものかと」
「だって。ユーネ、いくよ」
「うん!」
ヒメとユーネは焼け野原となった森林跡を横切った。
場所によってはまだ炎がくすぶっていたが、そこは氷の魔法「ガキコリオ」で消火して問題なし。
半日かけて白い塔の前までたどり着いた。
塔には木製の大きな扉がある。
見上げると、てっぺんのあたりに窓が開いていた。あそこが女神の部屋だろうか。
「もしかしたら、塔の中にはモンスターがいるかもしれない。いたら全力で逃げるよ」
「うん」
ユーネが緊張気味にうなずいた。
ヒメたちは扉を開き、一歩踏み込んだ。
「おや、つづりさん。ユーネ。戻ってきたのですか?」
ユーネパパが言った。
……
そこは典型的な『中世ファンタジー風世界の木造家屋の中』だった。
ユーネ家だ。
「え、えっと」
隣を見る。ユーネも唖然としている。
ヒメはユーネパパを殴ってみた。
「なっ!いったい何をするんですか!!?」
「幻じゃない……ということは……つまり……塔の入り口が違う場所に……」
ヒメのぷにっとしたおなかから、燃える石炭のような怒りが込み上げてきた。
「バグじゃねぇかぁぁぁああああアアアアア!!!!!!!!!!!!」
あの女神は、ツクールを与えられた小学生以下だ!
ヒメは叫んだ。
そしてユーネを背負うと、焼け野原に向かって駆け出した。
「ちょ。ヒメ!ヒメ!?」
「アアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
そして、そのまま森林跡地を走破すると、白い塔の外壁を駆け上がった。
「ヒメ!!ヒメ!!」
「アアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」
そのころ女神ダメダ・メーは、ふかふかの寝床から起きだし、大きく伸びをしていた。
「ふふふ、今日はなんのゲームをやろうかなぁ。金壺RTAでもしちゃおうかしらぁ」
さっそく大理石のテーブルにすえられたゲーミングPCに向かう。
完璧な朝(15時)のひととき。
……ん?窓の外から、何か聞こえてくるぞ。
「アアアアアアア!!!!!だっしゃーっっッッ!!!!!!」
「ちょ!?ちょっと、乙姫つづりさん!!?なんで窓から入ってくるんですか!?」
「いちど自分も下から入ってみなよ!!?」
ヒメは女神の胸倉をつかみあげた。
「ちょちょっと、ヒメ!」ユーネがなんとかヒメを女神から引き離す。
「まったくもう。何を言っているのかはわかりませんが……
しかし人間たちよ、ここを訪れた以上、あなたたちの目的はわかっています。
願いをかなえて欲しいのですね」
「ぜぇ、ぜぇ、そういうこと……!」
ヒメが荒い息を吐きながら言った。
「ヒメを地球に帰して」
「ですから地球は私の担当では……」
「ど・ん・な・願いでもかなえるんでしょ?」
「チッ。わかりました。なんとか地球の神と交渉します」
「それから、この世界をもうちょっとまともにして。特に食べもの事情」
「はい?願いは一つだけですよ」
「『女は殴りながらヤるのが最高だ!』って、ごちそうくんが言ってたよ?」
「や、やめて、やめて、やめて!ちゃんとなおすから!やるから!」
終わった。
これで地球に帰れる。
ヒメは全身の力が急に抜けるような感覚に襲われた。
思い返せばこの世界も……ああ、ろくな思い出がねぇ。ぜんぜんねぇ。
「それで乙姫つづりさん。どんな食べものを追加すればいいんですか?」
「ん?…ちょっと考える」
「ではその間に…そちらの娘は何か願いは?」
「えっと。わたしはそんな、おっきな願い事は無くて」
ユーネがはにかみながら言った。
「ヒメとずっとお友達でいられたらいいなっ……って」
------------------
乙姫つづりが目覚めると、そこは暗い個人用防音室の中だった。
そうだ、自分は……配信を終えて、そのまま爆睡していたのだった。
なにやらひどい夢を見ていたような気がするが、思い出せない。
とにかくひどい夢だった気がする。
外から食事に呼ぶママの声がわずかに聞こえた。
寝ている間の個人アカウントのフォロワーが一人増えていた。
気が向いたので、相互フォローしておく。
それから乙姫つづりは立ち上がり、防音室を出た。
なお「だんぼ〇ち」はお手軽価格帯ながら高い信頼性・拡張性を誇り、決して爆発したりしない安心安全設計。
個人用防音室入門者に最適です。ぜひお買い求めを。
------------------
村の伝説は語る。
勇者オトヒメツヅリ、異国よりきたりてこの地に半チャーハンと常温カルピスソーダをもたらす。
我らそれにて『食事』の喜びを知る。
女神ダメダ・メーよ、永遠にクロレ・キッシーを守り給え。
END
6/6ページ