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刀/メンヘラ本丸

「戦歴については今回珍しく指揮ちゃんとしてたから省くよ。
建物への被害は特になし。衝撃波の影響で各自の持ち物にちょっと被害出てるみたいね。補填とか予算は今長谷部と博多がまとめてるから一覧出来たらまた報告する。
庭が荒れてるから歌仙の機嫌が悪いのと……ああ、畑の方もね。ま、そこは各自好きに復旧するでしょ。あと鯰尾骨喰から『外の田んぼ』が少し荒れてた、って報告が上がってる。山は確認中だけど、あっちは多分大丈夫なんじゃない?
それと短刀と青江からしばらくは竹藪の方へ行かないようにってさ」
「そっかー」
「あとは同田貫始め血の気の多いやつらが戦い足りないって残念がってるね。他のもアテられて道場と物干し場が満員御礼。図書棟のアスレチックも制限かけつつ解放してるけど、しばらくは出陣増やした方がよさそ。外からの依頼もしばらくないかもだから、編成の取り回しどうすっかな~……ま、主はまずは気張っといて」
「わかった」
「んで?ほんとに処分しないの?」
「しないよー」
甘いなあ、と初期刀は自分の頭の支えである審神者の脇腹をつついた。執務室のソファの上、布団にくるまり丸くなっている人間のやわい肉に指先が沈む。爪が刺さったのか、もぞりと蠢いた塊のなかから、でもしばらく顔は見たくないかなあ、と本音がこぼれ聞こえた。
「そーね」
加州はふん、と鼻を鳴らして共感のポーズを取る。実際には、さほどの感慨を持っていない。あれは『ああいうもの』だったのだろう。朧気な確信があった。
例えば、京都で交わした会話のような。例えば、甲府で踏んだ手順のような。
謂われとしてそういった事柄に強くはなくとも、仮にも付喪。そうと定められた存在だからか、多少は理を解した。
過去。現在。そしてまた未来。そうあれかしと願われることは、さにあらんと思い込まれることは、時に、歴史に、我らという存在に。大きく影響する。
あれも、そういったうねりのひとつなのだろう。
ーー贅肉に飲み込ませていた指先を取り出し、口先に立てる。
理解はした。それだけだ。
己個刃に関して言えば、今回の事件に関して身に迫るような切迫感はない。あくまでも己の主人はこの人間であり、もはやそれを違えることなどありはしないのだから。
ね。
と声をかける。
「あるじは俺があるじ裏切ったらどーする?」
「裏切る加州は俺の加州じゃないし知らない」
言葉尻を食うような断言を清々しく思った。
そうだ、この人間を裏切らない、それが己である。
定義が違うのだから、『ああいうもの』に俺はならない。
初期刀はゆみなりにしなる唇から伸ばした人差し指をはがし、もう一度審神者の肉層にぶすりと挿した。
「そろそろ起きないとじじいンとこ行くよ」
「なにそれ俺も行く」
ただの煽り言葉でまんまと起き上がった人間はふらふら体幹の弱さを披露しながら立ち上がろうとしている。
それを放置してさっさと立ち上がり、執務室を出る真似をする。
待って待ってカメラあっビデオ!?えっマジで待って、と聞こえる声に、扉の前で歩幅を調整する。
もう、神のものと数えられる年も越えた。
だから、何がどうなろうと譲る気はなかった。
この、後先どころか今そのものを棄てたがる人間が、この先にあっても加州清光のヒトである。

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