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「花火大会、か」
男はレジ袋を鳴らして、腰に手を当てた。時刻は深夜2時。息抜きついでの買い出し帰りに、通行規制を述べる看板を見付けて立ち止まったところだ。規制理由は花火大会らしい。そうか、そんな季節かと、少し悲しい発見をした気分で帰路につき直す。
花火大会ねぇ……。
人影のない夜道を歩きながら、ぼんやりと看板を思い返す。違う意味でのイベントにならば機会を取っているものの、そういう季節のイベントには、長らく参加していない。暇もなければ相手もいない、懐具合も……吐きそうになった溜め息を飲み込む。危うく、家を行き過ぎようとしていたからだ。
ズボンのポケットから鍵を取り出し、騒がしい一階を横目に部屋の扉を開ける。出掛けに端に避けておいた郵便物を拾い階段を上がり、シンクに買ってきた食料品を置いて電気を点けた。一息、腰を下ろしてパソコンを眺める。
「続きでもしますかね……」
部屋にいるなら交通規制も花火大会だって関係はないのだ。

通行規制の看板も撤去されてしばらく、PCのアイコンが一つきらめいた。ポップアップされたのは久方ぶりに見る名前で、思わず進めていた作業を止めて省略表示された文章を開く。
そこにあったのは男が一端を担った仕事についての報告だった。
「……ああ」
男は、ざらりと並ぶ文字列に延期、という単語を見つけ、溜め息を漏らした。薄々予測していた事態のため、さほど落胆はなかったが、頭に浮かんだのは報せの差出人である彼への心配だ。一心不乱に根を詰めるのは、男や彼の仕事からすれば珍しいことではない。それでも一種異様な執着心で制作を続ける彼の姿が、男の脳裏には深く染み付いている。
会いたい、と思ったのは一瞬。カタ、カタカタカタ……。男の指はディスプレイの向こうのやつれた顔へ、叱る気分でキーボードを叩き始めた。頑固な彼がこうと決めて始まってしまっている、きっと何を言おうと変えられはしない。だとすれば出来るのはほんの少しの手助けと後押しだけ。気遣いを混ぜた発破に剣呑さを薄く被せ、エンターで返信を送り出した。

湿度の高い外気の中、サンダルをペタペタと鳴らす。夏も盛りを過ぎたというのに、夜だろうが熱はまだ籠ったままで、一向に不快感が下がらない。近所の猫も、石のたたきにぐったりと身を投げ出して転がっていた。
歩くのは馴染みの順路だ。誘蛾灯の下に落ちた羽虫を跨いで避けながら、自動ドアをくぐる。冷房の効いたスーパーの中は、人気も少なく快適だ。籠を一つ腕にかけて、ゆっくりと見て回ることにする。野菜をいくつか、肉を少し。惣菜を流し見てレジに向かう。棒立ちの店員に籠を差し出そうとして、男はふと足を止めた。
「花火、か」
レジのサイドには、家庭用花火セットがかけられていた。既に幾つかの種類は売り切れたらしく、棚には空きが目立っている。男は一通り目で棚をなぞりあげ、何拍か思案すると会計の順路から逸れる。
店員が不審の目をチラリ流してくるが、素知らぬ顔。寂しく空いた棚の前に立つと、籠を床に下ろし腰に手を当てた。大、中、小。豪華な吹き上げタイプやロケットタイプ、変色タイプの混ざったものも多少残っているようだ。男はその中から、ふぅん、と顎を一撫でして、ラブラブセットの隣、線香花火がメインに据えられた簡素な袋を取り上げた。
「花火ねぇ」
家族や友達、恋人と、と綴られたパッケージの文句を読み下し、男はつんと膨らんだ唇にシニカルな笑みを浮かべる。確かに、一人でやるには荷が重い。
籠を持ち直してレジ台に進む。こちら分けられますか?店員の問いに否と伝え、袋を一つ受けとった。ドアを出れば熱気に汗が垂れる。それをシャツで拭きつつ歩きだす。
さて、いつ開けられることか。一人ごち、男は提げた袋を大きく振った。いびつに膨れたビニールから、はみ出た花火がガサガサと騒ぐ。帰りついたら、彼に無駄遣いさせるなよ、と伝えておこう。きっと返信は無いだろうが、それで構わない。この熱が和らぎ、嬉しい知らせが届く頃、期待を残すのも悪くない。夏の終わりも延期すればいい。部屋にいるなら、季節の変わりなど関係ないのだ。

fin

「御知らせがあります」1013/8/11
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