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ツイステ



リーチ兄弟が死んだと、連絡が入ったのは突然の事だった。
ひいてはお別れの会を開催する。そんな要旨の丁寧な招待状が届いたことでそれは知らされた。主催者はアズール・アーシェングロット。いつかに見なれた、やや神経質そうで流暢なサインがその片隅にだけ肉筆で書かれていた。
几帳面な彼らしく、きちんと同封されていた魔法薬を飲めば会場まで赴くのに支障はなかった。北の海は、蠱惑的に彩られた学内の光景よりもどこか薄暗く、水中だからと言い切れない静かさに覆われていた。
「ああ、よく来てくれました」
自ら出迎えてくれた彼の、その姿に挨拶を詰まらせた。タコの人魚だと、聞いてもいたしあの騒ぎの際に見知ってもいたが、それでも普段の彼が、こうしてその姿を晒しているのは初めて目にする。
「さ、こちらへ」
動揺するこちらのことは流す態度で、あれよあれよと案内された先は長い長いテーブルの一角。そこには既にそれなりの数の人々が集まっていて、控え目に雑談に興じているようだった。
ああ、お前も来たのか。驚いたよな、まさかこんなに早く。
ちらほらと、学校で見た顔がこちらに挨拶と一言を投げ掛けていく。流石にオクタヴィネルのものが多いようで、そこまで親しかった訳でもないからか話は長く続かずに済んだ。
「皆様、本日はお集まり頂きーー」
気を惹くような魔法が一瞬はじけ、一切の視線が集まったところで彼の挨拶が始まった。
「ーーそれでは、ささやかながら食事をご用意いたしました。賑やかなことを好んでいた故人を偲びつつ、しばしご歓談頂けましたらと思います」
運ばれてきたのは、あの頃お馴染みであったラウンジで見たメニューや、こちらの特産らしき海産物で作られた豪華な料理だった。
どうやらビュッフェ形式でいいようだが、想像していた『葬儀』とはかなり違う。こちらではこういうものなのだろうかと、近場にあったものを控えめによそいながら辺りを見る。
「おや、それだけで構わないんですか?」
後ろから突然声をかけられて、あわや皿を取り落とすかと思う。
ああ、これは失敬。にこやかに隣についた彼は、手元に山盛りの料理を持っている。皿を占めている大半は、唐揚げだ。
好物だが、セーブしているからめったに食べないといつだか言っていなかっただろうか。
しかしこんな折りであれば、そのようなことは気にするほどのことでもないのかもしれない。もしやこれも、今日も澄まして笑う彼の悲しみの一端なのではないかと、ふと胸が痛む。
「良ければお一ついかがですか。これが本日のメインディッシュですから、是非」
朗らかに勧められて、断りきれずに彼の皿から唐揚げを一つ取り上げた。拳ほどもありそうな大きな塊を、美味しそうに端から山を平らげる彼を見ながら、一口。
思っていたよりも軽い口当たりがした。
白い断面。淡白で優しい、鶏肉ではなく白身魚の唐揚げ。
美味しい、と思った。
しかし、何かが引っかかる。
「美味しいでしょう、良く運動していましたから」
ニコニコと、こちらもどうぞと別の唐揚げを勧める彼の台詞に、違和感を覚えた。
食べられるのは僕だと思っていたんですが。たこ焼きにもカルパッチョにもなりそこねましたね。
そんな冗句に口の中に残っていた唐揚げが味を失う。まさか、そんな。思わず飲み込む寸前だった残骸を吐き出した。これは、この肉は、もしかして。
「ああ、勿体ない」
一度は咀嚼して吐き出されたそれを、彼は平然と指で掬って自分の口に入れた。
ぐちゃぐちゃに、噛み砕かれた白い肉片と、茶色い衣。
弔いなのだから、粗末にしてはいけませんよ。叱る声が余りに平穏で、怖気がする。美味しいと周りですすり泣く声がする。たたき、刺身、煮付け、スープ。沢山の料理。沢山の魚肉。


「お前、行ったのか」
あの日親しい顔が少ないと思ったのは、どうやら間違いではなかったようだ。電話口の向こうで、呆れたような、気遣うような声がした。
思い返せば、あの場の大半は人魚しかいなかった。『どういう場なのか』見かけなかった彼らは知っていたのだろう。
あの日以来、彼とは連絡を取っていない。よく覚えてはいないが、混乱した自分を家まで帰してくれたのは彼だというのに、その礼すらも言えないままだ。
「まあ、国によって色んな風習があるからな」
雑な慰めだ。力なく同意すれば、それで、とまた一段低く言葉が続く。
「行くのか、今回も?」
肯定はしなかった。
再び届いた招待状には、前回とよく似た内容が記されている。その最後にある署名だけが、見知らぬ筆致を残していた。
彼が死んだと、そういう知らせだ。魔法薬はついていない。自力で手に入れるのは、やれたとしても少し苦労するだろう。
死因は、餓死だと噂で聞いた。

《通夜振る舞い》


write2020/6/28
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