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PH

手にかけたのは別段理由などなかった。
ただ、彼女は呟いた、誰にともなく、僕には聞こえるようにはっきりと、いくらかの、哀願を込めて。
「絞めて下さる、?」
白く細い首だった。うっすらと汗をかき、なめらかな皮膚は下手をすれば滑って放してしまいそうなほどだった。
けれどもこの両の掌の中、すっぽりと収まりきった白さは、僕の手が無意味に力を強めるにつけ、段々と赤く、そしてぷつぷつと青くなった。
鬱血した、僕に良く似た顔の下の首筋。
まるで首輪のようだった。
どこにも繋がるあてのない、ただ戒めるだけの、重たい首輪のようだった。



「先生……」
振り向いた僕の目から視線を逸らし、C棟の彼はあの、とぼそぼそ話を始める。廊下ではなんですから、と僕は彼を連れて、診察室のうちの一つに入った。
「……どうぞ、話してください」
向かいに座る彼からは見えないように、ノートを開く。口の端が浮く。気付いてすぐに、微笑みに戻す。
彼の目線は、彼の肩と同じく小さく揺れて僕を見ない。
あくまでも優しく、優しく彼の聞き取りづらい声に相槌を入れる。
肯定を、共感を、安心を、引き出す。
「……っ先生……!!」
僕は笑う。

「いいんです、」

僕は笑う。

「僕はあなたの味方ですから」

ふいに、冷たく変わる生温い首の感触を思い出す。


fin

write2011/9/12
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