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刀/メンヘラ本丸

本丸の片隅に誂えられた茶室は、審神者が歌仙兼定にねだられ建てた代物である。
敷地内に幾つかある中で一番使用度が低いのもその建物だ。主要な導線から漏れた図書棟の裏手、俄かに広がる竹林の直中にこぢんまりとして、夏には藪蚊もいれば冬には防寒も乏しい質素な造りでしかないこともあり、いそいそと使うのはそれこそねだった歌仙を筆頭に、限られた範囲に留まっている。
正規の用途としての場合、と注釈が付くが。

春、竹林に踏み入るのは堀川派を筆頭とした筍掘り部隊である。
本丸の土壌へ生えるせいか、新芽は絶え間なく日替わりで頭を出し、二日も放置すれば食べ頃は過ぎてしまう。
下処理を考えれば午前中に採っておく方が手間にならないため、朝からにぎやかしい声が広がった。
ある程度採取し終えれば、茶室で点呼と確認ついでに一息ついてから帰るのがいつもの流れだ。

夏、夜には吊り蚊帳の中で蝋燭の火が幾つも揺れる。
周囲に高く伸びた稈で月明かりもまばらに遮られ、四方から響くざわりざわりとした葉擦れの音に参加者は肩を寄せ合って声を潜める。
持ち寄るのは布団と怪談だ。少々の夜更かしも、この時ばかりは咎められない。
幾らか背筋が冷えたところで、普段と違い皆で雑魚寝するのも楽しみの一つ。茶室は緑の中なれば、蒸し暑い夏も砂利敷の母屋より朝の涼やかさが上だった。

秋、普段の獲物を鉈や鋸に持ち替え、紅くもえる裏山とは真逆な緑の中に分け入るのは手仕事を趣味とする刀達だ。
寒さが厳しくなる前に、手近な材料を確保しておかなければならない。
古くからある植物は、古くからあるものどもにとって扱う用途に困らない。見様見真似で始めた工作が、そろそろ趣味の域を越え始める男士すらいる始末。
伐ったそれらは茶室の軒下や縁の下へ安置された。

冬、基本的には審神者の馴染みにあわせて雪の降ることの少ない気候となっているが、それでも冷え込む季節に変わりはない。
寒風の吹き込み辛い竹林の中は格好の遊び場だ。雪があれば、茂りを壁や足場に活用したテクニカルな雪合戦が行われることもあった。
それを眺めつつ、まったりと家仕事をしたり、小休止の飲み物を用意するのにも茶室は便利なものだった。


そもそもの、発注書には「離れ」とかかれたその設備は、緊急時にはまたシェルターとしての機能も備えている。
ヒトが生き延びるに必要な「水屋」と、刀が在るに必要な「炉」を抱えた建物は政府に繋がる後門と、審神者の常駐する図書棟から共に程近くあり、表からは竹に阻まれその姿を視認すら出来ない。遮蔽物も多い立地に狭い造りであれば、切り札となる懐刀が有利を取れる。
であるからして、設置の際も政府の許可は容易く下りた。

「……主」
茶室。ドスのきいた声が、倒れ伏した審神者の上に降り懸かる。
「君には本当に呆れ返る」
震えながら脂汗をかく人間に、凍てついた笑みを投げるのは歌仙兼定。畳に広がりゆく液体の濃い染みが、ものも言えない審神者の状態を映し出す。
「……もっと早く、」
握っていたものをゆったりと置き、伸ばされた手。
「君が、ちゃんと告げていてくれれば、」
ゆらりと動く指先を目で追えば、気付いた行き先に身動きを忘れていた蜻蛉切と獅子王が息をのむ。
「待っ……!」
「じっちゃん!」
「あああああああああ!!」
制止より早く審神者を掴んだ腕により、室内には悲鳴が木霊した。ギリギリと締め上げられるのは、歌仙の前に先ほど投げ出された太い足である。
「脚が痺れたなら、いや痺れそうなら先に言いたまえ!どうして要らない格好を付けた!?無駄な!我慢で!折角立てた茶を台無しにする前に!申告しろ!君に!雅を!今更求めてなどいない!しかし!全く!本当に!無作法者にも程があるだろう!?どうして!君は!いつも!そう!」
「歌仙殿!主にそのような!あああ、歌仙殿!お止めくだされ、歌仙殿、歌仙殿!!」
「うわっあああ痛い痛いちょっ、まず離してやろうぜ!?なっ!?歌仙せめて緩めてやらないか!?主も反省してるよな!?なっ!?」
「あああああああああいっっっっづぁあああああ」
「僕の!茶室で!雅じゃない!!!」
怒り狂う声がカコーン、と高く響く鹿威しの音をかき消して。
ともあれ、本丸の片隅に誂えられた茶室は、基本的には歌仙兼定の支配地である。


write2021/1/12
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