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刀/メンヘラ本丸

「宗三さんは限定出品のイベントスペシャルBOX、小夜ちゃんは同じパティスリーのいたずら子猫アソート、江雪さんはいつも店のカレタイプのだけど今日は一個おっきいサイズで、おっくんは定番のくまちゃんのプレゼントセット……」
指を折りながら膝や小脇に置いた無数の袋を確認する審神者。の横、佇む加州は手にしたプラカップの無糖アイスティーをゆっくり吸い上げた。
現世のデパートに来るのは慣れたものだが、この時期特有の熱気には馴染みがない。はしゃぎながらも戦士の目をした女性と、チラチラ盗み見る目線を隠せない男共がたくさんだ。
「……と、兄者が柑橘系ジャム入りのって言ってたから例のブランドのビターで、弟者は同じののスイートで、粟田口にとりあえずトリュフ詰め合わせ……」
審神者の詠唱は続く。よく見れば手元にはカンペを持っていたようだ。
地下を一巡し中層に入った一部の店舗を冷やかしてから、満を持して連れられたフロアは一面茶色がメインで、右も左も菓子が並んでいた。バリエーションは豊かだが、どれも揃ってチョコレートの類い。
お決まりのお茶の味が苦く感じるほど甘い匂いが充満していた。実物がむき出しで放られている訳でもないのにこの香り。素材がいいから隠せないのか、単に物量が違うせいか。
ま、戦場も野外だってのに血腥さが拭えないものだしな。
斜め上の納得をして、加州は肉まん食べたいな、と思考を流す。
「……まろくんからすいくん用で老舗のゴールドBOXと、しなのんの新作プチガトーショコラ……うん、全部ある」
「それで終わり?」
「頼まれてたのはね」
ということは、まだこのチョコレート行脚は終わらないらしい。
理解はしたが流石に飽きた。手にしていたキャリーバッグを求められるままに差し出して、ピザまんでもいいなと思い直す。この年だと期間限定は何があっただろう。
しかし、いつもであれば手ぶらなことさえある定期カウンセリングに、数泊も出来そうなサイズのキャリーを用意するなんておかしいと思った。やけに軽かった訳までしっかり合点がいった。
隣で土産が崩れないようにせっせと荷を詰める使いっ走り、もとい審神者は至極真面目な顔をしている。それぞれのブランドが趣向を凝らした装飾まで乱さず持ち帰るのがミッションなのだろう。
たしかに、リボンの一つも解けてしまえば一部の男士(主に宗三左文字)は「こそこそ開封するとは中身に何を盛ったんです」「お使いの一つも出来ないなんて貴方幾つなんですか」などなど小一時間はイチャモンをつけてくることだろう。
それはそれでご褒美です、とこのスカポンタンは言うだろうが、戯れとはいえ騒ぎになるのはめんどくさい。口を挟まずにじっくり待つこととする。

「次はどこいくの?」
ようやく作業完了らしい。キャリーの半分ほどをチョコで埋めて満足げな審神者へ、加州は三分の一程度に中身の減ったカップを差し出した。
ショルダーバッグから出したタオルで汗を拭うと、審神者は受け取ったアイスティーを一口飲み下してうーんと唸る。
「たぬとぎねねにカードかシールのウエハースを箱で、えーと最近通販に出てたシリーズ……はこの時代だと取り扱いないから関連のやつで、あと小豆さんに製菓用のクーベルチュール…?と、ついでにぽやぽや三刃衆と包丁にお徳用チョコパック買うか、あっひぜくんにも、うぐぐはお茶だよなあお茶菓子にチョコかな、あっ酒屋さんでチョコリキュールも買っときたい。去年じろさん自腹切ったみたいだから今年はね、他は~……」
「ってことは、あそこのモールとあっちのスーパー、いつもの酒屋とお茶やさんに、奥の商店街?」
「そうだねー、あっあと駅向こうのパン屋さんも行きたい」
「位置逆じゃん」
「いや、チョココロネが絶品らしいんだよね。沖縄勢とか伽羅ちゃんとか明石とかパン好きじゃん。あ、駅向こうなら並びにあるケーキ屋さんも行けばいいんじゃ?あそこ焼き菓子もムースもクリームも美味いんだよ」
「欲張りすぎ」
呆れながらも加州は懐に入れていた端末を取り出した。なめらかな動作で地図を開き近隣を表示、しばし全体を眺めると「こっちから……こう回るのは?」と指でなぞってルートを立てる。覗き込む審神者も示された順路を確認し、いいねと頷いた。ぐるっと大回りではあるが、一巡で希望の店を全て通過出来る道筋だ。
「夕餉はどーすんの?」
「帰ってからでいいかなあ」
キャリーのジッパーが閉められきったのを確認し、持ち手を掴んだのは加州だった。審神者はありがと、と軽く礼を告げ、さりげなく飲み残しも差し出す。
はいはいと無言で受け取り、ずず、と最後の一滴を吸い上げた加州の眉がやんわり歪んだ。
「うっす」
「氷溶けちゃったか」
「このあたりゴミ箱少ないよねー。はい主」
「はい」
ゴミに変わったカップを返され、バッグの中へ入れた審神者が襟元を少し調節しつつ立ち上がる。移動に備え、加州もマフラーを巻き直した。
「ところで、買いまくるのはいいけどカート以外は主が持ちなよ」
「えっ」
「あととりあえず出たとこのコンビニで肉まん買お」
「えっ」
先んじてカラカラとキャリーを引く足取りは軽い。待って待ってと後を駆けてくる鈍臭い人間を、置き去りにはしない程度のスピードだ。
「この地域は肉まんに酢醤油付かないからピザまんか期間限定のにしない!?」
「甘くないやつなら何でもいーよ」
隣まで来た審神者が加州に提案する。懐の深い初期刀は承認を返した。コンビニならば主のショルダーにある空のプラカップも捨てられるだろう。
「よっし、サクッと片付けて早く帰るぜ!」
歩き出す方向は共に同じ。望む方へ、連れ立って往く。
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